第1話
1月10日
1月の寒さは容赦がない。
新学期が始まって早々、慈悲のない寒さに凍えながら道を歩いていく。
向かっていくのは、幼なじみの少女との待ち合わせ場所だ。
脳裏に浮かぶのは、実の妹のように接してきた三つ年下の少女の姿。
ずっと、家族のように接してきたし、それが当たり前だった。
これからもずっとその関係は変わらないと思っていた。
けれど。
「あの茉莉がまさか……」
俺はその茉莉に告白されてしまったのだ。
そして俺は、その返事をしていない。
誠意のある対応をしなければならないという事ぐらいは分かっている。
真剣な彼女の想いにきちんと答えを出してやるべきだと。
なのに、俺は返事を保留にしてなあなあな態度を取り続けていた。
理由は他の先輩や友人とぎくしゃくしたくないからだ。
まったくどうして理由は分からないが、頼れる上級生である九条桐谷先輩と、気の置けない悪友のような付き合いをしている篠塚円からも、俺は好かれているらしい。
少し前は不良をやっていて、ところかまわずケンカをふっかけたり、またはふっかけられたりしていた俺に、壁を作ることなく接してくれる二人。
俺はそんな彼女達の事が気に入っていた。
当然幼なじみである茉莉の事もだ。
だから、その関係を壊したくなかったのだ。
「最低だな」
いつもの道を歩きながら自分で吐いた息の白さを見つめる。
いつか茉莉にノーアンサ―だと呼ばれた事がある。
人に中二的なネーミングを付けるのが得意な、幼なじみに。
それはたまった勉強を消化する時に、難しい事を考えるのを放棄した俺につけた名前だった。意味は確か答え要らずだったと思う。
だが、皮肉なものだ。
ノーアンサー。
答えを出さない。
これほど今の俺にぴったりの名前は他にはないだろう。
名前を付けられたのは告白されるよりも前だったので、偶然だったが。
「あ、未来ー。おはよー」
そうこうしている間にも待ち合わせ場所についてしまったようだ。
いつもの交通標識の前で、茉莉が勢いよく手を振りながらこちらを見ていた。
その仕草は、ここで待ち合わせをきめることになった時からまったく変わらなくて……、こんな態度をとる少女を意識するなんて無理だと、俺はそう結論付けた。
そうだ、答えなんてとっくに出ているというのに。
胸の内に込み上げて来た罪悪感に顔をしかめていると、その場に異音が響いた。
車の音だ。
結構なスピードを出している。
白のワンボックスカー。
タイヤの摩擦音を響かせながら走るそれは、こちらの方へ……いや茉莉の方へ向かっていた。
向こうが避ける気配はない。
「――っ!」
「……っ!」
俺達が危険性に気が付いたのは同時だっただろう。
でも、反応したのは茉莉の方が早かった。
「未来……、駄目!」
助けてほしいという感情を、その猫の様に大きな瞳にこめながらも、茉莉は俺の心配をしてくれていた。
はっとして、ようやく動き出した俺は、茉莉へ駆けよろうとする。
だが、それでは間に合わない。
ほんの数秒。
ほんの少しの距離。
俺は茉莉の事が大切で、好きだったのに、ただそれだけの時間と距離が遠すぎて手が伸ばせない。
あの時、一瞬でもためらっていなかったら。
後悔に襲われている間にも、脅威は驚異的なスピードで近づいてきていた。
俺が助ける間も、庇ってやる事もできずに、そしてその巨大な車体で小柄な少女を容赦なく跳ね飛ばす……。
……。
…………。
…………事はなかった。
車は止まった。
「え? や……っ!」
その代わり、茉莉の直前で急停止したワンボックスカーから複数の黒服のおとこたちが出て来て、茉莉をその車の中へと押し込んでしまったのだ。
何が起きているのか分からないと、呆然としていた俺の前で無慈悲に車のドアが閉まった。
「っ! 茉莉!」
何をあっけに取られているんだ。
何をのうのうと見過ごしているんだ。
俺は我に返って動こうとしたが、その場から車が去っていく方が早かった。
茉莉は、誘拐された。
「嘘だろ……」
車のナンバーを覚えておくとか、携帯で写真をとっておくとか、そんな事は考えられなかった。
ただ目の前で起こったことが信じれなくて、内もできないままだった。
俺は、その場に立ち尽くす役立たずだった。
あの、茉莉が。
俺の傍にずっと一緒にいた茉莉が。
誕生日の日に俺を探しに来てくれた茉莉が。
俺の前からいなくなるかもしれないなんて……考えもしなかったから。




