第十四話
佐助夫婦との茶番を終えた後、僕は日常に戻った。
秀頼公につき従い、ある時はボディガード、ある時はブレーンとしての働きを求められる。
僕は秀頼公の振る舞いに感心した。昨夜、母親が亡くなったと言うのに、それをおくびにも出さない。未公表の内容を小姓風情に気付かれる訳にもいかないだろう。
控室に戻った時、真田信繁公からの呼び出しがあった。
真田信繁。この世界での父親である。
昼餉の休みを利用して、呼び出しに応じることにした。
「お待たせしました、父上」
僕は目の前にいる人物をまじまじと見た。
この人が真田幸村。
徳川家康が恐れた日本一の兵。
歴史上の人物に会えた嬉しさで浮かれそうになる自分に、落ち着け落ち着け、と言い聞かせていた。十勇士の時と同じく、ここが正念場。立ち回り方を誤ると、首をはねられても仕方がない。
「すまないな。忙しいのに、呼び出したりして。まあ、座れ」
「はい。ところで、どんなご用件でしょうか?」
「・・・昨夜の騒ぎは、お主の仕業か?」
いきなり来た。まさに単刀直入。
「父上、半分当たりで、半分外れです」
「どういう事だ?きちんと話せ。納得いかぬ時は、息子であっても斬る」
激しい殺気が僕を襲う。これが日本一の兵の纏うオーラか。
「お待ち下さい、父上。僕の話を聞いて下さい」
僕は洗いざらい話すことにした。400年後の未来から転生した事、僕の知っている歴史では信繁・大助共々夏の陣で死ぬ事、僕は生き延びる為に豊臣方に助力する事、重臣達も僕の方針に賛同した事、淀の方を謀殺する計画を立案・実行した事、秀頼公の参謀としてとある人物をスカウトしている事、徳川の妨害にあった事、・・・そしてこれまでの真田大助の意識の行方が全くわかっていない事。信繁公は話を遮る事もなく、僕の話を聞いてくれた。
「つまり、お主が介入しなかったら、儂はもうすぐ死ぬ、という事か」
「ええ、見事な負けっぷりでした」
「しかし、昨夜の件で、お主の知る歴史とは変化が生じた訳だ。儂もそなたも、異なる時に異なる理由で死ぬ事になる。それは何だ?」
「わかりません。僕にとってもここから先は未知の世界です。言葉は悪いですが、出たとこ勝負です」
「やはりそうなるか。つまり、これまで通り秀頼公をお支えするしか道はないという事か?」
「そういう事になります」
「・・・とは言え、そなたは幾つか策を考えているのだろう?それを説明してくれぬか」
真田信繁公の頼みに僕は応える事にした。八丈島より宇喜多秀家を島抜けさせて、秀頼公の右腕に据える事。豊臣恩顧の大名を中心に調略を仕掛ける事。徳川方の大砲に不発弾を仕込む事。更に淀の方の葬儀・四十九日を利用して二代将軍及びお江の方を謀殺する事(最悪、千姫を失ってでも)を語った。
「ふう。手詰まりかと思っていたが、やり方によってはまだやれる事が色々あるもんだな」
「そうですよ。まだ負けると決まった訳ではありません。これからですよ、父上。・・・あ、申し訳ありません」
「構わん。中身はどうであれ、外から見たらそなたは、れっきとした儂の息子じゃ。父と呼んで、構わぬよ」
「ありがとうございます」
信繁公が寂しそうにぽつりと言った。
「そうか。儂の知っている大助はもうどこにもおらぬのじゃな・・・」
この科白、僕は一生忘れないだろう。
「ごめんなさい。いつの日か、本物の真田大助さんの意識の行方がわかったら、必ずこの身体はお返しします」
「そんな事をしたら、そなたはどうなるのじゃ」
「わかりません。もしかしたら死ぬ事になるかもしれません。・・・だけど借りたものは必ずお返しします」
僕の覚悟を父上は無言で受け止めた。
それからは、お互い声をかけられない状態が続いた。
「・・・すまないが、一人にしてくれないか」
父上が絞り出すようにして言った。
僕は父上の元を後にした。
夕刻。
豊臣家の行く末を決める会議が再開された。
出席者は豊臣秀頼と重臣七人。
各々が家族や配下の者の命を預かる者達である。敗色濃厚な立場ではあるが、犬死したい訳ではない。せめて敗者として、名を残したい、という思いだった。
真田信繁もそうだった。正々堂々戦って、歴史に名を残せばいい、と思っていた。しかし、息子の名を語る者のどんな手段を使ってでも生き残るという純粋な想いに触れ、考えを改めた。まだ負けると決まった訳ではない。最期の時を迎えるまで、勝利を目指す。
各員の意見は全員が主戦論を唱えた。今更、降伏は出来ない。既に時機を逸している。投降するのならば、昨年末の和議を結んだ時だ。故に彼等は一族郎党に対して顔向け出来る死を望む。秀頼への忠義など欠片もない。
ある意味淀の方と同類なのだ。彼女は豊臣家の、ひいては自分の面子ばかりに拘り、結果として秀頼公の立場を悪くしていた。彼等はどうか。己の華々しい死に方に拘り、秀頼公を死の沼に引きずり込もうとしている。儂もさっきまではあちら側にいたのだ、文句を言ってはいかぬな。
「各々方、各員これまで通り徳川と対峙するということでよろしいかな?」
信繁の問いに、全員が頷いた。
「宜しい。徳川との戦いについては、後で議論するとして、まずは淀の方の逝去について、いつ公にすべきと思われる?また、死因についてはどうする?」
今度は全員が黙ってしまった。
「死因についてはともかく、母が亡くなった事については早く公にした方がいいと思う。死因に関して嘘が混じることは仕方がない。下賜された河豚の毒で死んだ、というのはあまりにも不敬、言えるものではない。だが、できるだけ虚偽の部分を減らすことが、市井の民が豊臣を信じる源となるだろう」
「確かに、下賜された河豚で死んだとは言えませんね。では、どんな理由で淀様は亡くなった、と言うべきでしょうか」
「知れた事よ。徳川の手によって、殺されたのよ。実際、そうであろう」
「そうだ」「そうだ」と同調する者が多数いる中、真田信繁は反論する。
「いや、儂は徳川の手による毒殺とは言わぬ方がいいと思う」
「何故だ?」
「我等がその様な事を訴えれば、徳川との戦を早めることになるぞ」
「何、弱気な事を言うのだ」「臆したか、真田信繁」と非難轟々であった。
真田信繁は冷静に、説得を試みる。
「そもそもこの戦いは、徳川の言いがかりにより始まったもの。それは大阪の民も京の民も周知の事だ。更に徳川の手によって殺された、とあげつらっても世間の評判は変わらないだろうさ。徳川は濡れ衣だと主張するだろう。それは豊臣家存続を賭けた戦いを早める事になる。我等はまだ、戦いの準備が出来てはおらぬ。ここは『病により亡くなった』とするべきだ」
「何故、戦いが早まるのを恐れる?」
「兵糧や金子の尽きる前に戦うことは、豊臣にとっても利のある話ではないのか?」
「今戦えば必ず敗ける。我等は勝てる為の策を練り上げる必要がある。その為の時間稼ぎよ」
更に反論しようとする者を、秀頼が遮った。
「どうやら『理』は真田の方にある様だ。わかった。母の死は病によるものとしよう」
会議は続く。




