第二王子と次女1
「あー俺も会いたかったなー」
「……」
目の前にある立派なデスクに腰掛けた、肩まである毛先が金に染まった髪を後ろに梳き上げた体格の良い男が大げさに肩を竦めた。
「おい、なんで俺を呼ばなかった」
「……なぜ団長を呼ぶ必要がある」
魔物の討伐から本部に戻り、その報告に団長の執務室を訪れていた。
自ら北方の遠征に出向いていた団長が帰ってくるのとほとんど入れ替わりで休暇を取得したため、彼とゆっくり顔を合わせるのは随分久しい。
「日頃の行いよ、私の元にはすぐ知らせが入ったもの」
足を組んでデスクに浅く腰掛けたエミリアが後ろ向きに団長を見下ろしながら得意げに声をあげた。
「知らせが入ったなら俺にも知らせろよ」
「嫌よ、そんなことしてたら、私まで出遅れちゃうじゃない」
「おいおい、疲れた体に鞭打って、ノアの休暇を許してやった俺が救われないだろう」
団長が小さくため息をついて、呆れたように眉を下げた。
「ノア、サヨちゃんのこと相当大切にしてたわよ!だって中庭で」
「エミリア」
目を輝かせて話し出した彼女が何を言おうとしてるのか分かって、エミリアに視線を向けながら咎めるように言葉を被せた。
「ああ、寝込み襲ってたやつな」
団長の言葉に、なぜ知っている……と心の中で呟くと、その呟きに応えるように「言わないわけないじゃない」とエミリアが悪びれもなく言った。
遠征から戻ってすぐに私が休暇を求めたことについて散々文句を言われた後、休暇前にサヨが騎士団を訪れた時のことを蒸し返されていた。
なぜ自分の婚約者がきたことがエミリアの耳に入るようになっているのか怪訝に思いながらも、確かに休むタイミングは悪かったと居心地悪く感じる。
「すまなかった」と何度目か分からない謝罪の言葉を口に出した。
「良いじゃない、ノアが自分から休暇を求めるなんて少し前じゃ考えられないわよ」
「確かにな」
団長が頬杖をつきながら同調すると、エミリアが思い出したように話し出した。
「そういえば、あの前の土曜日のこともびっくりしたわよね、急に休みが欲しいだなんて言い出して」
「あれ面白かったなー、フィンが青ざめた顔で泣きついてきたからな」
「……」
私はサヨから教会で行われるバザーへの誘いを受けた時、その日は休みだと咄嗟に嘘をついていた。
あの日は仕事で騎士団への寄付金の話でそこそこ力を持った領主が本部を訪れることになっていた。
もちろん支障が出ないように調整したが、私が団長に報告するより早く、フィンがかつてない事態に驚いて、団長の袖に縋りに行ったのだ。
彼女からの誘いに、私は騎士団に入団してから初めて仕事より私的な予定を優先した。
私とサヨは幼い頃から婚約者だったが、最近になるまで婚約者らしいことは何一つしてこなかった。
昔は兄弟と一緒に遊んでいたが、互いにある程度自我が芽生えてくると、彼女とは社交の場で会うだけの立場上の関係になっていた。
別に嫌っていたわけではない。
ただ、あくまでも彼女は私の「婚約者」で、文字以上の想いはなく、王族として居て当然の存在だと思っていた。
自分から距離を縮めようと声をかけることはなかったし、彼女もそれは同じなのか必要以上に近づいてくることはなかった。
そもそも私はサヨに限らず、女性と関わるのがあまり得意ではなかった。
女性に対する苦手意識は学園に入ってから、尚更顕著になったように思う。
第二王子という肩書きは魅力的なようで、婚約者がいると公言しているにも関わらず、話したこともない女性から言い寄られることが多々あった。
私とサヨの様子にお飾りだと思われていたのかもしれない。
もちろん毎回断りを入れるのだが、相手が権力のある貴族の令嬢だったりすると、取り巻き数人でさも私が悪いように目の敵にされた。
私の立場上、直接何かをする者はいなかったが、そんな彼女たちを見て、大抵の女性は感情的で煩わしく、理解ができない存在だと思っていた。
騎士団に入団して社交の場からも足が遠のくと、サヨに会う機会は年に数回程度になった。
たまに顔を合わせても二人とも教育を受けた通りに受け答えをし、感情のないロボットのようにその場をこなしていた。
二人の間には必要な会話しかなかったが、一緒にいて不快ではなかったし、彼女との関係はそのままずっと続いていくものだと思っていた。
あの日、彼女と教会で会うまでは。
その日は騎士団の派遣先で保護した孤児の擁護を依頼するために教会を訪れていた。
その子に付いてシスターから宿舎の説明を受けている時、中庭にたまたま教会を訪れていた彼女の後ろ姿を見つけた。
教会で保護されている子たちと中庭に咲いた花を摘んで遊んでいるようだった。
何気なく視線を向けていると、後ろから近づいた小さな女の子に呼びかけられたのか、彼女が振り返って目線を合わせるように屈んだ。
私は彼女の表情を見て、目を見張った。
女の子から白い花で編み込まれた花冠をふわりと頭に乗せられている彼女が見たことがない程、穏やかで優しい笑みを浮かべていたからだ。
初めて見る彼女のその表情からは時が止まったように目が離せなかった。
固まったまま外を眺める私を不思議に思ったシスターの呼びかけに我に返り、しばらくしてから視線を外した。
その日から教会で見た光景が忘れられなかった。
幼い時から彼女とは幾度となく顔を合わせてきたが、社交の場での彼女は第二王子の婚約者として完璧な笑みを浮かべながらも、どこか影のある表情をしていた。
偶然にもその後すぐ王族主催の催しで顔を合わせる機会があったが、私に向けられる表情は私が知るいつもの彼女だった。
彼女にとって私は他の参加者と変わらないのだと、今まで彼女のために何もしてこなかったのだから当然のことなのに、胸が痛むのを感じた。
気づくと、あの時見せた表情を自分にも向けてくれないだろうかと考えるようになっていた。
それから婚約者という肩書きを理由にして、彼女と週に一回の会食の場を作ってもらうように依頼した。
ただ、やはり食事を共にしても、彼女は笑みを受かべながらも居心地が悪そうに身を縮めていた。
そんな彼女の様子に気の利いたことが言えない自分にどうしたものかと思い悩んでいたその時に、バザーの誘いを受けたので、思わず嘘が口を突いて出ていた。




