第6話
「こんなところで、時間を潰している場合じゃないのに……」
にっちもさっちも行かなくなった俺は、茉莉のチャット相手の一人である織香に電話をかけてみた。
「はぁ……やれやれ。まだ、正解に辿り着けていないようだね」
すると通話に出るなり、相手からそんな呆れた声が発せられた。
そして律儀にも、電話はため息まで拾って俺に聞かせてくる。
のっけから失望の第一声を聞かせられるとは思わなかった。
この世界では初めて会ったはずなのだが。
「茉莉ちゃんの二人や三人くらい、簡単にすくって見せてくれないと困るね」
茉莉が二人も三人もいてたまるか。
そんなにいたら、さすがに長年の付き合いがある俺でも面倒がみきれない。
「無茶を言うな、ここら辺は商業用の建物ばっかりだから、探そうとしたって奥に行けない所ばっかりなんだぞ。路地裏から中覗こうとしたって、資材搬入とかの人に追い出されるし」
「君、どこにいるの? まさか、ネットカフェ? 違うんじゃない?」
そんなはずないだろ。
前の世界では、ここが正解だったんだから。
「まあ、大人しく僕にかけてきたってところだけは評価してあげてもいいね。誰彼構わず殴り込んで血祭りにあげててもおかしくないかと思ったんだけど」
関係ない人間にまでケンカを吹っかける様な人間じゃない。
俺の事を何だと思ってるんだこいつは。
「ろくでなしでしょうもなしで、茉莉ちゃんに捜索されるまで自分の誕生日にすら気が付けなかった不良だけど、そこまでじゃなかったか。ゴメンゴメン」
「……」
そうか茉莉だな。喋ったな色々と。
誉められたものではない俺の過去が、俺の想像以上の人間に漏洩していたようだ。
「あれ、傷ついてる?」
反論できなかったけど、別に傷ついてなんかいない。
ただの事実を聞いただけなんだから。
ぐうの音も出ない内容を羅列させられてしまったが、ここで時間をとっている場合ではないので、さっさと話を変えることにする。
別に自分に都合が悪かったからとかそういうのじゃない。
「織香、お前は何か知ってるか?」
「ボクがよーく知ってるのは、あの世界の事だけだよ。君は一度、あの世界の事を切り離して考えてみた方が良いんじゃない? あの世界は確かにこの世界と色々な所で繋がりがあるけど、あの世界で経験した1月10日の中身はここでは存在しない。君はもうこの世界で別の経験をしてしまっているだろう?」
「そうか……」
確かにそうだ。
俺はあの撒き戻りの世界で重複している時の中を何度も経験してきた。
それは一度通ったはずの時間の中で、すでに別の事実を積み重ねた1月10日があるのだ。
その、知っているはずの1月10日と、経験してきて記憶がおぼろげになってしまっている1月10日の齟齬が、似ているところと似ていない差異が俺を苦しめているのだろう。
織香の言う通り、あまり頼りきりになるのはまずいかもしれない。
振り出しに戻ってしまったかもしれない事実に頭を悩ませながらも、俺は携帯を切ろうとする。
しかし、そんな俺の動作を引き留めるように織香が声を発っした。
「ちょっとちょっと、それだけ? 意気地なしだなぁ? それとも抜けてるの? これで今生の別れになるかもしれないんだから、ボクへのお別れの挨拶とかないわけ?」
「あ……」
焦るあまりに忘れていた事実に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
こいつと接した時間はそう長くはないが、重要なところでは何度か助けられている。
これで最後にするなんて、さすがに未練が残りそうだ。
「……お前も、こっちにいられたら良かったのにな」
秘密基地のメンバーの一人として、もっと早く出会っていたら色んな事が知れたかもしれない。
茉莉だってきっと喜んだだろう。
そう思って呟くと、ため息をつかれた。
「まったく、最後にそれをチョイスするのかい? そういうところ、惚れられたんだろうねぇ」
それと茉莉が俺の事を好きなのにどういう関係があるんだ。
「いいよ、それを餞別にもらっておこう。君達と知りあえて良かったよ、それなりに暇つぶしになった。だから、せいぜいこの命を有効活用したまえよ、じゃあね」
「お、おいっ……」
そして、彼女はそれだけを言って、あっさりと通話が切られてしまった。
織香、満足した様だったがこれで良かったのだろうか。
かけ直そうかと思ったが、女性の心の機微にうとい俺では、気の利いた言葉を贈れそうにないだろうし、他でもない当人が満足しているといったのに余計な水を差すのもどうかと思う。
「変わった奴だったな」
いい奴だと思ったけど、最後までよく分からないやつだった。
もう少しつきあいがあれば、きっと色んな事が分かっただろうに。




