44・新しい日々
今回の襲撃について多くの国民から共通の意見が出た。大方の予想通り、中央の対応についてだ。
ルシャ、ミーナ、リオン、アイラの4人は学校から特別に公欠扱いを受けたので2日間しっかりと身体を休めることができそうだ。10時に起きたルシャは市場の商店の軒先に並んでいた新聞の1面にこれまでより大きな見出しがあるのに気付いた。
『中央再建 相次ぐ批判受け王族決意』
ルシャは『だろうな』と思った。中央集権を進めて地方を疎かにしたことで各所で被害が出たことや、総力を結集させた王都も壊滅的な被害を受けてしまったことで、備えが間違っていた、適切な配置ではなかったなどという批判が王都内外で出ていて、今も収まっていない。最高意思決定機関である王族はこの批判への対応として中央の人材整理を行うことを決定して公表したのだ。
1部買ってカフェに入り記事を読むと、やはり権力暴走を危惧する声があったということが書いてある。強大な敵を相手に滓宝を運用できなかったのは特強の管理が緩かったこと、管理が緩かったのは関係の維持に努めなかったことだという社説もあり、かなり憤っている様子が伝わってきた。ルシャは中央と王族がいくつかの滓宝を保有していて有事の際に活用するという話を思い出し、今回それが全く行われなかったことについて今になって大きな疑問を抱いた。中央の人を呼び出して説明させたかったが、代わりに知っている人が来たので溜飲を下げるに至った。
「お帰りでしたかぁ」
「ルリーさん!」
「なんとなくルシャさんがいる気がして…特強レーダー?」
「あはは、私を探せるなら特強っていう今となっちゃ意味のない属性があってもいいですね」
「魔王死んじゃいましたからねー。これから魔族は無理矢理新しい魔王を立てるのでしょうか?でもあんな魔力を持ってる魔族、そうそう現れてたまるかって話でしょう?」
ルリーは平和な世界になったことを歓迎していて、長く暗雲は来ないと予想した。ルシャもそれに同意してこれからの王国の変容を尋ねた。
「どうやら権力を集めすぎたせいで身を隠す特強が続出してたみたいですねー。だからいざってときに滓宝を持たせることができなかった。各所に散った特強はその地域を護ることを重視して中央を護らなかった。それが王都に甚大な被害があったのと、地方が意外と大丈夫だった理由です」
「なるほど…被害のなかった田舎の地域には特強がいたんですね。だから王都から送られた兵士が少なくても大丈夫だったのか…」
ルシャたちは王都にいるときに襲撃されたので王都を護ったが、ジュタにいるときだったらジュタを護っていた。ルリーによるとこのジュタにも大勢の魔族が攻め込んできたというが、果たして誰が護ったのだろう?
「フランさんはルシャさんが心配ですぐに王都に向かったのでジュタにはいませんでしたね。その後襲撃があったんです。さて、もう特強は残っていません」
「校長先生とか?引率にはミロシュ先生が来てたらしいし…」
「はい、そうです。校長先生をはじめとする教師陣ですねー。中には教頭先生やプリムラ先生といった地下探索に参加した先生もいらっしゃいますから、ルシャさんや私に触発されて奮起してくださったんでしょうね」
教師陣の矜恃が凄まじい力を生んで魔を退けたというわけだ。その先生たちは今、学校で教鞭を執っている。
「やっぱ大人ってすごいです」
「ですねー。始業前に学校に行ってきたんですけど、みんな元気そうでしたよ。ノーラン先生なんていつもより気合が入ってました」
「1個大きなことを成し遂げたのが強い自信になったんでしょうね。ノーラン先生には今回の遠征でもいろいろ助けられましたよ」
「頼もしいですよねー。見た目がカッコいいし…さて」
ここでルリーが表情を変えたのでルシャは俄然緊張した。何か嫌なことを言われるのではないかと構えていると、ルリーは鞄から封筒を取り出した。
「実は王族から誘いが来てまして…」
「王族から!?」
驚くルシャは確かに王族の紋章入りの封筒を見た。無断複製不可、王族しか使ってはいけない素材で作られている。
「なんと…」
「で、どうやら私を中央に着任させたいようなんですよねー。王族はどうやら中央どころじゃないくらい私のこと注目していたみたいで、元から私を新しい中央に据えることを計画してたみたいです。はっきり言って役者不足ですけど、また集権されてジュタが疎かにされるのは嫌なので行ってみようと思いますよー」
ルリーが新しい中央になる。これはルシャにとって大きな衝撃だった。師匠が王都に行ってしまうと理解したとき、彼女は寂しさを爆発させた。
「え、じゃあこれからは通学路ですれ違わないし、ラーメン屋に行っても会えないってこと…?」
「はい。寂しいですがそうなりますね」
「それは…でも、ルリーさんが決めたことだし…私は応援したいです。それにさっきジュタが疎かにされるのは嫌って言ったとき、私たちのことを想ってのことだと勝手に思いました」
するとルリーは笑って頭を掻いた。
「あは、バレましたかー。短い間だったけど、かなり気に入りました。この場所が変わらず穏やかで優しくあるために、私はあらゆる悪を排除します。忙しくなるでしょうけど、たまの休みに遊びに来ますよ…というか、まだ返事を出していないのでしばらくはいますねー…そんな泣かないで」
ルシャは涙を拭うのに必死でまともに顔を上げられなかった。ルリーが温かいカフェラテを持ってくると、ルシャは1口飲んで落ち着いた。
「…すみません、ルリーさんには特別な思い入れがあるので…」
「そうでしょう。私だってそうです。けど死ぬわけじゃないし、会えなくなるわけでもない…なんなら卒業後にルシャさんが王都に来ればいいですよ。私が中央の人ならお金がバカみたいに入ってるでしょうから、豪邸に2人で住むことだって叶いそうです」
「それは素敵です…じゃあ、それまで待っててください」
「はい!」
すると啜り泣く声がルシャの背後から聞こえた。小柄な男性が鼻水を垂らして泣いている。
「うふぇぇ…感動したよぉ」
「ドニエルさん!」
「いやまあ俺もね、王族に呼ばれて権力者にならないかって言われてるんだけど、君たちみたいに固い絆で繋がれている2人のやり取りを聞いてたら泣けてきちゃってね…」
ドニエルはテーブルにあるティッシュで鼻をかんで呼吸を整えた。
「…ってわけでジュタから2人が中央に行く。同じ地域から複数選出されるのは異例の事態だ。けど魔族を退けた殊勲がジュタに集まってるんだからそうなるよね」
「ドニエルさんまで行っちゃうんですか…」
「寂しがってくれるだけありがたいよ。こんな俺にも大事なものがあるって思える。君たちの明るい未来を保障するためだと思えば中央のクソ共から継いだ仕事もきっと辛くないだろう。死ぬまでやるよ」
「2人がいれば安泰だと思います。なんか面白くなりそうな気もしてるし…いつか私もそこに加わろうかな。頭悪いからムリか」
そんなことを言って笑ったルシャを撫でた2人は『待ってるよ』と言って店を出て行った。ルシャは寂しさではなく希望とともに残された。
昼食が完成したのと同時にフランが仕事から帰ってきたので2人が中央に行くことを伝えた。するとより強い衝撃に襲われることになった。苦笑いを浮かべて鞄を探った母も、あの封筒を見せてきた。
「…マジか」
開いた口が塞がらない。なんとフランも王族から誘いを受けていたのだ。しかし彼女は2人とは違ってただのパートタイマーのはず…
「お母さんね、むかし中央から誘われたことがあったのよ。高校を出る前に、中央で仕事をしないかって」
「え…?」
「そんなことがあるもんかって思った。経験豊かな人こそ相応しくて、高校を出たばかりの私が中央で仕事をするなんて絶対にありえない。だから断った。けど王族は憶えていたみたいね」
ここでドニエルの台詞を思い出してほしい。彼はフランは首席だと言っていた。名門校の首席なら偉い人に注目されても不思議ではない。
「…今になって誘うか?」
「お母さん道中でけっこうな数の魔族を倒して王都に来たから…どれほどの戦力があるか分かんないところが襲われてて放っておけなかったのよ」
「それも評価されたのかな……え?道中で魔族倒してあの時間に着いたの?」
やべぇ、とルシャは思った。特強ではないが特強クラスの強さを持つ人…それは正しい。どころか、特強を上回っているようにも思える。
「もしかしてお母さんってドニエルさんとかより強いんじゃ…」
「ないない。ドニエルは歴代最強だと思ってるから…あんたが塗り替えちゃったけど」
「じゃあ歴代最強の母だからお母さんが歴代最強なのでは?」
「あれ?そういうことになるの…お母さん仕事で疲れたから頭回んない」
「ご飯にしようか!」
ルシャのチキンソテーは最高で、どのレストランより美味しいのでフランはすぐに快復した。
「…で、お母さんは中央に行くの?」
「どうしようかと悩んでるところよ。あんたを置いて行くのは無理じゃないけど、中央の仕事は今やってることと全然違うから思うようにいかないと思う。あの2人が一緒ならどうにかなる気もするけど…荷の重さが否めないわ」
そんな母の苦悩をさっさと取り払うためにルシャははっきりした意見を示した。
「私は1人でも大丈夫。もちろんお母さんがいないとだらけるところはあるけど、真人間として生きることはできると思ってる。学校に通っている間はミーナたちがいるし、出た後のことは今考えなくていい」
「そこまではっきり言ってくれて助かったわ。あんたの望む明るい未来を作るのが大人の役目。私はそれに最先端で携わる機会を得たってわけだ…やるわ。この王国をもっと明るく優しい国にする」
「よし!そうと決まれば出発までいろいろしよう!しばらくの間振り回すから覚悟してね!」
ルシャの頭は手芸のことより大好きな母と楽しい思い出を作ることへ向けられた。
学校に行くとダテトリオは囲まれた。なにせ魔王を倒したのだから、チヤホヤされないはずがない。
「…私とリオンはウリゾで見てただけだけどね」
「でもあの場所で襲撃に遭ったんだろ!?よく生きてたなぁ…」
「そりゃこいついるからね…特強3人だぞ!?バカ強いよ!デカくていかつい魔族が次々と死んでいく!」
興奮気味に語る中ノーランが来て生徒の前で親指を自分の胸にトントンと当てた。
「俺も」
「あぁ…ノーラン先生も戦ったんですね。強そうだから死ぬことはないと思ってたけど…」
「当たり前だ!俺はルーシー先生と姉ちゃんを護るので必死だったさ。はっきり言って戦力じゃ特強に遠く及ばない。あの場所に留まっていたら今頃ここに花束が置かれてた」
「生きててよかったですよ。ノーラン先生この学校で大人気だからいないと寂しいっす」
「え、俺って人気なの?嬉しいな…」
柔らかく人当たりのよい性格になってきたことで生徒たちも接しやすくなったとか。それは他ならぬダテトリオのおかげで、ノーランはやはり3人には勝てないのだと笑った。
「…ってわけでお前らのアイドルが魔王をぶっ殺してくれたので、これから平和な授業を行えます。はい、じゃあ1時間目体育だから着替えて」
「復帰最初が体育ですか…」
「ハハハ、がんばれ」
「魔王に勝てたのに体育には勝てないのかい」
「勝たなくていいし!」
魔王を倒すほどの強者でも苦手なことがあるということがルシャという存在を身近に思わせる。クラスメートはルシャをからかったり褒めたりして和気藹々とした雰囲気を作った。これがノーランの護ったものだ。彼は人知れず拳を握った。
ヴァンフィールドの技術について、実際のプロセスや順番と違うかもしれませんが、それは道理が地球とは少し異なるからです。同じなら偶然同じってだけで、深く考えていません。印刷技術はかなり昔からあります。




