第十六話
僕と十勇士(2名不在)の話合いは続く。
「京か・・・大阪から約十里だ。近い・・・とも言えるな」
「・・・それでどうやって別動隊を結成させる?」
「はい。程なく淀の方の急死が公にされるでしょう。大坂や京の民は内心では、彼女は徳川に殺されたのではないか、と思っていることでしょう。そこで新たな噂をばら撒いていきます。一つ目として『淀の方はどうやら河豚の毒で死んだらしい』、少し遅れて、二つ目として『豊臣は、皇室から下賜された河豚という偽情報に騙されたらしい』というものです。徳川を快く思っていない者たちは、『徳川は、淀の方を殺していながら、責任を皇室に押し付けようとしている』と解釈するでしょう。市井の雰囲気の変化は、必ず公家や皇室に伝わりますので、その機に乗じて、別動隊の創設まで進めたい、と思っております。・・・事は急ぎます」
「何故でしょうか」
「京都所司代がこれらの噂に気付き、幕府に知らせる事でしょう。そうなれば、将軍が申し開きをするという口実で京に入ります。そうなれば、別動隊結成の動きが幕府に気付かれるかもしれません。将軍上洛の前に別動隊を結成し、闇に隠す必要があります」
「どうして将軍がわざわざ申し開きに来るのだ?」
「四十九日のついでです。どちらが表の理由になるかはわかりませんが」
「・・・成程」
「それから、ついでのお願いなのですが・・・」
僕は佐助さんに、噂を広めるにあったっての追加の依頼をした。
翌日、大阪城より豊臣秀頼の名で淀の方の急逝が発表された。死因については『風邪をこじらせた為』というあっさりとしたものだった。
同日、真田の忍びが動く。
大坂から江戸に向かう旅人に扮して、大阪で聞いた噂話を各宿場で広める為だ。
枚方宿では『淀の方の死亡原因は、風邪ではなく河豚の毒によるものらしい』、守口宿では『豊臣は、皇室から下賜されたものという偽情報に騙されたらしい』というものだ。
同じ日の同じ頃に発せられた噂は、時間差を生じて京にもたらされる。これらの噂は、噂話の好きな人々によって統合・改変される。更に自らの見解も交えて再拡散されてゆく。
三日もたたないうちに大坂から京に至る間の住民にとっては、『徳川が皇室の名を騙って、淀の方を亡き者にした』事は公然の秘密となっていた。市井の雰囲気の変化に鋭敏な一部の公家勢力が気付くまで時間の問題であった。
四天王寺側の宿屋に長逗留している本多正純は、大坂で広がっている噂が、京でも広がっているとの報告を受けた。四天王寺界隈で噂が広がった時期と、京で噂が広がった時期がほぼ同じである事に対して、違和感を抱いた。
噂の出どころが大坂城であるなら、もっと時間差を生じて伝わる筈だ。いかに東海道があり、旅人によって伝搬されたとしても早過ぎる。つまり、この噂は京で広がる事を目的にばら撒かれたものだ。何の為に?幕府としてはこの噂について皇室に釈明する必要がある、という事だ。皇室の方に対面して釈明するのは、征夷大将軍以外考えられない。これは秀忠将軍の上洛を目的にした豊臣方が画策したものだ。
豊臣方でそんな画策をする者は・・・あいつだ。あいつに決まっている。
真田大助、なかなかやるな。そもそもあの女を謀殺する事は御前の考えた事じゃないか。こっちは御前の目論見をやり遂げた上で、御前に注意を与えた。御前はこれまでの事の責任をこっちになすりつけるとはな。面白い。面白い事を考える奴だな。
更に正純は考える。そこまでして、二代将軍を上洛させねばならぬ理由があるのか?上洛の途上での襲撃か?いや、それは無理だ。道中での警護は厳重で、真田の手勢を率いて襲撃しても将軍に近付く事すら出来ぬであろう。警護が薄くなる時を狙うのであろう。警護が薄くなるのは、皇室の方に申し開きをしている時だが、それも不可能。ならば、将軍が上洛の折に行かねばならない処があり、その際は警護が薄くなるという事だ。京の近くあるいは東海道において、来月か再来月に、秀忠将軍が行かなければならない処、それは・・・。閃いた。そうか、そういう事か。あの女の四十九日法要。あの女の妹であるお江の方、義弟である秀忠将軍は参列せざるを得ない。もしかしたら千姫様を使って、大御所様まで呼び寄せるかもしれぬ。そこで襲撃すれば、大御所、将軍夫妻を一挙に無き者に出来る。真田大助、大したものだ、ここまでの絵図を描いてみせるとはな。
しかし、それだけなのか、とも思う。策は二重三重に練らなければ、実行するに値する水準にはならない。今回の策は何やら一本調子のように思われるのだ。京で騒ぎが起きて、将軍が解決の為に現地に向かう。それだけなのか?今回の噂話のせいで京での『反徳川・親豊臣』の感情は一層強いものとなるだろう。だが、それがどうしたというのだ。京には権威はあっても、武力はない。豊臣の正当性を訴える事が出来たとしても、滅亡は最早不可避だ。
『京に武力はない』どうしてそう言い切れる?確かに公家達には幕府と対峙出来る武力はない。しかし公家の中には大名と懇意な者もいる。過激な公家の中には、徳川を朝敵と見なす者もいるかもしれぬ。その意を受けた大名が・・・。
こちらが本命の様な気がする。豊臣家に味方する勢力を大坂城外に設ける。その効果は計り知れない。連携作戦が取られるならば、秀頼を逃がす事も考えられるだろう。いずれにしろ、機内に反徳川の勢力を作らせぬ事だ。警戒網を厳しくするか。
どうやら長居し過ぎたようだな。江戸に戻って、将軍夫妻の警護体制について進言するか。
「馬の準備をしろ。江戸に戻るぞ」
淀の方の通夜、葬儀、初七日と緊張感がありながらも、滞りなく終えた。
徳川と豊臣の暗闘は続く。




