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第十七話

僕が父上、真田信繁公からの夕餉の席に呼ばれたのは、淀の方の初七日を終えた次の日であった。

この何日か、僕はどうすれば徳川を出し抜けるのか考え続けていた。

まだ、これといった策は思い付かない。何かを為そうとすれば、必ず痕跡は残る。そして、その痕跡を見逃す程、本多正純は甘くない。だから、一石二鳥の策を実行し、少なくとも片方を完全に隠す必要がある。そんな策があるのだろうか。


「お待たせ致しました、父上」

「おお、よく来たな。まあ座れ」

僕は父上の隣に座った。

「御前も一杯やるか?」

父上が銚子を銚子を差し出しながら言ったが、僕はやんわりと断る。

「父上、申し訳ありませんが、僕が元いた世の中ではお酒は二十歳まで飲めないのです」

「そうか、面倒臭いものだな」

「ええ、面倒臭いものなんです・・・ところで、今日はいかなる理由でしょうか?」

「ひとまず御前に礼が言いたくてな。ありがとう。・・・御前のお蔭でようやく豊臣も戦う体制となった」

「人を殺して、しかも主人の母親を殺して、御礼を言われる事ではないですよ。自分が生きる為に、他の人を殺すというのは、ちょっと・・・」

「気にする事はない。我等の中では戦国の世は続いているのだ。油断すれば寝首を掻かれる。当たり前だ。あの人も御前を恨んだりはしない」

「しかし・・・」

「もういい、済んだ事だ。あまり気にするな。あの人も、死んで役に立っている」

「それは、・・・そうですね」

「いよいよ、だな。この時をおいて、徳川と五分で戦える事は無いのだから、思い切り行きたい、と思う。決戦の場としては、どこを考えているのだ?」

「はい、方広寺大仏殿を考えております」

「・・・方広寺か、徳川が何と思うやら」

「別に徳川との因縁を考えた訳ではないですよ。彼女の四十九日法要となると、多くの人が集まるでしょう。それだけの人員を収容出来るのは、方広寺大仏殿より他に無いのですよ。それにあそこは生前の彼女が最も気に懸けていた寺院ですしね」

「うむ、その口実なら徳川も断り切れないだろうな。・・・それで、どう仕掛ける?」

「申し訳ありません。まだ決めかねております。最も警護の者が少なくなる場所に誘導できる事は確かなのですが、それでも何人の隠密が彼等を守るのか、そもそもその場に現れるのが本物かどうかわかったものではありません」

「確かに、影武者である可能性は捨てきれぬな。だが、折角の機会をフイにするのも、勿体無い話だしな」

「それはそうなのですが、豊臣勢は質の上でも数の上でも、徳川より劣っているのは明らかです。味方に犠牲の出る策は、今の段階では採用したくないのですよ。我等の犠牲を前提にした策なら、無い訳ではありません。例えば千姫様に会わせる事を口実に、大御所、将軍夫妻を呼び寄せます。家族水入らずでいるその建物を一気に倒壊させるのです。秀頼公の奥方は亡くなりますが、大御所と二代将軍の命を断つ事は出来ます」

「そんな策を取れば、秀頼公は『嫁を生贄にした男』として軽蔑されるだろうし、三代将軍を中心とした幕府の軍勢が押し寄せるだろうな」

「父上、その通りです。徳川、幕府については、最終的には合戦で完膚なきまでに勝つ必要があるのです。今回はその前哨戦、大御所や将軍を殺す必要はありません。『殺すつもりなら、いつでも出来る』という警告を与えるだけで十分です」

「・・・味方を殺さず、敵も殺さず、か。確かに策を練るのも難しいだろうな」

「ご理解いただけましたか。大御所にかける策については、今ぼんやりと考えているところです」

「それはどんなものか?」

「秀頼公と千姫様には四十九日法要の前に、大御所と会っていただきます。四年前と同じく二条城で」

「二条城会見の意趣返しをしようというのか?」

「その通りです。秀頼公と大御所が二条城で会見するだけでも十分ですが、噂話に過ぎないものの前回は加藤清正公が、今回は淀の方が徳川の手によって殺されております。『御前たちの悪事は全て知っているぞ』という無言の牽制となるでしょう」

「四年前に秀頼公の盾となった加藤清正公の代わりはどうする?儂でいいなら、買って出るが・・・」

「ありがとうございます。しかし、その役についてはもう目星を付けております。・・・もうすぐ大坂城にやって来ます」

「それでは・・・」

「来て早々の大仕事となりますが、やってもらおうと思います。宇喜多秀家さんに」

「それから、大御所に仕掛ける牽制とはどの様なものになるのだ?」

「淀の方は酒席において混入された毒により殺された、という事実を前提にします。二条城は幕府方の城ですし、宴の席で何が仕込まれても不思議ではないです。会見後の宴の席で、乾杯した後、秀頼公には自分のお猪口に口をつけるよりも先に、空になった大御所のお猪口に銚子を持って酒を注ぎに行って欲しいのです。そして戻り際に『千、苦しくない。あなたも飲みなさい』と言って、千姫様のお猪口にも酒を注ぐ、それだけです。後は大御所の様子を観察するだけです」

「成程な。その行動だけで、豊臣家は過去の徳川のやり口を承知しているし、何かたくらんだとしたら大御所、そして千姫様の命も無いぞ、と脅迫する事になる訳か。・・・仮に、大御所に知らせずに、部下が勝手に秀頼公を亡き者にしようとした場合はどうなるのだ?」

「その場合は、大御所が飲む前に誰かが止めに入るでしょう。後は、千姫様に因果を含めて説明し、大御所よりも先に口をつけるな、と言っておけばいいでしょう。千姫様は聡い方なので、ご理解いただけるでしょう。・・・決行までまだ一月ありますので、もっと練り上げていきます」

「宜しく頼む。・・・二代将軍の方はどうだ?」

「・・・それがさっぱりで。対象を罠にはめる為には、対象者の性格や考え方を理解することが必要です。対象者が複数なら、その関係性の把握が重要です。父上、父上が二代将軍と戦ってみて、どう思われましたか?」

「我が父、真田昌幸と共に戦った上田合戦だな。あの時の徳川秀忠公の印象は、子供の様に思ったものよ」

「子供・・・ですか?」

「ああ、子供だ。自分の思った通りに事が運ばぬと、いらいらして、逆上する。儂も父も子供と戦っている気分だったぞ。もっとも、あれから十五年経っている。将軍も大人になっているだろう」

「わかりました。・・・それでは将軍とお江の方との関係についてはご存じでしょうか?」

僕の質問に対して、父上はにやりと笑って答えた。

「男と女の事は当人達以外にはわからぬよ。それより御前はどうなんだ?元服も済んだ事だし、女を抱いたのか?」

「父上、何を言っているんですか!まだですよ。僕なんかが、そんな・・・」

「なんじゃ、まだなのか。つまらんのぉ。まさか御前のいた所では、二十歳までは女を抱けない決まりでもあるのか?」

「そうではありません。男と女が惚れ合って初めて、共に夜を過ごすのです。僕はまだまだ子供でしたので、そういう相手がいなかっただけです」

「それはまた随分と面倒臭い、まどろっこしい決まりだな」

「相手の気持ちを尊重する優しい世の中なんです」

「まあいい。抱きたくなったら、儂に言え。いい女を御前の元へ届けてやる」

「父上・・・」

駄目だ。少なくとも男女間の恋愛については、僕の元いた世界とは違い過ぎる。

「とにかく、引き続き将軍夫妻の情報を収集します。父上も、昨年直接戦った者がいないか、探して下さい」

「ああ、わかった」

僕は父上との会合を切り上げ、部屋に戻った。


部屋に戻ると、才蔵さんから連絡が入っていた。

今夜は石清水八幡宮近くに宿泊し、明日登城するとの事だった。


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