第31話 曲がった標識のエピソード
二度目の一月十日の朝。
いつも通りの食卓で、いつも通りに……(いや俺の体感としては何度も繰り返した昨日通りだが)のメニューを腹に入れた後、家を出て歩いて行けば、これもまたいつも通りの場所で茉莉と出会った。
支柱の折れ曲がった交通標識の下で、寒そうにしながら待ち合わせている俺の幼なじみの少女。
支柱なんでどれも似たようなもんだが、この支柱に限っては何度も見ているからか、見分けがつきそうな気がした。
当然つい数時間前に頭突きをかましまくったものではない。
それでも曲がっているのか、俺が過去に仕出かしたある出来事のせいだ。
この支柱は確か、俺が何度もなぐりつけたせいで曲がってしまったのだったか。
俺の誕生日に、俺を探しに出ていた茉莉を探し返す際に、抱えていた苛立たしい気分を消化するために、公共物に盛大に当たり散らしていたのだのだったか。現場を見ていた、通報されはしなかった。第三者はいなかったのが幸いだった。
そんな事を考えていると、茉莉が接近するこちらに気が付いて顔を上げた。
「あ、未来ー。おはよー」
「ああ」
手をぶんぶんと回して、こっちに精一杯の存在アピール。
いつも猫みたいな茉莉だが、その様はまるで犬のようだった。
と、気のない挨拶を返した未来に対して、茉莉は頬を膨らませてくる。
「ちゃんとおはようって言わなきゃ挨拶じゃないよー」
「そんな事より……」
「ひどいんだー」
茉莉には悪いが、恒例と化しているいつものやり取りにとりあう余裕は今の俺にはない。
「茉莉は、昨日の事……じゃなくて電話で話した事とか覚えてるか?」
だが今回の巻き戻りはいつもとは違う。
一応期待していない質問をしてみれば、きょとんとした顔になった俺の幼なじみは予想通りの答えを返してきた。
「電話の事? んー、どれの事ー? 昨日は、普通に学校行ってー、お昼ご飯食べてー、基地に集まってー、電話なんかしたっけー?」
「そうか。ならいいんだ」
分かったのは、今日という日を何度も体験しているのは俺だけだという事だ。
ひょっとしたらと思ったが、やはり。
前の1月10日の記憶があるのは俺だけらしい。
銃で自殺したのが俺だと考えれば、最初の1月10日を覚えているのは俺以外にはいないとするのが普通の事だろう。
かなり変な質問をしたにも拘らず、茉莉は機嫌良さげに鼻歌なんかを歌い始めている。
子供の頃に聞いた曲だ。
確か茉莉が好きだったアニメのテーマ曲だったか。
正義のヒーローが出てくる奴で、俺はいつもそのヒーロー役だった。
茉莉は、正義の魔法使いだったか。
銃の事について、記憶がわずかに刺激されるが、しかし思い出すまでには至らなかった。
「そういえば、茉莉はどこかで赤い銃を見た事ないか?」
「赤い銃ー? えー、何それ。あたらしい玩具とかー? 見た事ないよー」
「ならいいんだ」
どうして過去に戻る事が出来たのか。
なぜ、あの銃が出せるようになったのか。
全然分からないままだ。
記憶のひっかかりを考えれば、昔あった何らかの出来事に関係しているのだろうが、思い出せないのならば仕方ない。
今は他に考えなければならない事があるのだから。




