第13話 商人
「赤い髪で、炎の翼を持った女……南境総督を倒したのは、そいつじゃないのか?」
「まさか!?」
「本当だ。前線にいた兵士が一人、見たって言ってる。巨大な逆さ十字架と、炎の中から湧いてくる化け物を」
「朝だったのに、夜みたいに真っ暗だったらしい。赤い月まで出たって」
娼館じゅうが、その噂でもちきりだった。
「南境総督……!」
セシリーちゃんが、はっと目を見開いた。
「ご存じですか」
マーヤーちゃんが尋ねた。
「この大陸で知らない人はいません……あの魔族に阻まれて、戦線は二百年ものあいだ、一歩も進んでいないんです」
そんな相手を、ルフィーナが倒した。
別れてからまだ一日も経っていないのに、いったい何が……
アレシアさんは椅子をひとつ引き寄せ、集まった人たちの前に腰を下ろした。
「なるほどね」
腰のあたりから金貨を一枚取り出し、慣れた手つきで指から指へ、くるり、くるりと転がしていく。
「ほかには?」
みんな、金貨から目を離さず、ごくりと唾を飲み込んだ。
「頭に黒と赤の王冠をかぶってたらしい」
「大人の女で、美人だった。炎の翼は、黒竜の翼よりも長かった」
「そのあと、東へ向かったみたいだ」
え? ルフィーナじゃないの?
「あんたたち」
マータさんが、あたしたち三人を見回した。
「人を捜してるんじゃなかったのかい?」
「あっ……はい!」
「ついてきな」
頭をまた隠し扉の下へ引っ込めた。
「えっと……」
「早く行っておいで。婆さんは待たされるのが嫌いでね」
アレシアさんが笑いかけた。
「はい、ありがとうございます」
急いであとを追うと、マーヤーちゃんとセシリーちゃんもついてきた。
湿った石段を下りると、松明に照らされた狭い通路に出た。
マータさんは壁から松明を一本外し、奥へ進んだ。
「――っ!」
左手には、鉄格子の牢がずらりと並んでいた。
「この店は、使われなくなった地下牢の上に建ってるんだ。いちいち驚くんじゃないよ」
振り返りもせずに言った。
「手入れはされているようです」
マーヤーちゃんが、錆ひとつない鉄格子を見て言った。
「この通路を抜けた先が、あたしの部屋だよ。目につくところくらい、きちんと手入れするさ」
「……」
マーヤーちゃんはちらりと後ろへ目をやり、それ以上は何も言わなかった。
マータさんに続き、通路の先の明るい小部屋へ入った。
狭いけれど、暮らしに必要なものはほとんどここに揃っている。
ベッドに椅子、かまどに鉄釜まで。それから、机……
羽根ペンが一本、ひとりでに巻物の上をものすごい勢いで走っていた。
その羽根は、巨大な角笛の吹き口につながっていた。
反対側の大きく開いた口は、天井に固定されている。
マータさんは羽根ペンをぱしんと払いのけ、巻物を手に取った。巻き戻しながら、ざっと目を通していく。
「まおりさん……私たちが上で話していたことまで、書かれています」
セシリーちゃんが声を潜めた。
「うん。来て正解だったみたい」
「うきうきです」
「えっ!?」
巻物を読み終えたマータさんは、ひとつため息をついた。
元の場所へ戻すと、羽根ペンがまたさらさらと走り始める。
「それで、誰を捜してるんだい? ただで教えてもらえると思うんじゃないよ」
「オル――」
マーヤーちゃんの口を手で押さえ、静かに切り出した。
「さっきのあたしたちの話も、ほかの人の話と一緒に記録されてたんですね」
「そうだよ。それがどうしたんだい?」
「ここでやってること、合法ってわけじゃなさそうですね」
マータさんの目が、すっと冷えた。
鼻先が触れそうな距離まで、詰め寄ってくる。
「あたしの縄張りで、あたしを脅す?」
「とんでもない、マダム・マータ。人を脅せるような立場にすらないんです」
「へえ?」
「あたしたち、指名手配されてるんです」
マータさんは何も答えず、机の引き出しからパイプを取り出した。
羽根ペンを引き寄せて術でパイプに火をつけ、椅子に腰を下ろして一服した。
「お嬢ちゃん。この商売、あたしがいくつで始めたと思う?」
「……十六歳?」
「九歳」
「……」
「情報のおかげで、二階の商品だったあたしが一階の使用人になって、今じゃここで商人さ」
パイプで机を三度叩いた。
漆黒の仮面をつけた二人が、音もなく戸口に現れた。
どちらの仮面にも、穴ひとつない。
「あんたたち二人が何者か、とっくに知ってるよ。異世界人」




