第54話 彼は未だ気づかない
円は怒ったような表情で、口をへの字にして黙り込んでしまった。
そのまま、怒気をはらんだ声で、言葉を向けてくる。
「はぁぁ、アンタにはアタシと茉莉ちゃんがケンカしてるように見えるってわけね」
「それは……」
仲直りの記憶がない以上、詳しい事を言えないのが辛い。
でも、その様子なら心の底から嫌っているわけじゃないようだ。
そこにはほっとする。
「違うわよ、アタシ達がケンカなんてするはずないじゃない。アタシは茉莉ちゃんの事嫌ってるわけじゃないんだから、そもそもしたくても、できないし」
「できない?」
円は俺と視線どころか、顔を合わせようとしない。
そういえば、前の世界でも気になった事だが、桐谷先輩たちは俺に何か隠し事をしている。
どうする、この際だからもう少し聞いてみるか?
別にいまどうしても知りたいってわけずあない。
駄目なら、後回しにすればいいだけだし。
「俺に何か隠してるだろ、お前も、先輩も」
「そうね……、それは本当の事よ」
円は、額に手を当てながら、一度頭上を振り仰いだ。
「アンタにはまだ分からないのね。アタシ達がこんな風になってる原因は、アンタがとある真実に辿り着いていないっていう事に」
「真実?」
「認めたくないのは分かるけど、ちゃんと目を背けないで、いい加減真実を見なさいよ」
円はこちらを睨みつける様に、そんな事を言ってくる。
だが、いくら言葉を重ねられたとしても、俺にはそれがまるで分からなかった。
何を分かってないのか、まるで心当たりがないのだから当然だ。
「そんなんじゃ、茉莉ちゃんだって可哀そうじゃない。茉莉ちゃんは今のアンタのそんな状態、望んでいないわ」
そして、目の前の円は今度は悲しげな表情になる。
茉莉が可哀そう?
ますます理解できない。
一体円は何を言っているのだ。
「思い出してくれたわけじゃなかったのね、そう。だったらアンタのする大事な話とやらにも用は無いわ。今日は帰んなさい」
「そんな事言われて、素直に帰るわけにいくか」
円を守るためにここに来たと言うのに、それでは本末転倒だ。
「俺はお前が大事だからここにいるんだ」
「へ? は……? なっ、う……」
正直な気持ちをぶつけるべく、そう言葉にするのだが、円は目を丸くしたのち一時停止。
しばらく口を開閉させてから、しかし頭を振って、顔色を真っ赤に染めた。。
「そ、そんなこと言ったって、アタシは絆されないわ。何を言ってくれるのか知らないけど、聞かないったら聞かない。アンタが出てかないなら、アタシが出るから。今日用事あったの知ってるでしょ。アタシが帰ってくるまでに帰って」
そう言って円は手早く着替えを済ませて部屋を出ていく。
しかもすぐに追ってこれないように、巧妙な位置にある家具を蹴倒して俺の進路妨害してくれるというオマケ付きで。
慌てて追いかけたのだが、途中で円の母親に呼び止められてしまって時間を使ってしまった。
正直今の円と一緒にいるのは気まずいどころの話ではないが、危険な目に遭うかもしれないのだから、見過ごすわけにはいかない。




