第42話 警戒網
以前の基地と同じような重い空気を感じているのは俺だけだろうが、少し前とは別の意味で居心地が悪かった。
それからは時たま先輩と途切れ途切れの会話をしていたが、やああって執事の人が先輩を呼びに来た。
龍打とかいう、茉莉が聞いたら目を輝かせそうなライトノベルとかにいそうで、かつ男前そうな名前の老執事の人がだ。
屋敷に入った時一番に先輩を出迎えた人でもある。
ぎこちないこれまでの雑談の中で、先輩から教えてもらった事だ。
玄関でも出迎えてくれたその人は、白い髪に白い口ひげを生やした、結構な歳の老人に見えるのだが、見た目に反して動作は若々しく、気も効くようだった。
長年桐谷先輩の家で働いているらしく、先輩はとても信頼しているという。
来客用のお茶と茶菓子を持ってきた龍打さんは、低く深みのある声で要件を先輩に伝えていく。
「お嬢様、お届け物の件で、会社の扇屋様がいらっしゃいました。ご相手いたしましょうか」
「そうか、伝えてくれて助かる。いいや、それには及ばないよ。わざわざ来てくれたんだ。直接私が迎えよう」
要件を聞いた先輩は、俺からでも分かる様な態度で部屋から出ていく。
その背中を見送って、ほっとした。
先輩を責める気持ちは俺にはみじんもないし、責任もないのだが、あの空気は気まずかった。
先輩は扉の前で申し訳なさそうな顔で、こちらに言葉をかけてくれる。
「では少し席を外すよ。相手をできなくてすまないね」
「いえ……」
こっちからおしかけといて、文句を言えるはずもない。
それだけ言った先輩は、部屋から出ていった。
こんな広い部屋に一人で取り残されるのは心もとなかったが、無言の空気から解放された影響で、俺は深く息を吐いた。
随分長い間緊張していたような気がした、最近はずっとこんな感じばっかりに思える。
そんなはずはないのに、肩こりになってしまったような気分だ。
告白の件もそうだが、桐谷先輩個人に降りかかった問題をどうにかしなければと思って、半日ずっと気をもんでいたせいもあるだろう。
肩の力を抜いた姿勢のまま、何とはなしに天井を見つめる。
未来の家のそれよりも、何倍も高い天井は見た目だけは、圧迫感が無くて開放的だ。
慣れはしないだろうが、考え事をする為に見つめるならば、よく集中できそうだった。
こんなのどうでもいい情報だが、今はあえて回り道したい気分だ。
ここ最近、様子がおかしいのは円だけではなかった。
先輩もだ。
それは告白の件についてだけじゃない。
今改めて思ったが、二人は俺に何かを隠しているのかもしれない。
だが、それが何なのか俺にはまったく見当がつかなかった。
もし、この問題が解決したら、二人からなんとかして聞き出さなければならない。
そうやって数分時間を潰して、先輩の足音が部屋から十分遠ざかっていったのを確認して、俺は部屋から出た。
他人の家を好き勝手歩く罪悪感はあるが、仕方がない。
これも先輩の身を護るため。
来訪者が本当に安全なのかどう分からない。
会社の業務に関わることに、俺が堂々とその場に同席するわけにもいかないので、こっそり様子を確かめるしかできないのは、大変だ。
俺は来た時の記憶をたどりながら、屋敷の中を歩いていった。




