第9話
そんな事を考えていたら、不意に電子音が聞こえて来た。
「む?」
なんの冗談だと思う様な古めかしい、黒電話とかが出す音だった。
そういえばこれが先輩の携帯の呼び出し音だった。
想像した通りの人が、気が付いて携帯を手にする。
ちなみに円の着信音は可愛らしい流行のもので、茉莉はアニメのオープニングだ。
「龍打からのようだ。すまないね」
画面を見て確認した先輩は、俺達に断りを入れて携帯に出る。
こうして毅然とした先輩の態度を見ていると忘れそうになるが、一応先輩の会社は脅されている立場なのだ。
きっとそれらの事についてだろうから、無視するわけにもいかないのだろう。
先輩はいつもと変わらない表情で、携帯の向こうにいるらしい龍打さんと話しこんでいる。
その間に、出来る事をやってしまおうと考えたのだろう。
「ねぇ、今の内にちょっと持ち上げてみない?」
「ああ、そうだな」
円に言われて、近くにいるマンホールまで移動する。
特に何の変哲もないその蓋には、市の花みたいなのが描かれていて、他のマンホールと変わりはない。
何か見つかれば儲けものという感じで、特に期待せずに、地面にあるその重蓋に手をかけ、持ち上げる。
蓋をずらして、中を覗いてみるが、特におかしなものは見られなかった。
暗闇が延々と下に向かって続いているだけだ。
匂いとかも特にしないし、何かおかしな物がある様にも見えない。
梯子があるので下には降りられるようだが。
「とりあえず、ちゃんと確かめるなら入ってみるしかないか」
「ええ? 変なニオいとかつかないでしょうね」
「嫌なら来なくていいぞ」
「べ、別に行かないとは言ってないわよ。行くに決まってるじゃない、茉莉ちゃん探さなくちゃいけないんだから」
とにかく駄目でも何でも、少しでも手がかりを得られる可能性があるというのなら、調べないという選択肢はない。
だが、円も一応女なのだから、そういう事が気になるのだろう。
顔をしかめながら穴を覗き込んだりして、中の様子を少しでも把握しようとしている。
別にそう言うのに関係している職業の人を悪く言うつもりはないが、下水の中というのは一般的に不潔なイメージが付きまとうし。
しかし、こういう場所とかは、雨が降った時が心配だ。
よく、大雨やゲリラ豪雨とかなんかで、逃げ遅れた作業員が犠牲に……なんて話も聞く事があるし。
「そういえば……」
あの世界で何度も来た夕立は、この世界でも来るのだろうか。
もし、来たとしたらマズくないだろうか。
時間的にはまだ余裕があるが、中で何かがあって出るのが遅くなったら大変なのではないだろうか。
「円、急ぐぞ」
「え、ちょっと何よ。そんなに慌てて」
「雨が降るかもしれない」
「あっ」
すでに円達には巻き戻りの事を伝えているので、俺の抱いている懸念が伝わったのだろう。
危機感を理解したらしい円は、表情を引き締めた。
「そうだな。急いだほうがいいだろう。天気の事が無いにしても」
そんな俺達に話しかけてくるのは、通話を終えた先輩だ。
「犯人達から龍打に連絡があった。新薬のサンプルを指定された場所に持ってくるよう言われたらしい。定めた刻限までに来なければ人質の安全は保障できないとも言われたようだよ」
「っ!」
「卑怯者ね」
指定された場所は、ライバル会社の裏手。
時間は、夜の12時だった。
偶然なのかそうでないのか、何度も繰り返したあの世界の期限と同じだった。
だが、今の時刻はまだ午後3時だ。
俺一人では危なかったかもしれないが、俺達はもうかなり犯人達に近づいているはず。
時刻には十分な余裕があるだろう。




