第十三話
真田信繁は困惑していた。
どうしてこんな事になったのか。
事の起こりは、淀の方の侍女がもたらした。曰く『此度皇室より河豚が下賜される。普段の労苦を労うべく宴を開くので、出席する事』というもの。皇室が河豚を下賜する事も奇妙だし、今更落ち目の豊臣に下賜する事などあり得ない。『皇室が河豚を下賜する事はないし、何者かがよからぬ事を考えている』と忠告したが、逆に『皇室を疑う事など不敬の極み』と叱責され、聞く耳を持たない。
我等で秀頼公をお守りするしかないか。部下に警備計画の立案を指示したら、短時間で提出してきた。その中味たるや、表の武士に影の忍びが要所要所に配備され、予備戦力の確保にまで言及されていた。特に河豚料理を用いた宴である為、毒の混入に対する防止策に重点が置かれ、料理が提供されるまでに毒を盛ろうとした者を迅速に対処出来る体制が整えられていた。これだけの計画があれば、明日宴があっても、整然と警備がなされるだろう。しかし信繁は短時間で精緻な計画を立てた部下を褒める気にはなれなかった。この様な計画を立てられるのは、事前に宴があることを知っており、警備について検討する必要があったからだ。何の為に?警備の対象が秀頼公や淀の方以外だったら?この計画は、よからぬ事を行う者達を逃がす為に立てられたものではないか・・・疑いつつも信繁はこの計画を承認した。
疑念が晴れぬまま、宴の日を迎えた。正装して会場に赴いた。
参加者は豊臣秀頼、千姫、淀の方、大野治長、大野治房、明石全登、後藤基次、長宗我部盛親、毛利勝永、真田信繁の十名。
宴の序盤は至って平穏。寧ろ何の警戒感も抱いていない人間がいることに驚かされた。
事件は中盤に起きた。秀頼公の毒見が、毒の混入を発見したのだ。再調査の為、料理の提供は中断された。調査が終わり、料理の提供が再開されるまで待つ事となった。よくぞ毒を見極めた、と毒見役を褒めてやりたい気持ちで酒を飲んでいると、淀の方が持っていた盃を落とし、倒れた。
担当医が到着した時には、彼女の心臓は停止しており、これ以上毒で苦しむ事はなかった。
そして真田信繁は思う。
どうしてこんな事になったのか。
淀の方の死体を八人の男が取り囲む。
呼び付けた医者は既に送り返した。
囲む輪に入っていないのは千姫のみであった。彼女はこの事態に動揺する事なく、背筋を伸ばし正座していた。
反対に男達は狼狽えていた。
大坂城の実質上の最高権力者が亡くなったのである。
母を失った秀頼は別として、七人の男達は自分の立ち回り方、家の存続に至る身の処し方について考えていた。豊臣家での権力を望むべきなのか、この機会に豊臣家を去るべきなのか。また、他の連中が何を考えているかわからない段階で、迂闊に自分の考えを披露する訳にはいかなかった。当然、沈黙状態となる。
「とりあえず、母を人目につかない場所に移そうではないか」
何も言わない面々に業を煮やしたのか、秀頼が言った。「そうじゃ」「そうじゃ」と同意し、淀の方の遺体は別の場所に運ばれた。
「千、怖いものを見せてしまったね。あなたは気にしなくていいから、部屋に戻って休みなさい」
秀頼が優しい口調で言うと、千姫は立ち上がり、男達に会釈をして自室に戻った。
「さてと」
すっかり片付けられた板の間に秀頼が座る。それに従うように七人は車座に座る。
「遅かれ早かれ母の死については、表沙汰にする必要はある。だが、その前に母の死因はどうする? 殺されたのなら下手人はどうする?徳川のせいにしてもいいが、それでは豊臣家の滅亡が早まるだけではないのか?どうすればいいのか皆で検討して欲しい。幸いにも今は冬だ。二、三日論議しても、母の亡骸は腐らぬであろうよ」
やはり秀頼公には名君としての資質がある。真田信繁だけでなく、七人全員が感じた。
「それぞれ持ち帰って、家の方針を決めて、明日の夕刻論議しないか」
信繁の提案に全員が同意した。家の命運のかかる選択である。領主一人の判断で決めきれるものではない。
宴は、一人の死亡者を出して、夜半に散会となった。
詰所に戻った信繁は、すぐさま重臣達を集めた。
真田衆の命運がかかっている。夜中であっても、躊躇していられない。
集まった重臣達に、信繁は宴の顛末を語った。
驚いた事に重臣達は、信繁の語る内容に一切動揺を見せなかった。事態を予め知っていたかの様に。
「それで我等はどうすればいいと思う?」
「殿、恐れながら申し上げます。引き続き秀頼さまを盛り立てていくのがいい、と思われます」
「ほう、それは何故じゃ」
「徳川が真田を許さないからです。関ケ原でも、先の冬の戦でも最大の戦果をあげたのは我等です。だからこそ、徳川は我等を許さないのです。取り分け関ケ原の戦において失態を犯した将軍様は」
「それもそうだな。・・・では、我等は徳川に勝てるのか? このまま投降すれば我等は死ぬことになるが、末端の兵は生き延びることができるぞ」
「まだ負けると決まった訳ではありません。確かに彼我の差は一対三、一対五になるかもしれません。しかし秀頼さまの元結束すれば士気はあがりますし、徳川方の戦力は各藩の合計に過ぎませんので、緒戦に勝利して優勢に推移すれば、様子見となる藩も出てくるでしょう。そうなれば、彼我の差は関係なくなります」
「わかった。皆の意見も同じか?」
全員が無言で頷く。
「わかった。真田の意見としては、この線で夕刻の論議に向かうとしよう」
重臣達との論議は、ごく短時間で終わった。
重臣達との論議を終え、ようやく眠りにつくことができた。夜も明けようか、という頃であった。
一刻程眠った後、朝餉を取った。
もう間違いな。重臣達の意見は統一されており、不測の事態にも動揺する事がなかった。これは、予め知っていた、という事である。どうして知っているのか、というと自分達が計画したからに他ならない。つまり、淀の方殺害を発端にして豊臣家逆転の計画が立てられ、重臣達も一人残らず賛同しているという事だ。儂以外でそんな事が出来るのは・・・。
真田信繁は侍従の一人に言った。
「すまないが大助を呼んできてくれ」




