きびだんご
きびだんご
糖堂家のお迎え団子
きびを米のようによく研いで洗ってから、十分な量の水に浸けて一晩水にさらしておく。
水を何度か入れ替えて研いだ後、熱が入らんように石臼でゆっくりきびを挽いていく。
水挽きしたきびをさらし布にいれ、水を抜く。さらし布のなかにしっとり水気が残るくらい。
きび粉に白砂糖を加えて練り上げ、まとまったら団子状に均等に丸めていく。
たっぷりと沸かした湯に、だんごを泳がせる。
だんごが浮き上がり、少ししたら茹であがり。
すくい上げ、冷水にさらした後、水を切る。
きな粉と同じ量の白砂糖を混ぜ合わせて振りかけ、きびだんごに。
出来立てを御饌にだすこと。
*
お日さんかんかん照りの小御門神殿。境内の砂利も、素足で歩けば火傷するほど、熱にうなされていた。
こんな日は外出ても茹だるだけ。
繁華街すら、ところどころ店を閉めて、人通りがない。
神殿なんて誰も好き好んで拝みにきやしない、近頃は朝から晩まで、賽銭箱は静かなものだ。泥棒も片手で担げるほど軽いのではないだろうか。
蝉といっしょに閑古鳥が鳴く拝殿。
そこへ久方ぶりの参拝客がお目見えした。
それも手を合わせたまましばらく首を垂れ、えらい熱心に拝んでいる。
ご足労分は叶えてやりたいと、参拝客に近寄った久助であったが。
「――に会わせてやってください。お稲荷さま、どうかよろしくお願いします」
その野太い声に目が座った。
とんだ無駄足だ。
参拝客はまだ顔を上げてないというのに、久助は横から水をさした。
「ラクさん、仕事さぼって拝んでも報われませんよ」
久助の言った通り、参拝客は小御門家側室東の院御用人、ラクだ。
ラクはきっ、と一度だけ久助を睨みつけると、歯噛みしながら声だけを落ち着かせ、淡々と言い訳した。
「みなさん、当たり前のようにお仕事をくださいますがね、今日は生憎の休みなんですわ」
「はて、御用人に休みなどありましたか」
久助がまた本気で首を捻る。
まあ明日ならわからないでもないが、御用人とは主が眠っている間も働いているものだ。
「旦那様から、正式にお暇をいただきました。ご心配なさらずとも用事はもう済んだんで、いつもの使い走りに戻ります」
ラクは精一杯の皮肉を置き土産に、拝殿を後にした。
その影法師の下に隠れていたのは、大きな笊。
「おお、これは」
覗き込めばきんきら、きらきら、輝く黄金の穀物が笊いっぱい。
もしや、願い叶うやも知れません。
久助は丁重に笊を持ち上げると、供物台のど真ん中に飾り立て、自身も何処ぞに退いていった。
*
さて、風成に盂蘭盆会の季節がやってきた。盂蘭盆会とは父母や祖先霊を改めて供養する習わしであり、三日間通して行われる魂祭だ。
風成の盂蘭盆会ははじまりと終わりだけ賑やかである。
はじまりは町中至る所に迎え火が灯され、その灯りの道は山のほとりまで続く。各々の家では神棚やお仏壇に盆灯籠が、神殿には何百という盆提灯がずらり並べられる。
この日だけは夜中でも宵みたいに明るくて、祖先といっしょに蛍が帰ってきたみたいな、しとやかな温もりが感じられた。
終わりは精霊流しと呼ばれ、送り火が灯籠に乗り川に流される。それはそれは壮麗な情景であるが、これを観れる民は少ない。
ここは王都呼ばれる風成。田舎者が奉公にくる都会。
盆は正月に同じ。奉公人はみんな休みをとって実家に帰ることが許される。故に商人の間では盂蘭盆会は藪入りと呼ばれた。また、他家に嫁いだ娘が実家に戻ることの出来る時期でもある。
迎え火が灯るのは明日のはなし。
この日には風成の街という街から奉公人と嫁が消え、五月蝿い蝉の哭き声にまでもの寂しさが漂っていた。
小御門家の奉公人も一人残らず消えている。
当たり前のように腰を据えたままの、かまどのはりつき虫を除いて――。
「あい、お願いします」
はよせな実家に帰れん。居残り組の神職らが盂蘭盆会の灯りともしに精を出す傍ら、鹿の子は相も変わらず御饌菓子作りに励んでいた。
「ごくろうさまです」
久助もまた変わらぬ平坦な挨拶を残し、昨日の供物を置いていく。
「これは?」
「どうぞ御饌菓子の材料に」
久助はたまにこうして、供物のなかから菓子に使えそうな材料を選んでもってくる。
米や砂糖ばかりに囲まれ眠る鹿の子にとって、笊の中身を覗くのが一日で一番の楽しみであるが、今日は格別だ。
その笊をみた鹿の子の目の輝きたるや。
「ありがとうございます!」
久助は颯ととっくに立ち去ったあと。鹿の子は虚空向けて精一杯の礼を述べた。
「なぁにがそんなに嬉しいねん」
そこへ現れたのは狐目吊り上げたクラマ。
鹿の子が久助にいい顔するとすぐ拗ねるお狐さまである。尻尾ぴりりと立てて笊のなかをみたが中身は味気のない黄色い雑穀。さては中になんか仕込んであるなとザクザクかき混ぜるがなんもない。
「これがなんで嬉しいねん」
クラマがよりいきり立つ。
「うふふ、明日のお楽しみ」
そして鹿の子はいつものように、クラマを軽くいなす。
今日のクラマはしつこく噛みついたりせず、尻尾をすぐにふぁさりと下ろした。いきり立ったものの、明日には美味い菓子にありつけそうだし、なんせ明日は盂蘭盆会だ。
吊ってた狐目をゆるめたクラマに、今度は鹿の子が尋ねた。
「なにがそんなに嬉しいの?」
この日はクラマがにんまり笑って、一日が終わった。
「明日、おとんに会えるんや」
*
さあ盂蘭盆会のはじまりの宵。
夕拝どき、鹿の子は何をしているかといえば、うずうずと御出し台の前に立っていた。取り板には隅から隅まで出来立ての団子がのっている。鹿の子は妖しに食べられんようにと両手をおっぴろげて、それらを見張っていた。
久助が御饌菓子を取りにやってきた途端、ぴょんぴょん跳ねて手をふる。
「久助さん、久助さん、お願いがあるんです」
呼ばれた久助は普段黙々と釜炊きする物静かな鹿の子の弾けっぷりにも驚いたが、御出し台に山盛りになった団子にも目を皿にした。
「もしや鹿の子さん、昨日の供物ぜんぶ使ったのですか」
「は、はい。あきませんでしたか」
それでも足らんと思う鹿の子の手元から、家鳴りが団子をさらっていく。ほれみたことかと鹿の子が久助をじいとみつめる。
「実は、お願いがあるんです。お金払いますんで、この団子のうち十個、わたしにいただけませんか」
「なんと、鹿の子さんが食べるんですか」
「い、いえ、はい。食べます。ほんで、いくらでしょうか」
そう言って鹿の子は薄っぺらい財布を取り出した。
小御門家では藪入りする奉公人に旅費として小遣いを与える。側室ならその十倍。わけあって帰れん鹿の子に与えられるべき小遣い、それがあれば団子代は充分補えるだろう。
久助はそれだけ考えると、取り板の上の団子を御饌皿に移しながら、鹿の子にありのままを告げた。
「お金はいりません。御饌にあげるこの団子十個、それ以外の残りはぜんぶ鹿の子さんのものです」
「え、ぜんぶ?」
鹿の子はぱぁあ、と小豆顔に花を咲かせるが。
「無事に残っていれば」
久助は意地悪なことを言い残すと、自分は団子を大事にもって、さっさと拝殿へと向かっていった。
鹿の子のちいさい背中に悪寒が走る。
――無事に残っていれば。
そう、ここは腹を空かせた異形の集まる御饌かまど。
妖し家鳴りのみえない鹿の子にとって、敵がみえぬと同じこと。とんでもない難題である。
そして鹿の子はこの一刻の間に、思いもよらぬ激戦を強いられるのであった。
まず久助を見送ったその隙に五個。
「ぁあっ!」
小鬼が串団子みたいに一列になって土間を横切っていった。
団子を守らにゃと、また御出し台へ顔を向ければ今度は下女が立っている。鹿の子が次の敵は人間かと警戒するも、
「どうぞかまどの嫁、お稲荷さまのお残しです」
顔面に突き出されたのは美味しそうな御膳。盂蘭盆会を控えはやくも夕拝を終えたのか、今日の送り御膳が鹿の子の手に渡った。この後実家に帰るのだろう、下女はうらめしそうに団子を眺めただけで、嫌味もなくすぐに母家の奥へと消えていった。
「あああっ!」
そこで鹿の子が御膳を掲げるその下をうにゅり、手をのばしてきたのは小豆洗い。自慢のおおきな手のひらいっぱいにかっさらっていったもんで、団子の列にぽっかり穴があいてしまった。
よそ見だけでこれじゃあ、お残しいただいてる間に全部食べられてしまう。きゅるきゅる腹は鳴るが、背に腹は変えられない。
鹿の子はぬくぬくの御膳を名残惜しそうに端へ寄せると、団子に手ぬぐいを被せ、苦し紛れに重石をのせた。
次には何を思ったか御出し台を離れ、くすぶっていたかまどの火にぷぅと息吹を吹き込んだ。
「食べられんようにするには、食べるもんを腹いっぱいにさせばいい」
今夜の鹿の子は一味違う。目をぎらつかせながらてきぱきと仕込みの準備をしていった。
火が焚ける間に、送り御膳にのった冷や飯茶碗をひっくり返してこね鉢へ入れる。冷や飯をすりこぎでついている間にかまどへ蒸篭をのせ、さつまいもを蒸していく。その間にも手ぬぐいの隙間から家鳴り小鬼が団子を盗んでいくが、おかまいなし。全部食べられる前には仕上げたろ、そんな算段だ。
蒸したさつまいもを皮ごとこね鉢へあけ、白砂糖といっしょにつけば、たねの完成。
「ほらほら、ねったぼが出来ましたよ!」
ねったぼ?
はじめてその名をきく妖し家鳴りはきょとん。
鹿の子が言うねったぼとは、蒸したさつまいもともち米をいっしょに練ってまるめた餅のことだ。正月に餅が余るとよく作られる、平民菓子。
鹿の子はたねを大きな小判型にまるめると、ほいほい宙へ投げた。みんな戸惑うが、投げられると条件反射で飛びついてしまうのが化け猫。
「にゃうーん」
次には甘い鳴き声こぼして腰を捻った。
鹿の子が作ったねったぼは、もち米の代用に冷や飯を使っている。早う仕上げるための次善策であったがこれはこれで白米の粒つぶとした食感がねっとりした芋に絡んで美味い。また鹿の子は贅沢にも砂糖をたっぷりいれたもんだから、化け猫のいかめしい顔はでろんととろけるほど美味い餅になった。
その顔をみた妖し家鳴りがこれ美味しと、投げられる餅に一斉に飛びついていく。
「う、ふふ。食べてる、食べてる!」
鹿の子は娘さんらしからぬ下卑な笑みを浮かべた。
何故鹿の子がねったぼを選んだかというと、芋が混じるねったぼはふつうの餅より腹持ちがいいからだ。
鉢のなかのたねが空っぽになる頃には、かまどにすみつく妖しはふくれた腹を天井へ突き出して倒れるほど、お腹いっぱい満足した。その姿見えずとも、もう誰も御出し台に見向きもしない。
鹿の子の作戦勝ちだ、ここまでは――。
「へ……?」
それは鹿の子がさあ、団子を皿に盛りますかと振り返った時だった。
御出し台に無数の白い毛玉が群がっている。
もちろん、その口ん中はくずくずに崩れた、ほのかな黄身色の――そう、きびだんご。
「だめぇ――――――!!!!!」
正体はわからないが鹿の子は危険を顧みず、白い毛玉をぽんぽん御出し台から引き剥がしていった。
露わになった御出し台に残る団子はきっかり十個。鹿の子は慌てて残りの団子を手ぬぐいでくるんだ。
その一方で狐たちはぽてぽて落下をはじめる。
上手に着地できたもんがおれば、一匹は流し台の水に首を突っ込み、一匹は蒸篭に頭をぶつける。運の悪い一匹は炊き口に尻尾が入り、先っちょを焦がしてしまった。
かまどに「きゅうん」と悲鳴があがり、鹿の子はビクッと我に返った。団子を後ろ手に恐る恐る、かまどを見渡す。
「え……?」
なんと白い毛玉は生きた狐。鹿の子が振り返った時にはもう、せまいかまどのあちこちでフーッと威嚇してきていた。十匹近くいるのではないだろうか、こうも集まると迫力があるものだ。
鹿の子はようやく恐怖にうち震えた。
狐たちはまた鹿の子の聞こえん声で、剣呑にこんこん喚く。
「やれ、びしょ濡れだ」
「ああ、痛い」
「わしらを投げ飛ばすとは、なんと無礼な」
「許したらあかん」
「許してなるものか」
「あち、あちち、ああ、だいじな尻尾が……、おのれぇ小娘の分際で、許すまじ!」
鹿の子へにじり寄る狐たち。
怒りにたぎる狐の鳴き声は、鹿の子の耳におどろおどろしく聞こえた。
投げ飛ばしといてなんだが、十匹もの狐に一度に襲いかかられたら、鹿の子のか弱い命など一溜まりもない。
「あ、……あ」
今にも後ろ足を蹴り上げそうな狐たちに背を向け、鹿の子は御出し台に突っ伏し団子を庇った。
死んでもあの世へいっしょにもっていけるように。
「助けて……っ、クラマ!」
鹿の子は最後の一あがきに、クラマの名を呼んだ。
鹿の子にとって狐といえば、クラマだ。
クラマが狐の妖しなら、ふつうの狐より強そうだし、仲間なら説得してくれるかもしれない。
そう思って。
これがいい効き薬となった。
狐たちは一斉に足の力をゆるめ、どよめいた。
「いま、この小娘なんといった」
「確かに、あの名を口ずさんだ」
「まさか……、お兄の名を知る人間など、いる筈はない」
「偶然だ」
「まぐれだ」
「しかし、これが本当なら」
「お兄が現れる」
「御饌を盗み食いしたとばれたら」
「……祟られる!!!」
狐たちはネズミのように、たちどころに消えた。
鹿の子は御出し台に突っ伏し死を覚悟したまま。そのうち呼ばれたクラマがひょいとほんまに現れた。
「どした?」
夕拝どきに美味いきびだんごにありつけたクラマはご機嫌さまだ。
クラマの声をきいた鹿の子はゆっくりと顔をあげ辺りを見回すと、ああほんまにクラマが助けてくれたと大喜び、尻尾あったら振ってクラマに抱きついた。
「ありがとう! クラマ!」
「お、おう?」
よくわからないが、クラマは鹿の子に抱きつかれ大喜び。こちらは本物の尻尾振って、鹿の子の襟元に顔をすり付ける。思う存分、大好きな鹿の子の匂いをくんくん嗅いで、嗅いだ先にある団子をみつけてこう言った。
「今日の菓子、くれ!」
いつものように「クラマ分」があると思っての言葉であったが。
鹿の子はきっぱりとこう返した。
「今日は、ありません!」
狐に囲まれた窮地のあとじゃあ、クラマなんて怖くもなんともない。
最後の強敵をあっさりと打ちのめすと、鹿の子は手ぬぐい握りしめ、納戸へ逃げ込んだのであった。
*
「おとん、女って難しい生き物やなあ」
好意を持ってるように見えても、あちらから抱きついてきても、こちらが一言間違えればすぐに機嫌を損ねる。
お稲荷さまはおとんと呼ぶ御霊と並んで本殿の屋根に腰を据えると、愚痴をこぼしながら迎え火に灯された風成の街を望んだ。
「そうか? お前のお母さんはわかりやすかったけどなあ」
「その話は聞きたくない」
そんなふたりを囲い、十一匹の狐がおすわりして弧を描いている。
「や、やはりただの小娘ではなかったんや」
「傷付けんでよかった」
「ほんまや」
「ほんまに」
「なんや、どうしたお前ら」
お稲荷さまが声をかけると、狐たちは一目散に屋根を飛び降りていった。その残り香に団子が混じっており、鹿の子が怒ってたんはあいつらのことかと合点がいき、弱々しいため息をつく。
鹿の子には悪いが、狐たちがああして現世で羽を伸ばせるのは一年に一度のこと。明日改めて紹介したろうと心に決め、父に意識を向け直した。
父とは千年前に亡くなった祖先霊であり、狐たちはみんなお稲荷さまの弟や妹だ。
「おとんも、あいつらみたいに狐に憑依できたら、鹿の子の菓子を直に味わえるのにな」
「馬鹿をいうな。わしは妖でも神でもない、ふつうの人間や」
生前、半妖であった弟たちは一年に一度の盂蘭盆会だけ狐に戻れる。しかし人間である父の御霊はどこまでも御霊のままだ。
どうにかしてやれないものかとあぐねるお稲荷さまの肩をすかすかと叩き、父は笑った。
「わしは、こうしてお前らと話せるだけ幸せもんや」
父のその言葉に、お稲荷さまはあの時氏神の道を選んでよかったと、心からそう思った。
*
同じ頃、かまどの納戸では格子窓から射し込む月明かりを浴びながら、鹿の子が熱心に手を合わせていた。その肘の下には小さな盆灯籠と、きちんと三角錐に積まれたきびだんご。
そう、鹿の子が大事に守っていたのはきびだんご。
「じいさま、ちょっとだけ寄っていってくださいね」
盂蘭盆会にはお迎え団子という風習がある。鹿の子の実家の糖堂では白い団子ではなく、きびだんごを積んでいた。
きびだんごでなくてはならない理由はちゃんとある。
農村では田の実の節供が盂蘭盆会の近い日にあるものだ。田の実の節供とは、収穫した粟や黍の初穂を神前に供える豊作の祈り。
それを糖堂では祈るだけでなく、「田の実」が「頼み」に通じるとして、日々の感謝とともに近隣の家々へ穀物や団子を贈った。人と人とのつながりを大切にする、糖堂ならではの風習だ。
祖先とのつながりもずっと続きますように。
そんな願いが込められ、盂蘭盆会にもきびだんごが供えられる。
もうひとつのちゃんとした理由は、糖堂の大旦那がだいのきびだんご好きだったから。
鹿の子は思いもよらずキビを得てからひたすらに祖父を思い、きびだんご作りに励んだのであった。
「今は小御門家の嫁やけど血と心は繋がってる、わたしのこと忘れんといてね」
そう言うた後に、鹿の子の胸に拭いきれぬ違和感が湧き上がった。
煤みたいに広がっていくその思いを吹き飛ばすように、ひとりケタケタ笑う。
「あはは、違う。かまどの嫁やった」
じいさまをここに長居させては糖堂に帰れんようになる。
鹿の子は合わせていた手を離すと、両手でだんごをひっつかみ、あむあむ口に入れていった。
きびだんごは、もっちりとしたもち米と違って、ぷちぷち弾ける音が美味しい。
噛みしめるたびに染み出てくるのは、糖堂の白砂糖。
鹿の子は夢中になって食べていった。
七個、八個、九個――。
「あれ? 一個足りん」
積み上げた時はたしかに十個あったはずやのに。また家鳴りが盗んでいったのだろうか。
まあお供えした後やからええかと、ぱんぱんきな粉をはらい腰をあげる。
「さあ、明日の仕込みをはじめますかね」
今日の御饌が終われば、明日の御饌。
かまどのはりつき虫に寝る暇はない。
「団子のあとや、御饌飴でええやろか」
そんな独り言を言いながら、土間に足を下ろし草鞋をつっかける。
その瞬間、納戸に置かれた盆灯籠の火が、ひとりでにしゅん、と消えた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
かまどの炭ですが、季節が本編のはじまりに繋がりましたので、ここは一旦完結とさせていただきます。
上記の理由のほかに、本編の更新に集中したいためでもあります。
私生活が落ち着き、また書きたい菓子やエピソードが生まれましたら、のろのろと出没します。リクエストを募集する日もくるかもしれません。
宜しくお願いいたします。
最後にもう一度。
お読みいただきありがとうございました!