第40話 空き時間
そっとはにかむ先輩のわずかな表情の変化をみて、罪悪感が募る。
俺なんかといられる事を、そんな風に評価してくれる人がいるなんて。
とにかく。先輩には申し訳ないが、今の時点で俺から話せる事はなかった。
「そう言ってもらえると助かります」
「大した事は言ってないよ、気にしなくていい」
桐谷先輩は大人だった。その心遣いがとてもありがたく思える。
円も先輩のこういう所を見習ってほしいとは思うが、気の利いた円なんて想像できないから実在に無理がある。
先輩は、「さて」と話を切り替えた。
「忘れ物は先程会社の者にこちらへ届けてもらうよう頼んでしまったからな……。急に空き時間ができると、どう過ごしたら良いのか戸惑ってしまうよ」
本来取りに行く予定だった忘れ物は、勤め先の知り合いの人に持ってきてくれるように電話で伝えたらしい。わざわざ自分で取りに行こうとしたのだから、大事なものだったのだろうに。
申し訳なくなるが命には代えられない。
「君はひょっとして、単に私と一緒の時間を過ごしたいだけだったのかな。ふむ……それはそれでひどく嬉しいが、色々と困ってしまうな」
きっと必要な人が大勢いるだろうに、こうして俺が独占して先輩を困らせてるなんて、何だかひどくいけない事をしているような気分になって来る。
目の前にいる先輩は、ほんの少しだけ嬉しそうに見えて、けれど学校にいる普通の女子生徒みたいに困ったように眉を下げて、これからの行動に迷っている。
そんな姿を見て、何も思わなかったと言ったらうそになる。
今まで頼りになるところしか見てなかったが、先輩にもこんな可愛らしい一面があったとは。
「……」
なんて、雰囲気にやられている場合ではない。
妙な考えを誤魔化すために、俺は早口で尋ねた。
「そんな事言っても、先輩ならすぐに有意義な時間の使い方くらい思い付くんじゃないですか?」
「いいや、私は君が思っているほど有能ではないよ。そう思ってくれること自体は嬉しいけれどね。私個人にできる事なんて、ほんの少しばかりさ」
そんな風に言って謙虚な姿勢を見せるが、桐谷先輩が何かの問題に戸惑っている所など、数えるほどしかなかった。
俺達が何時間かけても解けない問題でも、あっさりと解いてしまう事が多いのだ。
「謙遜も過ぎれば、反感を買いますよ」
「む、謙遜などではないのだが……現に。いや……、何でもない」
先輩は一瞬、わずかに表所を曇らせて何かを言いかけたのだが、先程の俺の様に口をつぐむ事を選んだようだ。代わりに別の話題について話してきた。




