第三王子と三女2
「おい、アプリコット起きろ、着いたぞ」
目の前に座り、壁にもたれかかって気持ち良さそうに寝ているアプリコットに声をかける。
ガタガタと揺れる馬車の中でこうも爆睡できるのはもはや彼女の特技とも言える。
アプリコットは「……うん」と微かに頷いたが、起きる気配は全くなくて、思わず小さくため息が出た。
少し立ち上がって、その肩を優しく揺らしながら「アプリコット」と呼びかけるが、「うん」と返事をするだけで一向に目を開けない。
すやすや眠る彼女の愛らしい寝顔を見てられるのも悪い気はしないが、なかなか降りてこない俺たちに不思議に思った御者が「レオ様?」と外から呼びかけているので、このままという訳にはいかない。
「いい加減起きろって」と言いながら少し強く肩を揺らすと、アプリコットが「もーうるさいな」と言いながら俺の手を振り払った。
こいつ……と心の中で思いながら、自分のこめかみがぴくりと動いたのを感じた。
そんなアプリコットの姿に痺れを切らした俺は、最終手段を取ることにして、片手を壁につきながら、ふわりと彼女の耳元に顔を寄せた。
それから、唇を薄く開いて、すっと短く空気を吸った。
「起きろ、ばか!!!」
「ひゃ」と小さく声を出しながら肩を上げたアプリコットは両手で片耳を抑えながら目を丸くしてこちらを見上げた。
その後、数回瞬きを繰り返した後、俺に耳元で叫ばれたことに気づいたのか、「な、何!」と声を上げた。
「何じゃねえ、着いたって言ってんだろ」
アプリコットは寝ぼけて状況に着いていけてないようで、少し固まった後、視線を彷徨わせて馬車の窓から外を確認すると「あ」と小さく呟いた。
「ばあば、どう思う?普通もっと優しく起こすよね?」
テーブルを挟んで向かいに座る白髪の女性がアプリコットの言葉にふふっと笑った。
「アプリコットは昔から目覚めが悪いものね」
「ほんと困ったもんだよ」
のんびりと口にされた言葉に俺は肩を竦めると、アプリコットが不満そうに眉をひそめながら隣の俺を見た。
「キスで起こすとかそういうロマンチックな考えはないの?」
「お前キスされたくらいじゃ起きないだろ、ばか言うな」
「したことないくせに」
「あん?」
言い合う俺たちを前に、ばあばは「相変わらず仲良しねー」と呑気に言いながら目を細めた。
俺たちは学園の休みの日に王都から離れて、郊外にあるエステート家の別邸に来ていた。
休日は騎士団の仕事があるのだが、今日はここに来るために休暇を申請した。
別邸に着いた俺たちは彼女の祖母に招かれて中に入り、庭園の中に位置するテラス席でお茶をしていた。
ここには幼い時によくアプリコットと一緒に遊びに来ていた。
その頃から彼女の祖父母のことは「じいじ」と「ばあば」という愛称で呼んでいて、今もそれは変わらない。
久しぶりに見た光景に懐かしさを感じながら、彼女たちと過ごす時間は穏やかで心が休まった。
「それにしてもレオは大人っぽくなって別人みたいね」
「前に会ったのは二年前だからそれからだと身長も大分伸びたもんね」
「確かにそうだな」
昔の姿と重ねているだろう、こちらに向けられたばあばの視線になんだか気恥ずかしくなる。
「昔は悪戯っ子でアプリコットのこと泣かせてばかりだったのにね」
「あ、それは今も変わらないよ」
「ばか、嘘言うなよ」
アプリコットが言った言葉を慌てて否定する俺に、二人が声を出して笑った。
「ほんと叱ってばかりいたわね」
「ばあばは怒ったらすごく怖かったな」
「自業自得でしょー……まあ、でもじいじだけは絶対レオの味方だったよね」
当時の光景を思い出しているのか、アプリコットがふと遠くを見つめるように目元を緩ませて言った。
例の作戦決行中の俺は、別邸に遊びに来た時もアプリコットに悪戯をしてはよく泣かせた。
正直、クルミやサヨよりもばあばの方がずっと怖くて、バレて叱られては庭で膝を抱えて落ち込んでいた。
そんな時、じいじは必ず俺の側にきて慰めてくれた。
「素直になるって難しいよな、レオ」
「……うん」
「私もばあばには素直なれないんだ」
「そうなの?」
「ああ……でもな、レオ。気持ちを伝えるのに言葉は必要ないんだよ。レオがアプリコットを想って行動してたら絶対伝わるさ」
幼かった俺はじいじの言葉の意味がよく分からず、やっぱりアプリコットを泣かせてしまうのだが、何も言わなくても気持ちを察してくれるじいじの存在はとても心強かった。
「さて、そろそろじいじのところに行ってこようかな」
口にしながら腰を上げたアプリコットに、「そうだな」と返事をして立ち上がった。
ばあばが「帰ってきたら夕飯にしましょう、デザートはばあばが用意するわ」とにこりと笑ったのに、アプリコットが「やった」と声を弾ませた。




