第十八話
大坂城天守。
ここでは毎日、対徳川戦を想定した軍議が行われている。
淀の方が健在の頃は単なる上意下達の機関であったが、現在は合議制が採られている。
論議をリードしているのは大野兄弟と真田信繁であった。
主に真田信繁は主戦論を唱え、大野兄弟は軟着陸を目指す案を主張していた。残る四人は浪人衆を束ねる役割の為、真田信繁に同調する事が多かった。
豊臣秀頼は論議のまとめ役として、両者が過度に対立しない様に要所要所で折衷案を提案し、決を採っていた。
折衷案による多数決となるので、賛成はするが不満は残る、という状態であった。
本日も四十九日法要の詳細を詰めるつもりだったが、遅々として進まない。
これでは駄目だな、と真田信繁を思う。この決断の遅さでは不測の事態に対応出来ない。戦場で判断の遅さは死に繋がる。そんな当たり前の事は、骨身に染みている筈の面子なのに、だ。勝つ事を諦めているから、考えている事を放棄しているのか?ならば、勝ってみせれば彼等は考えを改めるのだろうか?
信繁は更に思う。彼等を責める事は出来ない。自分もそうだったのだから。
儂の倅は凄いな。右も左も分からぬ中で、真田の重臣達を目覚めさせ、将来を見据えた戦う集団へと変貌させてみせた。儂はその熱気にあてられて、目覚めたのだ・・・。
とんとん。真田信繁の肩か軽く二、三度叩く。信繁の部下だ。そして耳元で囁く。
「お着きになられました。今控室に待機されております」
論議を遮って、信繁は言った。
「各々方、論議の際中で誠に相済まぬが、我等に助力したいという御仁がいて、今隣に控えている。皆に紹介したいと思うのだが、構わぬか?」
信繁の言葉に、一同怪訝な表情ながらも同意した。
信繁は部下に指示を出すと、襖が開いて、一人の男が入って来た。
凄まじい殺気を放ちながら、論議の場に近づいてくる。殺気の凄まじさに、一同全員、刀の柄に手を掛けた程だ。
更に近づいた時、長曾我部盛親は啞然とした。何故、この男がここにいるのだ?そもそも生きていたのか。明石全登に至っては、涙を流さんばかりの表情で男を見ていた。
男は豊臣秀頼の隣の、空いていた場所に座った。
「紹介致そう。宇喜多秀家殿だ」
真田信繁の言葉に、男は一礼した後、言った。
「宇喜多秀家と申す。此度豊臣秀頼様に助力致したく、八丈より馳せ参じた。徳川打倒の為に、共に戦いたい、と思う」
「宇喜多殿には秀頼様の下で軍師といて采配を振るって欲しい、と思っている」
信繁の言に対し、多くの者が不満を述べた。
「何故、新参者がいきなり我等の上に立つのだ?」
「真田、論議も掛けずに勝手に決めるな」
「我等に内緒で、いつから画策していたのだ?」
真田信繁は彼等の不満を受け止めた後、語り掛ける様に言った。
「いいか、徳川との戦いは遅かれ早かれ必ず起こる。外堀はおろか、内堀までも埋められたこの大阪城でだ。しかも、数の上でも相手の方が圧倒的に上回る。この様な状況で我等はどうすれば勝てるのか。我等の状況を考えてもみて欲しい。浪人衆をまとめきる事も出来ていない。豊臣恩顧の大名達に、徳川の横暴を訴える事も出来ない。悔しいが我等は小者なのだ。関ケ原で西軍最大1万7千を率いた宇喜多秀家の名声を借りるより他に無いではないか」
宇喜多秀家は笑いながら言った。
「ふふふ。真田信繁殿、お主は正直過ぎる様だな。お主では腹芸も出来ぬだろうし、影を率いても敗けるでであろう。儂が名前を貸したとして、お主に何が出来るのだ?」
「・・・それは・・・」
「お主よりも、ここまで儂を呼び寄せたお主の倅の方が、軍師としての才があるのではないか。面を見てやる故、奴を呼んで来い」
真田の侍従達は走り出していた。
その日の僕は、ようやく大坂城に戻って来た小助さんと才蔵さんからの報告を受けていた。
今回の主目的であった、宇喜多秀家さんを入城させる事については、三人で登城した事から無事成功したのはわかっていた。(まさか別人を連れて戻った訳でもあるまい)
聞きたかったのは、帰る道中での見聞した各藩の内情であった。才蔵さんを派遣した理由もそこにあった。
例えば、仙台藩の勢力と雰囲気について。大坂夏の陣に仙台藩が参戦する事は、僕には周知の事だ。だけど、仙台藩の雰囲気(反徳川の雰囲気があるのか、厭戦気分が広がっているのか)や残存兵力とその実力等についてはわかっていない。将軍が兵を連れて大坂へ進軍した後の江戸を、北から攻め落とせないか。
こういった策の実行可能性、敵にその策を取るのではないかと思い込ませる事が出来るか、それを検討する上で重要な情報だと思ったのだ。
そういった内容を聞いている時、『宇喜多秀家が呼んでいる』という連絡を受けた。
やはり呼ばれるか。
僕は覚悟を決めた。
「真田大助、入ります」
襖を開けて、僕は言った。すぐに、何人もの男の鋭い視線が投げつけられる。
怖い。こちらの意図していない粗相でもあれば、すぐに斬り殺されそうな殺気が満ちていた。
怖がるな。顔を上げろ。前を向け。僕は自分に言い聞かせて、前へ進んだ。
僕は下手の更に下手で跪く。
「苦しゅうない、面を上げい」
目付きの悪い男が言った。この場で面識があるのは、父上と秀頼公だけだ。あとは誰が誰やらといった感じであるが、時代劇めいた科白を言った男だけは放つ雰囲気が異なっていた。この男こそが、僕が呼んだ宇喜多秀家さんであろう。
僕は顔を上げて、秀家さんを見た。
「ほう、中々面白い面構えをしているな。・・・真田大助、御前はこの戦いで何を望む?」
「僕がこの戦いで目指しているのは、豊臣方の完全勝利です。徳川を完膚なきまでに打ち倒すか、少なくとも豊臣家が加賀前田を凌ぐ程の領地を安堵するか、です」
「それは何故じゃ」
「僕はまだ十五歳です。人生の喜びの多くをまだ知りません。そんな状況で死ぬ訳には参りません。僕の立場では、僕が生き延びる為には豊臣家の圧倒的勝利より他に無いのです」
「何故、何故そう思う」
「祖父、それに父上も徳川に勝ち過ぎました。中途半端な和議を結んでは、真田家は根絶やしにされます」
「ははは。確かに、それはそうだな。それにしても、自分が生き延びる為に、豊臣家を勝たせるとはのぉ、面白い。真田大助、御前の望み通り、秀頼様の右腕として命をかけて働いてやろう。但し、お主が儂と同じ立場、即ち軍師となって責任を分かち合う事。これが条件じゃ、どうだ?」
「わかりました。真田大助、豊臣秀頼様の軍師役、拝命致します」
僕は一足飛びに豊臣方の幹部となった。迷いも後悔も、最早無い。豊臣家の勝利の為に戦うのみである。




