第50話 勘違い
俺の対面にいる円は、一瞬何を言われたのか分からないと言ったような顔をした後、数秒かけて意味を飲み込んだ後、これ以上ないくらいの大声を上げた。
「は、はあああ? あ、アンタがアタシの家に泊まりたいですって。どういう風の吹きまわしよ!」
馬鹿、声がでかい。
誰かに聞かれるだろ。
俺と先輩の身の回りには気が付くくせに、自分の事はおそろかなんだな。
そんなに驚く事言ったか、俺。
とりあえず今日は円の身に何が起きるのか、どんな危険が迫るのかを確かめなければならない。
だから、その近くにいるのが、原因を知る為には一番確実であるはず。
俺と一緒にいるのは円的に嫌な事なのかは知れないが、そこは我慢してもらいたい。
円は思いっきり動揺している。
「な、何でよ」
「噂になるかもとか、人目が気になるとかそういう問題があるのも分かってる、でもお前に大事な話があるんだ」
「へぁっ」
何だその間抜けな声は。
俺が大事な話があるとか言うと、何でそんな顔になる。
円は両手で顔を覆って、後ろを向いてしまった。
それで、「ぬわー」とか「ふぬー」とかいうよく分からない奇声を上げ始めた。
さすがにちょっと心配になった。
「おい、円……?」
呼びかけると、円は勢いよくこちらへと向き直った。
「ほ、本当は駄目なのよ」
円はあらぬ方向へと視線をさまよさせながら、胸の前に手を置いて途切れ途切れながらも言葉を返してくる。
顔は真っ赤で、今にも蒸気を吹き出しそうな感じで、何か変な汗もかいてるようだ。
こいつ、何考えてるんだ?
「で、でも、そういう事なら仕方ないわね。そう、仕方ないのよ。ヘタレであるアンタの勇気は、報われるべきだと思うわ」
同級生の家に泊まるくらいで、何でそんな壮大な話になるのだか。
俺と円だぞ。
別に何が起こるとかじゃないし、俺の気持ちなんて分かり切ってるだろ。
何か勘違いされているような気がしたが、これはうまくいくならそのままにしておくべきなんだろうか。
円は、「あー」だの「うー」だの意味の分からない言葉をひとしきりはいた後、顔を赤らめながら小声になって、かつ右手と左手の人差し指をちょんちょんとくっつけたり話したりしながら、ポツリ。
「そ、その代わり…、もし、あの、その、何か良い感じになったら。べべべ、最後まで頑張っちゃっても……別に、良いわよ」
「……」
不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
普段見ないもんだから余計に。
男勝りな言動をしてるけど、一応美人の域に入るんだもんな、コイツ。
そういう仕草も、結構様になっていた。
いや大丈夫か、俺。円だぞ。
本当に誤解を解かなくていいんだろうか。
この先の話いかんでは、後で大変な事になるかもしれないが。
「だ、だから……と、特別なんだからねっ」
一応これで、オーケーをもらったらしい。
円はなおもそれからごにょごにょと言い続けていたが、俺は他に気になる事があったので、気を回している余裕がなかった。
朝、桐谷さんの家のポストに入れて置いた脅迫の手紙はちゃんと読まれているだろうか。
頭の良い先輩の事だから、何かきっかけさえあれば自然と自分の身の回りを気にするはずだ。
それで、外出を控えて訪問者を警戒してくれれば、言う事なしなのだが、後でもう一度くらいメールか電話で連絡を取った方がいいかもしれない。
「そうよね。いい機会だわ、頑張るのよアタシ。気張んなさい。もし、今夜の事が上手くいけば、もう茉莉ちゃんが基地にいる様な事はなさそうだもの」
意識を戻せば、円がそんな事を呟いているのが聞こえてきた。
そういえばこの世界では、まだ仲直りしていなかった。
原因は分かってる。
俺のせいだ。
少し前までは仲が良かったはずなのに、俺の曖昧な態度のせいでこんなに事態がこんがらがってしまった。
その事についても早く話し合いたいと思うが、今は優先順位がある。
また、俺達が全員あの基地に揃う為には、まず目の前の問題をどうにかしなければならない。




