第三王子と三女1
「リアム様は人の心が読めるらしいわよ」
「ノア様は体が一回りも違う大人を剣で負かしたんだってな」
自分の名が呼ばれないことに劣等感を覚え始めたのはいつだっただろうか。
俺が努力して成し遂げたことも全て兄二人が俺よりも小さい時に難なくこなしていて、誰も話題には上げなかった。
常識外れの魔力を持ったリアムと剣術に長けたノア。
俺に掛けられる褒め言葉はいつも「優秀な兄がいてすごい」だった。
王位に就くための勉強も剣術も始めたのは自分からで、誰にも期待されていないことは幼い頃から分かっていた。
俺だって出来ると、常に先を行く兄たちの背中を追いかけながらも、生まれ持った才能の差に、心の底ではなんで俺だけと嘆かずにはいられなかった。
ただそれでも、諦めたくないと追いかけるのをやめなかったのは、アプリコットがいたからだ。
初めて彼女の存在を意識したのは、ノアが最年少で騎士団に合格した時の祝賀パーティーだった。
ノアの快挙に王族と関連の深い貴族が集まって、盛大な催しが宮殿で行われた。
会場はノアの話題で持ちきりの中、隣に立つノアは涼しい顔をしていて、何だか面白くない気持ちだった。
俺は自分の事ではないのに「おめでとう」と声を掛けられることに居た堪れなくなって、輪を抜けて会場内を当てもなく歩いていた。
早く終わらないかな、と思いながら執事やメイドに見つからないように談笑する人の間を縫う。
「レオ様も今年学園にご入学よね」
その時、不意に耳に入ってきた自分の名に思わず足を止めて、聞き耳を立てた。
背後にいる俺に気づかず、どこかの貴族の夫人たちは話を続けた。
「そうそう、もうそんなに大きくなられたのね」
「つい最近までリアム様とノア様に手を引かれていたのにね」
いつの話だよ、と心の中で不満に思いながら口を尖らせる。
「ただ……」
会話を続けていた一人の夫人が言葉を切った後、言いづらそうに口にした。
「残念ながら今のところ突出したものはないみたい……」
「そうなの…まああんなにお兄様たちが優秀じゃレオ様が可哀想ね」
可哀想……と聞こえてきた言葉を自分の中で反芻すると、胸の中にぽかんと穴が開いた気がした。
今まで自分の中に渦巻いていた劣等感を他人の言葉で聞いたのは初めてだった。
その後、憤りや悔しさ、虚しさ、恥ずかしさが入り混じった言葉にできない感情が湧き上がってきて、気付いたらその場から駆け出していた。
それから、脇目も振らずに走って、行き着いた人気のない庭園で頬に伝った涙を拭った。
(やっぱり俺は可哀想なんだ……努力しても無駄なんだ……)
今まで心の底で固く蓋をしていた思いが溢れてきた。
拭っても拭っても止まらない涙で頬を濡らしていると、後ろからパタパタと駆け寄ってくる足音がした。
思わず振り返ると、そこには息を切らしたアプリコットが立っていた。
何でアプリコットがここに……と目を見張ったが、自分が泣いていたことを思い出して、慌てて顔を逸らしながら、「何だよ」と小さく呟いた。
すると、すうっと小さく息を吸った彼女が馬鹿でかい声で叫んだ。
「レオは可哀想なんかじゃない!」
想像以上の声の大きさにぎょっとして咄嗟に彼女の顔を見たまま、言葉を失っていると、「分かった!?」と同じ声の大きさで叫んだ。
状況に頭がついていかず、口からは「は?」と短い声が漏れた。
「分かった!?」
そのままの勢いでアプリコットに凄まれて、思わず「わ、分かった」と返事すると、眉を顰めた彼女がふうと息を吐いた。
アプリコットの行動に呆気にとられたまま「……お前、何しに来たんだよ」と問いかけると、「それだけ言いにきた」と膨れっ面のまま言った。
握りこぶしを握って、自分のことのように鼻息を荒くしている彼女の姿をみて、俺は思わず吹き出して声を上げて笑ってしまった。
涙はいつの間にか止まっていて、つい先ほどまでぽっかり空いていたはずの胸の中は温かい気持ちで満たされていた。
後から聞いたが、俺が駆け出した後、アプリコットは噂をしていた夫人たちにも同じセリフを叫んでいたらしく、会場が一時騒然としたらしい。
元々好意的に思っていたが、あの日に俺はアプリコットへの恋心をはっきりと自覚した。
それから、自分の経験から人は泣いているところを慰められたら好きになるんだ、と学習した俺は、アプリコットに好きになってもらうために、彼女が嫌いな虫を捕まえて投げてみたり、お化けに怖がる彼女を暗い部屋に閉じ込めてみたり、「泣かせて慰める作戦」を遂行するのだが、いつも慰める前にクルミやサヨにバレてお仕置きを食らった。
今考えると、我ながらお門違いも甚だしいが、あれでも毎回小さい頭を一生懸命悩ませていたのだから許してやってほしい。




