第二王子と次女2
「今度また連れてこいよ」
ひとしきり人を揶揄って気が済んだのか、こちらに向けて口にした団長の言葉に我に返って、ふと別邸近くの湖で取り交わした彼女との約束を思い出した。
「なら、彼女を訓練の見学に連れてきてもいいか」
二人は私の問いかけに予想していなかったのか目を丸くした後、同時に「は!?」と声を上げた。
その息が合った様子にさすが夫婦だなと感心する。
「ちょっとちょっと、どういう風の吹き回し?」
「いや、俺も適当に流されると思ってたんだが」
「自分のかっこいい姿見せたくなっちゃったのかしら」
「まあ普段気の利いたこともできてないだろうしな」
「確かに、たまにはいいところ見せないと振られるわよね」
小声で話す団長とエミリアのあまりの言いように湧き上がりそうになる魔力をなんとか抑えて、「ダメならいい」と口に出すと、「連れてこい!」「連れてきなさい!」と二人が息を合わせて声をあげ、サヨを呼ぶことになった。
次の日曜日、本部の前でサヨのことを待っていると、「ノア様」と彼女の声がした。
視線を向けると、大きなバスケットを抱えたサヨがパタパタと駆け寄ってきていて、その姿に思わず目を細める。
「ごめんなさい!少し遅れてしまって…」
「問題ない、行こう」
慌てて馬車から駆けてきたのか少し息が切れている彼女の手から荷物を受け取って、建物内に促した。
「随分大きいな」
バスケットに視線を落としながら言うと、彼女が「あ、えっとそれは…」とまで口にして何かに気づいたように言葉を切った。
隣から少しだけ私の背後に移動したサヨを不思議に思って、ふと周りに視線を向けると、すれ違う団員達が興味津々といった様子で彼女のことを見ていた。
そこで彼女が注目されていることに居た堪れなくなったのだと察して、「悪い…」と呟いた。
「あ、いえ、ノア様は副団長ですから」
訓練に参加する団員以外には彼女が来ることを伝えていなかったため、余計興味がそそられたのだろう。
それから彼女を背後に隠すように前に出て、訓練場まで少し足を速めた。
「おお、きたか」
訓練場に着くと、団長とエミリアが来ていて、既に団員が訓練を始めていた。
こちらを振り返った団長の体格の良さに一瞬目を見張ったサヨが慌てて令嬢らしく挨拶をする。
「初めまして、サヨ・エステートといいます」
「ああ、よろしく。団長のアルフレッド・ギルバートだ」
彼女がにこやかに笑った団長が差し出した手に恐る恐る触れて握手をした。
「まあそう固くならないでくれ、ノアのことは弟のように思ってるんだ。君に会えて嬉しいよ」
「は、はい」
緊張したように返事をしたサヨを見て、隣に立っていたエミリアが「アルの見た目が怖いのよ」と困ったように言った。
「エミリアさん、こんにちは」
「サヨちゃん久しぶりね、来てくれて嬉しいわ」
二人と挨拶を交わしたサヨが「あのこれ…」と言いながら、私が持つバスケットに被せてあった布をとった。
中には、ふっくらと焼けたマフィンやパンが積み重なってたくさん入っていた。
「お口に合うか分からないのですが、もしよかったら皆さんで…」
サヨの言葉にバスケットを覗き込んだ団長とエミリアが目を輝かせた。
「おい!差し入れもらったぞ!」と団長が団員たちに声をかけると、彼らが歓喜に沸き、エミリアが「ありがとう、訓練が終わったら頂きましょう」と微笑んだ。
あいつらにもサヨの手料理を食べさせるのか…とどうも釈然としない気持ちになったが、彼女の好意を無下にするわけにはいかない。
「気を遣わせて悪いな、ありがとう」
「いえ、喜んでもらえてよかったです」
ふわりと笑みを浮かべたサヨに「クッキーはないんだな」と何気なく口にすると、「……クッキーはノア様と作りたいから」と少し頬を染めて視線を下げた。
そんな彼女の様子にこれから訓練だというのに気が緩みそうになって、「そうか」と返事をしながらも彼女の方を見ないようにして自分を律した。
訓練を行うノア様と別れて、私は訓練場にあるベンチに座っていた。
隣には団長さんとエミリアさんが座っている。
「あの、エミリアさん、先日は失礼な態度をとってしまって」
「全然、謝る必要なんてないわ」
前回本部を訪れた時のことがずっと気になっていて、謝罪の言葉を続けようとしたが、私の言葉に被せるように声を出したエミリアさんが優しく微笑んだ。
「それより、ノアが戦うのを見るのは初めて?」
「はい、学園は被らなかったので」
「それじゃあなおさら楽しみね」
「あの、でも…ノア様一人に相手が三人なんて大丈夫でしょうか…」
場内の真ん中に目を向けると、ノア様と距離をとった三人の団員が立っている。
静かに開始の合図を待つ彼らの間には緊張感が漂っていた。
「一瞬よ」
エミリアさんの声と同時に「はじめ!」と開始の声がかかった。
剣を構えた三人の団員がざっと足を蹴ってノア様に向かっていく。
近づいてきた一人が剣を振ると、ノア様は小さく体をずらし、剣の柄で団員が持った剣を叩き落とした。
間髪入れずに次の一人が横から振った剣を打ち返した後、空いた腹部を蹴って吹き飛ばすと、その勢いで後ろから近づいてた最後の一人から振り下ろされた剣を下から弾き飛ばした。
あっという間の出来事に目を丸くしていると、乱れひとつないノア様が「次」と低く声を出した。
そんな彼の姿に私は思わず「すごい…」と小さく言葉を漏らしていた。
私の呟きに気づいた団長さんとエミリアさんが私越しに目を合わせてくすりと笑った。
それから数組の団員をノア様が相手にすると、次はフィンさんが一人で場内に出てきた。
「あれ」
フィンさんは一人なんだという疑問が口から溢れでると、エミリアさんがふっと笑って言った。
「魔法が見られるわよ」
「魔法?」
「そう、フィンもなかなかの実力者なの。ノアはフィン相手にだけ魔法を使った訓練をしてあげるのよ」
開始の合図がかかり、二人が同時に動き出した。
今まで自分からは一歩も近づかなかったノア様がフィンさんに向かって駆けていく。
それだけでフィンさんは他の人たちとは違うのだと分かった。
近づいた二人はしばらく目にも留まらぬ速さで剣を打ち合っていたが、ノア様が突然フィンさんから距離をとった。
次の瞬間、ノア様に向かって四方八方から石が飛んできた。
ノア様が顔色一つ変えずに剣で弾き落とすと、「バレてたかー」とフィンさんが笑ったことに、彼が魔法を使ったのだと気が付いた。
今度はノア様がそのお返しとばかりに、魔法で氷の破片を出すとそれをフィンさんに勢いよく向けた。
フィンさんはすかさず魔法でごうっと風を起こして竜巻を作ると氷の破片を弾き飛ばした。
すると、フィンさんが風で飛ばした破片が辺りに飛び散らばり、その一つがこちらに飛んできた。
近づいてくるそれに、私は咄嗟の出来事に魔法を使うこともできずに目をかたく瞑った。
しかし、少し待っても何の痛みもなくて、恐る恐る目を開けると、目の前の光景に言葉を失った。
目に映ったのは視界を覆い尽くす程の氷の壁で、少し顔を上げると5mは超えているようだった。
隣では組んだ足に頬杖をついたエミリアさんが「あらら」と呆れたように呟いた。
状況が理解できずに目をぱちくりさせていると、氷の壁の向こうからフィンさんの焦ったような声がした。
「……え!?嘘でしょ!ちょっと待って!今のノアさんも悪いじゃん!いや、ちょ、ストップストップ!」
「待ってよー!」という言葉を最後にぎゃーという彼の叫び声が聞こえて、余計にあたふたしていると、隣に座っていた団長さんが「訓練場に変なの作るなよなー」と呑気に言いながら氷の壁に手をつけた。
翳した手のひらが赤く染まると、次の瞬間には氷が溶けて水蒸気が上がる。
視界が開けると、眉を下げたノア様が「大丈夫か」と慌てたようにこちらに駆けてきていた。
「はい、大丈夫です」と安心させるように微笑みながら答えて、恐る恐る彼の背後に視線を向けると、団員がのびたフィンさんを囲って手を合わせていた。
友人と「果たして騎士は訓練に本物の剣を使うのか議論」をして、木剣だと格好つかないため、訓練用の剣は刃が潰れている設定にしようという結論に落ち着きました。




