第41話 臆病な優しさ
「最近、茉莉とはどうだい?」
「どうって言われましても」
桐谷に振られたその話題に、俺は返答に困った。
悪い意味でも良い意味でもない。
茉莉となら、いつも顔を合わせているので、変わった事と言われても見当たらないのだ。
「おかしな事なんてないですよ」
「いや、そういうつもりで聞いたわけではないが。ふむ、おかしい事はない……か」
ごく普通に返答したはずだが、先輩は何か奇妙な反応をしてみせた。
いまの辺りさわりのない会話に、何か重要なヒントが隠れているかもしれない、とでも思っているかのような。
しいていうならそれは、研究をしている時に見せる桐谷先輩のもう一つの顔だった。
冷静さを心掛けながら、一つの変化も見逃さないように細心の宙を払っているかのような、そんな顔だった。
「まあ、君は彼女と毎日顔を合わせている様だからね、変化が分からないのも当然かもしれない。だが私には断言できる。彼女は以前とは、変わってきているよ」
「そうですか? あいつはずっと昔から全然変わらないように見えますよ。甘ったれだし、我が儘だし、よく分からないとこがあるし、時々頑固だしで……」
「そうかい?」
俺の言葉に何お思っているのか、先輩は喉の奥から小さく笑い声をあげる。
表情に苦笑を刻みながら、言葉を重ねて来た。
「ささやかな方お変化を一つ上げるが……茉莉は女性らしくなったと思うよ。きっと、自覚が出てきたのではないかな。君の事が気になっているようだ」
「それは」
どう返答すればいいのか困る。
告白しに行くようなそぶりをしといてなんだが、そういうのにはやっぱりまだ慣れてない。
逃げ続けて来た俺がどういう顔して話を聞けと言うんだ。
これは、先輩流の仕返しなんだろうか。
対面にいる先輩は数秒の間を開けて、言葉を選んでいる。
やがて視線を揺らしながら、ゆっくりと話しかけてきた。
「未来……。君は……、茉莉の事が好きかい?」
「え、そりゃあ好きか嫌いかで言えば、もちろん好きですけど」
「いや、そういうものではなく……、ふむ困ったな。こういう事を直接的に説明するのには、私は向いていないのかもしれない。いやこれはこれは逃げか」
先程からやけにどこかへ向かって遠回りしているような気がするのだが、先輩は一体何を聞きたいのだろうか。いや、何を言いたいのだろうか。
まさかという思いはあるが、まだ何も起きていないのに、先輩が俺にそいう事をいうだろうか。
まずい、そういう時はどう言えばいいんだ。
その可能性を考えてなかった。
「そ、そういえば先輩、円と茉莉が最近ケンカしてるみたいなんですけど、何か心当たりとかありますか?」
助け船を出すつもりで、別の話題を出し絵見るのだが、それに対しても先輩は言葉を詰まらせた。
「それは、おそらく……」
「何か知ってるんですか?」
「駄目だ、それに関しては私からは、言えない」
「……。そうですか」
自分の事を見逃してもらったのに、桐谷先輩を問い詰めるなどできるわけがない。
それもあるが何よりも、今までに見た事がないくらい沈んだ表情をしていた先輩を不用意に傷つける様なことをしたくはなかったのだ。
だから、俺は黙っているしかなかった。
「ありがとう。君は優しいな、いつだって」
「そんなんじゃ……ないですよ」
本当に優しかったら、返答を保留に何てし続けない。
俺は、臆病なだけなのだ。そう思った。
勇気がないだけ。
いつだってそうだ。
不満があれば自分から状況を変えにいけばいいのに。
逃げてばかりでいる。
他人の優しさにずっと甘えているのは俺の方なのだ。
けど、だからこそいつだって俺は、真正面からどんな困難も受け止められるような強さが欲しかった。




