第二王子と次女3
訓練を終えた後、皆で食堂に集まって、サヨが持ってきてくれた差し入れを囲んでいた。
「うまい!」
「俺も料理上手な彼女欲しいなー」
マフィンやパンを頬張る団員が口々にする言葉を聞いて、サヨが恥ずかしそうに微笑んだ。
訓練で腹をすかせた団員たちによって、詰まっていたバスケットの中身は瞬く間に減っていった。
私はサヨと団長とエミリアと一緒にテーブルにつき、取り分けておいた分を口に運ぶ。
「このフォカッチャ美味しいわね」
「ありがとうございます。とても簡単なのですが、美味しくできるので、もしよかったらレシピお渡しします」
サヨの言葉に「ありがとう」と微笑んだエミリアに向かって団長がすかさず口を挟んだ。
「おいおい、やめろよ、家が燃える」
「……黙らないとあんたを燃やすわよ」
言い合う二人に不思議そうにしているサヨに「エミリアは料理ができないんだ」と言うと、それを聞いたエミリアが「うるさいわね、できないんじゃないわ、やらないだけよ」と不満げに口を尖らせた。
そんな彼女を横目に「レシピは俺にくれ」と団長がいうと、サヨが「分かりました」とにこりと笑った。
しばらく皆で談笑していると、突然食堂のドアが勢いよく開いた。
咄嗟にそちらに視線を受けると、「団長!副団長!」と大きな声を出しながら一人の団員が入ってきた。
一瞬にして賑やかだった食堂が静けさに包まれる。
「どうした」
団長が低く問うと、彼が「ブラッドフォード地区が魔物に襲われています」と焦ったように口に出した。
それを聞いた団長がこちらに視線を向けてきたので静かに頷いて、「準備しろ」と団員たちに向かって指示した。「は!」と返事をした団員が機敏な動きで食堂を後にする。
「悪い、行かないとだ」
隣にいるサヨに声をかける。「はい」とか細く返事をした彼女はとても不安そうな顔をしていて、安心させるように優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよ」
目を伏せたサヨがこくりと頷いたのを確認して、エミリアに視線を向けて「頼む」と声をかけた。「うん、分かってる」とエミリアの返事を聞いて、席を立ち上がり、食堂を後にした。
「申し訳ありませんでした!」
馬車で目の前に座る部下が膝に拳を握り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お前たちを守るのが私の仕事だ、次から気をつければいい」
私たちは任務を終えて、本部に戻るため、馬車に乗り込んでいた。
顔を上げた彼の目は、負傷した私の腹部を写している。応急処置が施したが、絶え間なく鈍く痛む傷口に、今回は少し深いな、と冷静に思った。
現場についた私たちはすぐに市民を避難させる団員と分かれて、魔物の討伐にかかった。
いつもより手強い魔物に苦戦したが、徐々に体力を削り、とどめを刺そうと魔力を込めた時だった。
近くにいた団員が逃げ遅れた市民の叫び声を聞き、そちらに駆け寄ろうと背を向けた時、魔物から曲がりくねって伸びた触手が上から振り降ろされた。
魔力を攻撃に使っていた私は咄嗟に身を動かして剣で防いだが、隙をついた魔物の攻撃がさらに降りかかり、防ぎきれなかった攻撃が掠めたのだ。避けきれなかった私の実力不足もある。
騎士団にいる以上、負傷することには慣れているが、サヨが来ていた手前、浮かれていたからだとかなんとか団長とエミリアに詰られるだろうと考えると、負傷したことよりそちらの方が憂鬱だった。
本部に戻ると、「ノア様!」と声をあげて駆け寄ってきた彼女の姿を見て目を丸くした。
「家に帰らなかったのか」
「エミリアさんが心配なら待ってて良いって言ってくださって」
心配させてしまったことに申し訳なさを感じながら「そうか」と返事をすると、私の顔から視線を下げたサヨが制服の大きく裂けて血に濡れた傷口部分に気がつき、目を見開いた。
「ノア様……それ……」
「ああ、大したことない」
自分の腹部から背中にかけて裂けた制服に視線を落として、確かに大層な怪我に見えるなと思いながら、サヨに視線を戻すと、彼女の目から涙が溢れてきた。
その光景に驚いて言葉を失っていると、サヨの後ろから歩いてきたエミリアが彼女の肩をぽんと優しく叩いて、「大丈夫よ」と声をかけた。
「なんで今日に限って怪我するのよ」
眉を顰めたエミリアは不満を漏らしながら、私を近くの席に座るよう促して、傷口に魔力を込めた。
彼女は国で三本の指に入る光魔法の実力者だ。
少ししてから「はい、おしまい」とエミリアが軽快な声を上げ、傷口はもう痛まなくなっていたが、隣に座るサヨは相変わらず震える手で顔を覆って静かに泣いていた。
呆れと軽蔑を込めた目を向けてくるエミリアに、お前が帰さなかったからなんだが…と心の中で思いながらも「分かっている」と呟いて、彼女の手を引いた。
「落ち着いたか」
私の言葉に、サヨが俯きながら頷いて、「ごめんなさい」と呟いた。
少し外の空気に触れた方がいいかと、サヨを建物から連れ出して、私たちは中庭のベンチに座っていた。
彼女が本部を訪れたのは昼過ぎだったが、辺りはすっかり暗くなっている。
「心配かけてすまなかった」と眉を下げて口にすると、「違うんです」と彼女が小さく首を振った。
「私、ノア様が騎士団で働いていることも副団長であることもずっと前から知っていたのに、その意味を分かっているようで全然分かっていなくて……」
彼女の言葉の意味を察して、今日に限って怪我するとはな…と先程エミリアに言われたことを自分でも思ってしまった。
「サヨ、私は大丈夫だよ」
「でも……」
「私が弱そうに見えたか」
「いえ……ノア様はすごく強いです……ただ、何かあったらと思うと、怖くて仕方なくて」
暗い表情で視線を落とす彼女にどうしたものかと思案していると、ふと足元にいつかの白い花が咲いているのを見つけた。
「サヨ、顔を上げて」
私の言葉にゆっくりこちらを見上げた彼女の耳元に、手にした白い小さな花を飾った。
「やっぱりお前は白い花が似合うな」
教会で見かけた彼女を思い出して思わず目を細めると、顔の横に手を翳したサヨが不思議そうに「やっぱり…?」と呟いた。
そこで自分が失言してしまったことに気が付いたが、はっとしている私の顔を彼女がまじまじと見ていたので、言い逃れはできそうにないなと、正直に話すことにした。
「なぜ最近になって食事を共にすることになったか分かるか」
彼女は花のことと何の関連もない私の問いに目をきょとんとさせて「それは……婚約者なので……」と困惑気味に答えた。その表情にふっと笑みをこぼしながら、「私がサヨに近づきたくて、母上に頼んだんだよ」と言うと、サヨが「え」と薄く口を開いて声を漏らした。
「本当に自分が情けないんだが、今更お前を誘う勇気が出なくて、肩書きを口実にするしかなかったんだ」
口にすると自分の情けなさを痛感して、思わず彼女から視線を逸らした。
「会食を始める少し前、偶然、教会で子どもたちと遊ぶお前の笑顔を見たとき、目が離せなかった」
「あの時、私はサヨに一目惚れしたんだと思う」
隣に座るサヨは私の横顔を見ながら、はっと息を呑んだようだった。
「散々子どもの頃から顔を合わせてたのだから一目惚れというのはおかしいかもしれないが、初めて本当のお前を見た気がしたんだ。公爵家の令嬢でもない、第二王子の婚約者でもない、ありのままのお前を。それからあの笑顔を私にも見せて欲しくて、これでも必死だったんだ」
サヨの方に視線を向けてまっすぐ伝えると、彼女の紫色の瞳が揺れた。
「なのに、私はお前に不安な顔をさせてばかりだな」
自嘲するように笑って彼女の少し赤くなった瞼を優しく指の甲でなぞりながら、「私に声をかける時もいつも不安そうな顔をしているだろう」と力なく口にした。
すると、静かに話を聞いていたサヨが彼女の顔に添えた私の手を両手でそっと包んだ。
それから一呼吸置いて、「どうしてか分かりますか?」と目を伏せながら囁くように呟いた。
なんと答えていいか分からず黙っていると、ふわりと微笑んだサヨが「ノア様が好きだから、嫌われるのが怖いんです」と続けた。
私に向けられた彼女の表情はいつか心惹かれた表情そのもので目を離すことができなかった。
「私を置いてどこにもいかないと約束してくれますか?」
真っ直ぐに私の目を見て告げられたサヨの問いに「ああ、約束する」と力強く答えて、お前の笑顔のためなら何だってするよと心の中で続けながら、彼女に優しく口付けを落とした。




