エンディング
秘密基地 PM6:00
もう、あんな思いをするのはこりごりだ。
誰かがいなくなったり、仲が悪くなったり。
終わらない一日を何度も繰り返させられたり、かと思えば濃密すぎる一日のなかでハードスケジュールに追われたり。
本当の本当に平穏が戻って来て、俺はつくづく何もない日々のありがたみをかみしめていた。
荒れてケンカ三昧をしていた日々もあったが、今となってはあんなもとんでもない日々だと思う。
本当に大切な人が傍にいてくれるのに、悲観するなんて、そんなの贅沢だ。
「むー」
「……」
「うー」
「……」
「ふしゃーっ!」
「……」
それで、秘密基地にやってきた俺は、いつもの様に時間を潰している所だった。
広間に宿題を広げて、今日出されたものに手を付けているのだが、隣にいる茉莉が色々と煩かった。
「えー、なにこれー。分かんないー。ぜんぜん、あたし分かんないですー」
茉莉は茉莉で、学校で出された宿題と格闘しているのだが、課題の内容がさっぱり理解できなくて、頭から煙を出してそうだった。
あれから色々あって、大事をとって病院に数日間入院することになったので、遅れた分の勉強が分からなくなっているらしい。
「未来ー、分かんないとこ教えてー」
「まず、自分で考えてからだ」
「えー」
ちょっとはしっかりしてきたと思ったのに、こいつはまだまだ簡単には変わらないようだった。
「そうしないと、自分の為にならないだろ」
「そうだけど。むー、未来のいじわるー」
「意地悪じゃない、教育だ」
「いいもん、いいもん。未来の手助けなくたって、自分でとくもん、ばかー」
頬をふくらませつつも宿題に視線を戻す茉莉。
その姿は、やはりしっかりしているようには見えなくて。
どうにも頼りない幼なじみの妹のままだった。
けれど、そんな茉莉でも何度もあの世界では俺を助けてくれていた。
あの世界では、死にかけていた俺と織香だけが、本物の人間として存在していた。
本物出なかった先輩たちや他の人間達は、存在していなかったから、各ループ世界の最後には消えてしまっていたのだ。
織香も、一度俺の目の前で消えた事があるが、あれは能力を自分で切っていたからだという。
俺がまだ問題に向き合えていないのを見て、その世界の真実にたどり着くヒントを減らしていたのだと。
だが、俺は例外がいたのを覚えている。
あの世界での茉莉の事を。
茉莉は他の人間が消えてしまった後でも、最後まで俺と会話をしていた。
直接存在している所を見た事はないが、電話でやり取りをしていたのは、はっきりと覚えている。
だから、やはり茉莉も俺達と同じように死にかけていたのかもしれない。
茉莉の生死の運命は、あの時点で、ほぼ決まりかかっていたのだろう。
それでも、茉莉は何も知らないフリをして俺を心配させないように、励ましてくれていた。
茉莉が交通事故に遭ったと言う設定のあの世界では、生きていると言う設定の円達とやりとりをする事はできなかったけれど。
しかし、あの世界の罪在の森で、一度七つの石が集まった時があったのだが、その時の円と茉莉の会話はこう……真にせまるものがあった。
本当の人間が驚いているようにしか思えなかったし、そうでなくても俺はあのループ世界の中で、先輩や円達の事を空っぽで中身のない存在だとは思えなかった。
あれは、ひょっとしたら作られた世界なのではなく、本当に存在している可能性の世界なのでは、ないだろうか……。
その世界では茉莉は交通事故に遭って、本当に死んでしまっていて、俺はその世界では茉莉の死を認められなかった……。
いや、まさか。
そうだとしたら、この世界に来る前に最後に森でした会話のつじつまが合わないだろうし。
「未来? どうしたのー?」
そんな事を考えていたら、知らない間に俺の手が動いていた様だ。
幼なじみの小さな頭をなでくりまわして、鳥の巣を一つ茉莉の頭に生産していた様だ。
「何でもない」
「んー?」
不思議そうな感情をやどした、猫の様な大きな瞳と視線が合う。
俺は少し気まずい。
この世界ではずっと保留にしていた、例の返事。
結局まだ言えていないのだ。
茉莉は病み上がりだったし、色々あった後だから考える事は控えていたが、これ以上伸ばしておいたら、また変なごたごたのフラグになってしまいそうだ。
そろそろ応えてやらねばならないだろう。
「茉莉……えーと、あのな、覚えてるか。祭の日の事」
「りんごあめ?」
違う。
もっと、他に思い出すべきことあるだろ。
俺の必死の悩みと、決死の勇気を林檎あめごときで横にどけるな。
「お前の気持ちにずっと答えてやれなくてごめん。だけど、そろそろ話さなくちゃいけないだろうと思ってな」
「むー? あ」
茉莉は何の事か気が付いたようだ。
茉莉の分際で、頬を赤くして上目遣いになって、おそるおそるこちらへと視線を向けてくるという高等技術を駆使なんかして。
なんだその仕草は、しっかりと意識してますみたいな仕草は。
お前は、茉莉だろ。
そんな風にされたら、こっちも意識しなくちゃいけなくなるだろうが。
「未来、へんじ、聞かせてくれるの?」
「あ、ああ」
で、そこからそっと手を伸ばしてこっちの服を軽く引っ張って来る。
どうやら俺は、幼なじみの妹ポジションの少女から、返事をおねだりされてるようだ。
どこで学んできたんだそれ。
さては円か、円だな。
あいつは本当に平和な時は余計な事しかしないな。
次から次へと、茉莉に要らん事を教えやがって。
思考が悪友への文句へと流れかけるが、ぐっとひきしめる。
俺は、ぐっと息を吸い込んでその一言を告げた。
「――」
それに対して、茉莉がどんな顔をしたのかは詳しくは説明しない事にする。
それは、すぐ近くにいた、俺の、俺だけの特権だからだ。
その一言を言うのに長い、長い時間がかかった。
立ち止まって、振り返って、いじけて、くじけて、散々なめにあった。
それで、途方もない苦労を背負って、消化して、降ろして、そしてきっとまた色々なものを背負って進んで行くのだろう。
これは、俺が彼女にたった一言を伝えるためだけの話。
そこに至るまでの長い長いプロローグの話。
全てを終わらせて、そして始めるための、物語だ。




