第一王子と長女と約束
前回短編の逆サイドです。
執務室にある時計を見て、そろそろかなと彼女を迎えにいくために席を立つ。
「お疲れ様です、リアム様」と掛けられる声に「お疲れ様」と笑みを浮かべて答えながら、クルミのオフィスに向かっていると、前から歩いてきたメアリと目が合った。
「あ」と小さく声をあげた彼女に「メアリ、お疲れ」と声をかけると、メアリはバツが悪そうに視線を落とした。
「どうしたの?」
そんな彼女に不思議に思いながら問うと、「ごめんなさい」と小さく呟いた。
「私が失敗したせいで、クルミさんが……手伝おうとしたのですが、大丈夫と断られてしまって」
申し訳なさそうに眉を落とした彼女に、大体の状況を察して「謝る必要はないよ」と安心させるように微笑んだ。
クルミのデスクがある居室を覗くと、デスクの上に資料や本を積み重ねて机に向かう彼女の姿があった。
そのまま後ろから少し様子を伺っていると、彼女が見たことない服を着ていることに気付いて、今日のために新調してくれたのかなと頰が緩まった。
ただ、責任感の強い彼女なりにけじめを付けようと頑張ってるのを邪魔したくなくて、食事はまた今度にして一度執務室に戻ることにした。
すっかり日が落ちて窓から見える景色が闇に沈んだ頃、もう一度彼女の元に向かった。
いつも彼女が帰る時間よりも少し早いが、昨日も遅くまで仕事をしていたから今日はもう帰そうと考える。
先程と同じ姿勢でデスクに向かう彼女の後ろ姿にその名を呼んだ。
ゆっくり振り向いたクルミは何度か瞬きをした後、はっとした表情で時計に顔を向けて勢いよく立ち上がった。
慌ててデスクを片付ける彼女を止めるために「大丈夫だよ、また今度にしよう」と声をかけると、手を止めて肩を落とした。
俯いたまま自分を責めているだろう彼女の姿に、先ほど声をかけておくべきだったかなと後悔する。
クルミは頑張り屋であまり周りに辛い顔を見せない。
厳しい状況でも常に前を向いて、入省して間もない頃から周りを引っ張っている。
そんな彼女を部下として信用しつつも、恋人としては不安や痛みを胸に押し込めた彼女が壊れてしまわないか時折心配になってしまう。
僕の前だけでは弱音を吐いてもいいのにな、と小さくなった彼女の背中に「クルミは頑張ってるよ」と語りかけた。
振り向いた彼女は溢れそうになる涙を必死に堪えていて、そんな表情に思わず眉を落とした。
「おいで」と言葉にする代わりに少しだけ腕を広げると、躊躇った後、駆け寄ったクルミがふわりと僕に抱きついた。
胸の中で涙を拭う彼女からは「もっとしっかりしなきゃいけないのに」という自責の念と「嫌われたくない」という僕に対するいじらしい不安が伝わってきて、大丈夫と思いを込めながら頭を優しく撫でた。
ミスをした部下も悪態をつく上司も一切責めず、自分だけを咎めているところは本当に彼女らしい。
プライドの高い彼女の口から静かに告げられる弱々しい言葉にほっとしつつ、僕だけが特別なんだと言われている気がして、思わず口元が緩んでしまった。
彼女を慰めながら、そのそぐわない表情を見られないように、クルミを抱く腕に力を入れた。
しばらくして落ち着いたクルミが恥ずかしそうに身じろぎをしたので、腕をゆっくり離した。
それから少し思案して、彼女を泣かせたネヴィルをクビにするかと半ば本気の冗談を口にすると、目を赤くした彼女が必死な顔で止めてきたので、仕方なく断念することにした。
「今度一緒にワンピース買いに行こう」
彼女の少しだけシミがついたワンピースに、新しいものをプレゼントしようと心に決めて、新しい約束を交わした。




