第二十話
僕と浮田英以江(宇喜多秀家)さんが加わっての軍議は続く。
議題は『淀の方の四十九日法要の際に二代将軍に仕掛ける罠について』である。
概略については、既に大野治房さんより説明いただいた。後は論議によって、ブラッシュアップするだけである。
「将軍が恐妻家というのは初めて知りました。情報ありがとうございます。将軍が公家の方々と酒席を持つのはいかなる理由でしょうか?罠にはめる為には、公家の方々は将軍家に取り入れる為に酒席を設けた、という事でしょう」
「それは・・・」
治房さんは言葉に詰まっていたので、僕は続けて言った。
「罠を仕掛ける夜の前日か当日に、将軍は御所に参内し『徳川に二心はありません』と誓う羽目になっています。それが豊臣の策略によるものである事は百も承知です。彼の心は怒りで打ち震えているでしょう。そんな彼の心に寄り添う事を言えば・・・」
「誘いにも乗る、と」
「その可能性は高いでしょう。そもそも公家の方々は豊臣家をどう思っているのか。『成り上がり者』『金で関白を買った田舎者』というものではないでしょうか。彼等の語る豊臣追い落とし策には真実味が出るでしょう」
話しながら僕は考え続ける。これで十分なのか、もっと確率を上げる方法はないか、見落としはないのか。
その瞬間、閃いた。
「もう一回、京に噂をばら撒きましょう。『豊臣が浪人を雇う事を止めて、節約した金を一部の公家に渡して、関白復帰を狙っている。その後、征夷大将軍の罷免も視野に入れている』と。この噂が流れれば、公家の言う豊臣追い落とし策は、金が渡されていない公家の策として解釈されるでしょう」
「・・・わかりました。すぐに動きます」
「懸念点としてあるのは、罠を仕掛ける公家は誰なのか、という点です。真実が発覚すれば、断絶、取り潰しの危険性があります。そんな危険を冒してまで、我等を助ける者がいるでしょうか?我等は京で嫌われているのに・・・」
「いっそ噂を本当の事にするというのはいかがでしょうか?」
「確かに、それも候補として有りだと思います。費用が嵩張るのは難点ですが、公家の大半が我等の金を手にしているとなれば、徳川としても罰する事は困難でしょう」
「公家の中でも、次男坊、三男坊を利用するのはいかがでしょうか?彼等の多くは家を継ぐ事は叶わず、養子に行く先もありません。彼等なら金次第で何でもやりますよ」
「う~ん、確かにそうなのでしょう。しかし、その人達に格式にふさわしい居住地を今から準備するのも難しいでしょう。京都所司代の目もありますし・・・。実現は難しいのではないでしょうか」
「・・・家族を人質に取られ、仕方なく将軍を酒席に招待した、というのはどうでしょうか?」
「いいと思います。一歩進めて、『家の者を全員捕まえて、我等の手の者がすり替わる』のと、どちらがいいでしょうか? 前者の場合、将軍を前にして裏切られる可能性を捨て切れない事、後者については、
幕府の追求から逃れる為に実行者は一定期間、戦線に投入する事は出来なくなります。どなたか意見はありませんか?」
僕の問いかけに一人が答えてくれた。
「我等の立場では、味方の損耗を計算するより、一つ一つ成功を積み重ねるべきではないですか」
はっとした。そうだ。確かにその通りだ。
「ありがとうございます。その通りです。公家の屋敷を襲って、家族、侍従その他一切合切すり替わる事に致します。大野治房さん、襲撃計画の詳細の立案をお願い致します。・・・次に、酒席の件について、です。将軍が、自らの寝所以外で宿泊するとは思われませんので、この酒席は夜半には終わるものでしょう。この席が無事に終わったものの、一部始終を見たものにとっては、将軍は何度も殺されるような目に会っていた、というのが理想です」
「お江の方と同じく、薬を用いますか?」
「そんな事をしたら、たちまち徳川の手の者によって鏖にされますよ。三姉妹の他愛もない思い出話の席とは違うのです。反徳川の最大勢力を倒す為の謀略の密談なのです。将軍も警護の者も警戒するに決まっています。だから、我等は宴の席で緩んだ、明るい雰囲気を作る必要があるのです。芸妓達を呼ぶというのはいい案だと思います。後は誰がどんな方法で彼に警告を与えるか、です」
「酒を飲ませて酩酊させる、というのは無理でしょうか」
「恐らく無理でしょう。お酒は飲んだ事が無いのでわかりませんが、緊張した状態ですので酔っ払う事は無いでしょう。また、酔うかどうかわからない様な曖昧な策は採れません。警戒は厳重で、毒を仕込んでも見破られるでしょうし、芸妓達に武器を持ち込ませる事も出来ないでしょう」
「それでは、どうやって・・・」
「それでも持ち込める武器はあるのです。我等の忍びの中で、体術に優れた者を何人か潜り込ませます。
芸妓との遊びの中には、芸妓と一対一で行うものもあるそうですね。そういう酒席での、男と女の遊びです。体が触れ合う事もあるでしょう。そこで、将軍本人に気付かれぬ様に彼の急所に触れていくのです。
気付いた者は目を丸くするでしょう。他愛も無い芸妓との遊びで、将軍が何回も殺されている訳ですから。・・・他に気になる点はございますか」
誰も何も言わないので、僕は閉会を告げた。
「それでは本日の軍議を終わりたいと思います。御苦労様でした。・・・皆さん、進捗がありましたら、
適宜報告の程宜しくお願いします」
七人がぞろぞろと退室して行き、その場に残るのは僕と秀頼公と英以江さんの三人だけだった。
つ、疲れた。僕はその場にだらしなく突っ伏した。初めての軍議、うまく出来たのだろうか?将軍夫妻への牽制策は水準を引き上げたとは思うのだが・・・。
英以江さんが呆れる様に言った。
「お主、自分で全部やった方が早い、と思っているだろ?」
バレテタカ。
軍議が終わると、その場に千姫様を呼んで、四人で『二条城での会見について』の打ち合わせに入った。
思えば千姫様とは初対面だ。
千姫様は、400年後の美意識で判定しても、キレイな人だった。黒猫さんがキュート、プリティといった感じなのに対し、千姫様はビューティフル、エレガントという感じ。
気恥ずかしくて、正視するのが難しい。
会見、及びその後の宴席についてのレクチャーは短時間で終わった。
これにて散会というタイミングで、千姫様が僕に言った。
「真田大助様、あなたに話しておきたい事がありますの。残っていただけないかしら?」
どき。鼓動が高鳴る。なんだろう、この感じ。
僕は彼女の笑みに恐怖した。




