45・コールド・バット・ウォーム
もともとは3人だったのだから、1人でいるとこの家がやたら広いと感じる。掃除を終えたルシャは開催が決定した学校フリーマーケットへ向けて急ピッチで生産を進めていた。人気の髪飾りに加えてハンカチやティッシュケース、水筒入れなども作ることにしたため、とても忙しい。しかし不摂生にはなっていない。根を詰めているときこそフランの声が聞こえてくるからだ。
「まだ1階にいるみたい…」
もちろん寂しさを感じることもある。そうならないようにたっぷり遊んだ。買い物にも行ったし、アスレチックの高難度にも挑戦したし、ケーキドカ食いもした。散々に振り回された母が昔の漫画みたいに『ドヒー』と言って逃げるように王都へ行ってしまってから、急に心に凹みができたような不満足を覚えるようになっていた。それを紛らすのがジュタにいる友人だ。ルシャのクラスの出し物は彼女を中心とした手芸品で、不器用な人も参加して全員で作品を出そうとしている。よりよい作品のためには彼女から教えてもらうことが重要だから、ミーナとリオンはよく彼女に講座を開けと言ってくる。今日はミーナが午前に買い物をするため午後から彼女の家に集合して作ることになっている。それまでにノルマを達成すれば何も問題はない。
急にお腹が空いて気持ち悪くなってきたのでルシャは市場に出た。ジュタのみならず世界を救った戦姫には特別なサービスが惜しみなく向けられるので、彼女は買わずして鍋の具材を揃えることができた。国からとんでもない額を受け取った彼女はその半分を王都とジュタにそれぞれ寄付していて、富豪にはならなかった。そのことを知った人々の感動がこの行為の理由になっている。
この量を1度に食べきることはできないし、何より鍋に入りきらない。大きな冷蔵庫を持つ人にお裾分けと言いつつ保管場所と使わせてもらおうとそのまま持って行った。
ミーナは大きな鞄に大量の野菜を詰めた友達を見て笑った。リオンは少し欲しいと言って大根や白菜をキープした。
「じゃあ夕飯はここで鍋にするかい?でかいコンロも鍋もある。弟たちのも入れて6人分を余裕で作れるよ」
「パパママは?」
「なんか今日お得意さんの食事会に招待されてそっち行くんだってさ」
「ほー、お得意さんとか久しぶりに聞いた」
「ルシャたそも寄付しなければお得意さんが云々言えたかもしれないね。でも寄付って素晴らしいことだと思うよ。120億でしょ?」
「うん。私はジュタにも競技場みたいなでっかいのを造ってほしいんだ。そうすればジュタの人だけじゃなくて王都から来たあの人たちも一緒になって楽しめるでしょ?」
1王国セリカは約2日本円なのでジュタに寄付した額は約120億円ということになり、全額を使えば王都の競技場より大きなスタジアムを造れる。
「田舎だから場所余ってるしねぇ…うちのグループが用意することもできるねぇ」
「すげぇ!」
官民一体事業として打ち出されるかもしれない。そうしたら出資者にちなんでルシャ・ルヴァンジュ競技場となるのだろうか。
「それは恥ずかしいからジュタ競技場でいいよ」
「それじゃショボくない?スタジアム・オブ・ワールドセーバーとかでいいんじゃね?」
「男子中学生か!」
おそらくキルシュ・グループが出資して命名権を買うのでキルシュ・ジュタ競技場となるということでまとまった。
「それより作品だよ!このままじゃショボいのばっかり量産されてお客さん来なくなっちゃうよ?」
「それはいかん。誰が作ったのかわかんないから私の評価も落ちかねない。そしたら将来的にヤバい」
ルシャは手芸を売って生計を立てようとしているので評判を重視している。他の生徒の作品をルシャのだと勘違いされたが故に彼女の評判が落ちるということはあってはならない。
「あんたの品質に合わせるのが私らの役目なのさ。手先の不器用な人にもやりやすい方法を教えてくれや」
「うーん、まず針で指を刺さないように気をつけることかな…?」
教えられることは少ないとしながらも細かな点を指摘することで改善させることができたので、ミーナとリオンは素人の域を脱した。
3時になったので3人の弟がお菓子を強請りに下りてきた。ミーナは茶箪笥から袋を出して皿にあけ、オレンジジュースをコップに注いだ。
「おうおう忙しいなぁ」
「おねーちゃんたち何してたのー?」
「縫い物だよー。君らのも作ったろか?」
「やったー!」
「おいルシャ、いいのか?」
「どうせ時間余るし、そんな時間かかんないっしょ。ハンカチなら無地のやつに刺繍するだけだし、手袋だって作り慣れてるし」
「あ、手袋いいね!こいつらよく外で遊ぶくせに爪切るの嫌いで先っちょ破くんだよ」
「じゃあ破けにくい柔らかいのにしようか。太めの毛糸使って…」
お顔のおっきな優しいお姉ちゃんからプレゼントがあると聞いたレオたちは大喜びでリビングを駆け回った。これほどに喜んでもらえるとルシャとしてもやる気が上がる。
「ありがとねぇ。こいつらの手はいくらでも測っていいから」
「お礼にこれあげる!」
長男が器に入った個包装のチョコレートを1つ取り出してルシャに差し出した。ルシャはにっこり笑ってそれを受け取り、味わうようにゆっくり食べた。弟も妹もいないルシャは元から子供との接し方を知っていたようだ。
「それはあんたの人柄だね。穏やかで優しいのが子供にとっていちばんいいからね」
「可愛いんだもん…これから精悍になってくって考えるとちょっと惜しいくらい」
「ハハハ、私もそう思うさ。いずれ私の背を抜かしてゴツい男になるんだ。そうなっても姉ラブだといいなぁ」
様々な局面で助けてもらえそうなので今のうちに恩を売るとのこと。しかしその実、打算的にならずとも良好な関係を築けている。
「ミーナの弟だから私の弟みたいに生意気にはならないっしょ。もしなったら3人を相手にするのは大変だぞ…」
「そしたら毎日あんたら召喚して助けてもらうわ」
それはそれで楽しそうだとルシャは言ったが、ミーナとリオンは全否定した。弟を持つ人だからどうなるか分かっているのだろう。
「…さて、おそらく寂しい時間を過ごしているであろうルシャたそのために、いつでも孤独から逃れられる場所を用意しておいた。これはまあ、私個人からのお礼だと思ってくれ。たそがいなければ私は死んでたわけだからね」
「大袈裟な…けど寂しいのは正解だよ。お母さんもルリーさんもドニエルさんも王都に行っちゃったから、家にいても街に出てもベラベラ話す人が少なくて出る気がしなくなっちゃったんだ。本来なら積極的に出ていろんな人と交流することで寂しさを紛らすべきなんだろうけど…」
「いや、分かるよその気持ち。そういうときには他力に頼るのを傲慢と思わずにどんどん期待しちゃったほうがいいよ。私たちにその力があるのを分かってるんだから」
ミーナもリオンも同意見でルシャを励ました。彼女が孤独に包まれて心を乱すことはない。ミーナの用意したお礼というのは空き部屋のことで、そこにルシャの第2の部屋を作っても良いということだった。
「そうすりゃいつでも手芸のこと訊けるし弟の相手もしてもらえるし夕飯だって美味いのを食べられる…まあ、あわよくばたそに作ってもらおうっていう算段もあるわけだが」
「それは非常にありがたい。もちろん家の保守はするけど、これといって居なきゃいけない理由のないときはお邪魔しようかな。うちの部屋より広いだろうし、いい布団もあるだろうからね…」
「もちろん。その業界で知らぬ者のない職人に作らせてた最高品質の布団で君を安眠へ堕とすよ。そしたら好き放題に襲うんだ」
「そういうことに使うのはやめろ!」
隙あらばルシャの身体を触ろうとする変態少女には警戒が必要だ。弟が成長したらボディーガードを頼みたい。
「…とまあ冗談だとして、私はとにかくお前の寂しさってやつをぶっ殺したいんだ。尊敬する親や師匠のことをよく思い出すだろう。それは私もそうだ。これは私の寂しさをぶっ殺すためでもある。どうか協力してくれないか」
「ミーナ…」
「あとおっぱいを触らせてくれないか」
「台無しだよ!」
変態少女との生活も悪くないと思わせるのがミーナの課題で、そのためにはバランス良く真面目と変態とを組み合わせる必要がある。なかなかに難しいので変態先駆者であるノーランに教えを乞うことにした。
弟たちが仲良く並んで昼寝をしている間はずっと部屋で商品を量産していた。経験こそが力だというのは長期的な話に限らず、覚えの良いミーナとリオンはすぐに解れや緩みのない裁縫でほぼ完璧なものを作って見せた。これにはルシャも驚くばかりで、これまで1人でやっていた事業に2人を迎え入れて3人でやっていくことを考えずにはいられなくなった。
「これまでルシャの手芸店だったけどこれからはダテトリオの手芸店だ」
「ショボくなってね?」
「いやいや、名称のせいだよ。ダテトリオに代わる新しいグループ名を考えよう」
「…ルシャ、ミーナ、リオン…頭とってルミリ?」
「うーん…ダテトリオがなかなか秀逸なんだよなぁ…」
結局決まらなかったのでダテトリオやらルシャと愉快な仲間たちやら未定のままだった。
「ぐぅぅぅぅ」
「腹減ったね。大勢鍋するか」
大勢鍋とは参加人数が多すぎるせいで鍋も具材もアメリカンなサイズになった鍋料理のことで、単身世帯では考えられない大きさの鍋にたっぷりのつゆと具を投入して作る。実現できるのはキルシュ邸の調理場がバカでかいからだ。料理人の修行にもってこいのこの厨房で、料理人になる気の全くない少女たちが具材を煮込む。つゆだけで10人前、これは市販の完成されたつゆだ。自分で作るよりずっと美味しい。弟たちが何でもいいと言ってくれたのでミーナとリオンの強い希望が通って豆乳ベースが選ばれた。
「たらふく食ってやる。ルシャたそと同じ食生活にすれば少しは大きくなるだろう」
「よっしゃ、あいつの分まで食ったろ」
「いや食材提供したの私なんだけど…」
「10人前で足りるのか?追加するか?」
まだまだコンロは空いている。ルシャが口角を上げたのですぐにお手伝いさんが買い物に行ってくれた。
「結局のところよく食うことが成長の秘訣なんだろうなぁ」
「背は伸びなかったけどね!」
背の高いほうが良いというのと胸の大きいほうが良いという論争については終幕を見ることがないとされている。ルシャたちもそれについて延々と話すつもりはなく、考え得る策を弄し尽くして成長を図ろうということで一致していた。
「弟くんたちもいっぱい食べて大きくなれよー?」
「わーい!」
「おねーちゃんの料理でしょ!?絶対美味いよ!」
その言葉が出てルシャたちは歓喜した。このような言葉が何よりも嬉しいのだ。弟の髪をくしゃくしゃと弄って愛でたルシャは大量の鶏肉を子供の1口サイズに切って鍋に入れた。
「みーにゃん、お前いつもそんな美味いの作ってんのか」
「まあ気分だけは王宮料理人だから」
「そりゃこれだけの設備があればそうもなるよな…うちの1口コンロじゃダメだ」
リオンがほろりと涙を浮かべると、ミーナはその肩に手を置いて慰めの言葉をかけた。
「愛だよ。弟はきっとお姉ちゃんの愛を感じてるよ。いつか必ず…」
「必ず?」
「なんか…こう…お姉ちゃん好き!ってなるよ」
「ホントかぁ?」
ミーナには見切り発車なところがあるので疑わしい。レスティア家では今のところそのような態度は見られていないという。
「あいつはメシが当たり前に出てくるもんだと思ってやがる。だがいずれ1人になって知ることだろう…いかにありがたいことだったかを」
「そうだね。私がまさに思い知ったところだよ」
母の料理は偉大だったと気付いたルシャはだからこそ寂しいのだと語った。
「料理は大きなキーポイントだよ。簡単に作ってるように見えるけど、実は子供の栄養バランスを考え抜いたものだったんだ。それに気付いた途端にね…」
「あぁあぁしんみりするのはやめだ。いいかルシャ、私の料理を食らえ」
「うん。こうしてみんなで作る時間をこれからは大切にするよ」
具材に火が通ったのを確かめてから火を止めて皿によそう。子供たちは寒くなってきた季節にぴったりの料理に瞳を輝かせ、この特別な時間が訪れたことに感謝して手を合わせた。言うまでもなくどの具材も美味で、誰もが残りかすすらかすめ取ろうとするくらい夢中になった。シメには固めの細麺を入れて満腹になった。
「いやぁ最高ですなぁ…!」
「これこの先定期的にやりたいね」
「賛成。やめられなくなるわ」
「弟くんたち、美味しかったかい?」
「うんー!」
「すっごくおいしかった!」
「また食べたいね!」
大好評だったのでダテトリオ鍋は定期的に開催されることになった。
ミーナがあわよくば身体を触ろうと風呂まで勧めてきたがこれを遠慮したルシャは家に帰ってゆっくり風呂に浸かった。1人のために湯を沸かして浴槽満杯に張るのは贅沢な気がしていて、誘いを受けておけばよかったと思ってしまうのが庶民感覚か。アヒルを浮かべる年齢ではないし、この気持ちをどこへ向ければよいか分からない。こんな時、宇宙の彼方にある国の王子様が近くに不時着してこの家に居候するようなことにならないだろうかなんて考えてしまう。
(こんなこと言ったら物書きにでもなればなんて言われるだろうなぁ)
頭が良くないので単調な流れと同じ言葉の連続で書いている側も飽きそうだ。やはり彼女の寂しさを紛らす方法は手芸に精を出して時間を忘れることだけのようだ。ミーナの弟に手袋を作ることを忘れていたのは内緒だ。
翌日、新設のイベントのための日程調整をする都合で職員会議が開かれることになったため午前で終わりということを聞いた3人は午後どこかに遊びに行くことにした。
「クラニチャールに新しい商品が出たってチラシ入ってたから行くか?」
「そりゃ行くしかねぇっしょ。売り切れる前に食うぞ?」
「頼んだぞルシャたそ!少なくとも生徒には負けるな!」
ルシャの飛行速度に及ぶ人が校内にはいないのでチャイムと同時に飛び出せばあとは地域の人との勝負だ。
「しかし3時間目は体育なんだよなぁ」
「体育多くねぇ?」
「しょうがない。臨時構成だから」
「実技にしてくれよぉ!」
魔王を倒すほどの能力を持っているルシャへの評価は無条件で5になっているのでサボっていても模範生徒の表彰を逃すだけで他に問題はない。
「おかーさんに持久力がないって言われたから魔法を出し続けることに重きを置いた特訓をします」
ノーランはコクリと頷いてルシャの行動を見守った。すると黒い板状の魔法が寸分違わず積まれてゆき、ルシャの位置が徐々に高くなっていった。
「ほー」
「いやぁ、集中力が続かんです」
ふわっと着地したルシャは今度は集中力を鍛える100本連続的当てを始めた。的当ては最初の授業でルートを圧倒したことでクラスメートから彼女の得意分野と思われているが、的に当たったのは偶然だったというから驚きだ。
「目はそんなに良いほうじゃないし…感覚で撃って、後から調節する感じかな」
「いやいや、偶然かコレ?10本撃ったら普通は1本くらいは外すよ?」
ルシャの魔法は1本目だけが当たった音を鳴らして以降の9本は1本目の空けた穴を通り抜けて後ろの木で砕けた。どう考えても偶然ではない。
「最強が謙遜するなや」
「あの時はマジで偶然だった。ムカついてたから真の力が出たんだと思う。今は実力だって認める。超人的な師匠とヤバい人にいろいろ教わったからヘボいと示しがつかない」
「元特強で今や中央の官僚だもんなぁ…選ばれし人って感じだわ」
ルリーとドニエルはフランと一緒に引き継ぎをしているのだろう。あちらのことは詳しくないので成功することを祈るしかない。というより、失敗する気がしない。
「あんたらだって私にとっちゃ特別だよ…」
「ルシャちゃん…」
授業中に突然抱き合うのは女の子の特権だとノーランが言うのでロディ、ラーク、ルートの強いの3人組は苦笑した。
「俺らも徒党組む?」
「いや、遠慮する」
「徒党じゃなくてもいいんじゃないかな…むしろ僕はあれを見ていたい」
「わかる」
ルートが更生したことでいつもの男子もうまく3人組になったのでバスケの3オン3ができる。この学校の覇権争いも起こりそうだ。
「俺さぁ、ルシャを助けに行って魔王にあっさりやられたんだよな…ダサいとは思いたくないけど、滓宝を持ってまであのザマってのは自分で納得いかないんだ。だから魔王をあっさり倒したルシャを倒して自信を取り戻したい」
パラディムシュヴァルヴェの所持者となった自称勇者ルートは史上最強の師匠を超えられるだろうか。彼にフォーカスしたドキュメンタリーも面白いかもしれないとロディはワクワクした。
「ルート、誰かがルシャに追いつけるとしたら、俺はお前だと思う。正直に言うとお前とルシャで激しい魔法対決をしてほしい。それを見物すれば一生語れる思い出になるはずだ」
「ええ、いつになるか知りませんが、いつかね…」
ルートはこの血の滾りを長く持つつもりはないから己に革命的なことを施してルシャに及んでみせると宣言した。将来有望な2人を生徒に持つノーランはもはや心の抑えが利かなくなり、魔法を尽くしてルシャに挑んだ。
「思い出した!俺もそういう奴だった!今になって誰にも負けたくなくなってしまったぞ!ルシャ、お前にもなァ!」
「え、どうしたん…?」
引き気味のルシャの前に2体のエクシージュを出したノーランは外した腕時計をルートに投げた。
「こいつはウルシュの知る人ぞ知る最強種!並みの魔法使いには出すことすらできん強敵だ!さぁ、こいつを倒す時間を競おう!」
「…なんか先生バグってね?」
「うん…戦闘狂みたいになってる」
困惑を隠せないルシャは巨大なエクシージュを前に指先から魔法を出してスタートボタンを押させた。
(もしかして先生ってマジで勇者を目指してたんじゃ…)
ルシャにそう思わせるほどの実力がある。これまで見ることのなかったノーランの本気を見られたことを嬉しく思ったルシャはバテを忘れて応戦した。地下の魔族とは比較にならないほど硬いエクシージュはルシャの魔法を弾き飛ばしてしまった。
「ち、全力で勝負するってことか…」
甘く見ていたルシャは隣のエクシージュが徐々に弱ってゆくのを見て左手を使った。
「おらぁ!」
魔法が炸裂すると強風が起きて校舎の窓や林を激しく揺らした。立っているのも難しいほどで、身体の軽いミーナはどこかへ飛んで行ってしまった。
「さようなら~」
「あぁミーニャンが!」
1撃で決着したのでルシャはミーナが地面なり壁なりに強打する前に助けることができた。まるで怪盗が摩天楼を飛び回るようで、ミーナは心を奪われた。
「これでお前をケーキ屋まで飛ばしたほうが速くね?」
「そんなことはない!」
争って勝って巻き込まれた乙女を救う、完璧なヒーロー役をルシャにとられたノーランは熱の下がりを感じながら己の子供心を恥じて頭に拳を当てた。
「やっぱりおもしれぇ!」
ノーランが授業の途中なのにどこかへ行ってしまったので生徒たちは終わりの時間までルシャの出したキャピシュで遊んだ。
「いやぁ、さすがルシャさんですわなぁ!」
大御所のような座り方をさせられたルシャの向かいに新入り2人が座っておべっか使う。新作は3人の前にある。
「…お前ら汗すごいよ」
「そりゃだってルシャさんに遅れないように急いだわけですし…」
「いやぁ我々未熟者を見て置いて行かないでくれるルシャさんに感動しかないっすよ」
「じゃあ先に食べていい?」
「もちろんですとも!ルシャさんのおかげでこうして我々も食べられるわけであります!」
新作の雪国タルトはその名の通り真っ白にコーティングされたクッキー生地に人々の賑わいを表す果物が乗っているもので、雪の中を探る楽しみもある素敵な作品だ。2人に先んじてルシャが1口食べると、そのまま全部押し込んでしまった。
「デブの食い方ぞ」
「んぐ…」
「お口ちっちゃいんだからムリしないの。ほら」
リオンがルシャに紙ナプキンを押し当てて口を拭いてやる。幼い子供のように無邪気になった友達がやたらに可愛かったので自分のを譲っても良い気がしてきたが、これを賞味せずに帰っては寒い季節に汗をかいた意味がない。むせないように少しだけ切って口に入れると、滑らかなクリームとシロップの主張の強すぎないフルーツの甘味が幸せを運んでくるのだった。見た目といい味といい完璧に近いので3人は太鼓判を押した。
「雪の降る夜、橙の灯りの下で食べたいなぁ」
「ロマンチックねぇ…今年のサン・アルテミス祭は一緒にいようか」
恋人の不在が幸いした。傷を舐め合うのではなく身体を舐め合う日にしようとミーナが攻めたことを言ってもすんなり受け入れられたので12月25日はきっと特別な日になる。
戦いの後の日常回です。テンションが高かったのか、いつもより長いです。




