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妖精のことがら  作者: 岡池 銀
第三章
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第四章「目を覚ますと真っ暗でした」その二

前回の投稿分に繋げるつもりでしたが、投稿時に完成していなかった事と、割と長くなったので分けました。

「何? さっきからチラチラとこっちを見て。ちゃんと前見てないと危ないわよ?」

「う、うん」

 初めて二人乗りをしてわかった事がある。いや、この言い方だと語弊を生むか。正確には、二人乗りについてではなくて、後ろに乗せたアカネについてだ。

 まず、わかりきっていた事だが冷たい。昨日のお風呂上がりの時もそうだったし、これは予想できた。まさか、冬物のコートを貫通して、身体の内側までひんやりするとまでは思わなかったが。

 まあでも、想像できただけに驚きも小さい。

 僕が一番驚いたのはアカネが想像よりも軽かった事だ。いや、これでは表現が弱い。軽過ぎる。こう表現してなお、アカネの軽さを言い表すには弱いくらいだ。

 人は、身長や体格を見ればなんとなく体重の予想が付き、どれだけ着痩せ、着膨れしたとしても、大きくその予想を外れる事は無いものと思われる。外れたとしても、せいぜい十キログラム以内の誤差で済むだろう。

 では、今後ろに乗せているアカネはどうか。僕の見立てでは三十キログラムから四十キログラムぐらいだが、実際の感覚はハズレもハズレ大ハズレ。何かを乗せている感覚すらない。

 虚無。空気。そういった感覚。

 触られている感覚、冷たい感覚はあるのに重さだけがない。

 二人乗りをしているはずなのに、ハンドルの切りやすさやペダルの重さは何も変わらない。

 何も知らない人からすれば心霊現象。

 アカネだと知らなければ、僕は妖精の悪戯だと思っただろう。

 そのおかげで、初めての二人乗りのための、未経験が故の不安や恐怖は何一つない。

 その代わりに、走っている途中でアカネが居なくなってしまうのではないか、という不安が僕の心をじわじわと満たしていく。

 その不安を払拭すべく、僕が出した解決策が、後ろを何度も確認する事であった。

 しかし、その結果が……

「紅太、ブレーキ!」

 アカネが叫ぶ。

 前方の交差点から現れる人影。

 アカネの注意喚起もあってか、耳に痛い高音を出しながらも、出てくる人影にぶつかる事なく停止する事ができた。

「ったく、危ねぇじゃねえか! ちゃんと前見て漕ぎやがれ!」

「す、すみませんでした! 怪我とかしていませんか⁉︎」

 すぐに自転車を下りて両足のスタンドを下ろし、頭を下げる。

 相手は体格の大きな男性のようだ。先程の怒号も相まって強烈な威圧感を放っている。

「ってこの声、紅太君か?」

 思いがけない相手から、自分の名前が呼ばれた事に驚きつつも、恐る恐る顔を上げ、直立姿勢まで戻すと、見知った顔が僕を見下ろしていた。

「環のおじさん⁉︎ なんでこんなところに?」

「いや、俺はジョギングしてるだけだけど……って、なんではこっちの台詞だ! なんでこんな時間に出歩いてるんだ。っていうかなんだその格好?」

 一つ質問に答えて、二つ質問が返ってきた。が、このまま僕が質問を続けて有耶無耶にし、見逃してもらえたらこちらとしては大変楽だが。

「ジョギング? この時間に?」

 薄ぼんやりと明るくなってきた頃に家を出て、走っている最中に朝焼けを見る。みたいなイメージが僕にはある。

「ああ、朝は忙しくてな、この時間の方が都合が良いんだ。って、だからなんで俺が話してんだよ。紅太君、君だ、君。君が訳を話せ」

 しかし、事故になりかけた相手が知人であった事は、不幸中の幸いであると同時に面倒でもあった。

 僕の、家を出る前の想定では、最悪、知人に会ったとしてもすれ違って顔を見られる程度だと考えていた。

 しかし、この想定が甘かった事は、今見てわかる通りで、実際は知ってるおじさんとバッチリご対面である。

 このままのらりくらりと質問を躱し続ける事にもいずれ無理がくるだろうし観念して説明しようと思うが……さて、どう説明したものか。

 ……誤魔化したり嘘をついても仕方がないし、正直に言うか。信じるか信じないかはおじさん次第だ。

「あのね、信じてもらえないかもしれないけど、僕は今から妖精に会いに、潮浜(うしおはま)まで行くんだ」

「はぁ? 妖精なんかいるわけがないだろ」

 先程の迫力はどこへやら、冗談を言っているのだろうと呆れた様子だ。

「おじさん、僕はいつも言ってきたよ。妖精はいるって、僕はこの目で見たんだって。信じてくれないの?」

 対して僕は至って真剣。小さい頃に確かに見ているし、なんなら今だって後方にアカネがいてる。少し後ろ見れば困った様子で右往左往しているのが見て取れる。

「いや、見たって言ってもガキん頃だろ? 見間違いとか夢に出てきたとかそういう事じゃないのか?」

 しかし、見た事も感じた事もないなら信じられないのも無理はない。ようは、見えないものでも存在すると、おじさんに思わせたらいいわけだ。

 アカネにちょっと手伝ってもらおうか。

「おじさん、ちょっとだけ待ってもらっていい?」

「待つって何をだ? あ、もしかしてそのまま逃げる気じゃないだろうな?」

 怪訝な表情で尋ねてくる。

「そんな事しないよ。おじさんに妖精の事をわかってもらう為の作戦を立てるんだ」

 作戦を立てると言ったが、何をするかは決まっている。既に作戦ができているので作戦を立てるのとは違うが、言葉の綾というやつだ。


 アカネに近寄り小声で説明する。説明前では曇りがかったような暗い表情だったが、説明が終わる頃には雲が晴れたような明るい表情になっていた。

 他人(ひと)が叱られていると、なんとなく自分も叱られている気分になって不安になる。そのくせ自分は蚊帳の外なものだから、どうする事もできなくてさらに不安になる。僕も覚えがあるからその気持ちはよくわかる。こういうところは似ているのかも?

「……って事で、合図をしたらよろしくね」

「任せてっ、これ以上ないってくらい完璧にしてみせるから」

 気合十分、先程とは打って変わって目に見えて張り切っている。

「う、うん。でもそんなに頑張るようなものでもないから、肩の力を抜いて気楽にね」

 アカネの張り切り具合が若干心配だが、何とかなるだろう。

「さあ、おじさん。こっちの準備はできたよ」

 改めておじさんの顔を見ると、怪訝だった表情が一層険しくなっている。先程の説明は、傍から見ると僕一人が小声で喋っているだけなのだ。無理もない。

「それで? どんな作戦を見せてくれるんだ?」

「まあ見ててよ」

 コホン、と咳払いを一つ。

「今から僕の乗ってきた自転車が動きます。タネも仕掛けもあるけれど、タネを仕込むのも仕掛けを動かすのも僕じゃありません」

 こういう言い方をしてるとステージの上の手品師にでもなった気分になるな。

「そうかいそうかい、御託はいいからさっさと始めてくれ。君を(うち)に帰して、ひとっ風呂浴びて寝たいんだ」

 欠伸を噛み殺しながら目には薄っすらと涙を浮かべている。まだ日は変わっていないだろうけど、夜遅いし眠いのは当然だ。

 おじさんが油断している今なら逃げられそうな気がしないでもないが、すぐに捕まって担がれながら家に届けられそうだ。

 おじさんを納得させて見逃してもらう為にも手早く済ませてしまおう。

「それじゃお願い」

 アカネは注目されている事に緊張しながらも、紅太の言った通りに動いていく。


(まずはスタンドを上げる、と)


 スタンドのロックを蹴り、自転車を前に動かす。スタンドはバネの力で勢いよく上がり、終着点で一〜二回跳ねてから地面と水平になる。


(次はしばらく動かさずに固定)


 支えがなくなったように見える自転車は倒れる事なく直立している。


(次に自転車を押して紅太と環のおじさんを囲うように一週する。勢いで驚かせたい訳ではないから、あくまでもゆっくりと)


 少々フラつきながらも、真っ直ぐ紅太の手前まで近づき静止する。

 ハンドルは進行方向から見て右に動き、そのまま進む。紅太を横切り、環のおじさんを横切って、通り過ぎたら今度は左にハンドルを切る。

 おじさんの背後を通って右側に行き、ハンドルを戻しながら真っ直ぐ進む。紅太の横を過ぎると、始めの位置に戻す為に大回りをしながら動き、やがて静止する。

 スタンドを下ろして倒れないようにすると、これでアカネが自転車を動かす前の状態に戻った。


 よし、アカネはうまくやりきった。心なしか、その表情も満足げだ。

 アカネを見守っている時はドキドキハラハラしたが、これは自分の子供の劇を観ている、親の心情に近しいものがあるのではないかと思う。

「おじさんっ、これで信じてくれるよね⁉︎」

 新たな発見とその余韻に興奮しながら、環のおじさんの様子を伺う。

「お……お、おう。わかった、わかったからな、もう帰らせてくれ、な?」

 明らかに動揺しているみたいだ。大抵の人にとっては妖精は未知のもの。多少驚くのも無理はないと思うが、それでも驚き過ぎではないだろうか。

「ねえ、本当にわかった? ちゃんと信じてくれる?」

 一応言質は取っておかないとね。

「ああ、わかった、信じる。信じるから! もういいだろ?」

 僕と視線が合っていない。僕じゃなくて僕の後ろを見ているみたいだ。自転車? それとも、まさかとは思うがアカネを見ているのか?

 いや、流石にこの短時間で見えるようにはならないんじゃないか? よくは知らないけど。

「ともかく、誰にも言わないでね? それじゃあ、次会う時はお店でね〜」

 おじさんに手を振って自転車に乗り、アカネを後ろに乗せる。いざ漕ぎ出そうとするがおじさんに呼び止められた。

「紅太君、一個だけ聞かせてくれ」

「何? 納得がいってないんだったらいくつでも質問してくれていいんだけど……?」

 警察とか母さんに言われると怒られそうだから、質問がなくなるまで徹底抗戦するつもりだ。

「いや、次の一個でお腹いっぱいだ」

 僕と目を合わせずに見開いていたおじさんは何処へやら、僕を真っ直ぐ見据えて話を続ける。

「妖精に会うって言ってたけどな、本当にこの時間じゃないとダメなのか? もうそろそろ日も変わるし、明るくなってから出直すんじゃダメなのか?」

 叱るでも、茶化すでも、驚くでもない、今日初めて見せる真剣な眼差し。知人の子供でも、本気で心配しているのだろう。その心配は、ともすればただのお節介ともとれるが、そのお節介が少し心地良くて、頬が少々緩んでしまう。

 だけど。緩んだ頬を引き締めて、おじさんに向けて言葉を返す。

「うん、今この時間じゃないとダメ。なんたって……」

 一つ、息を吐き、少し吸う。

「この時間が一番都合が良いからね!」

 ニカッと笑ってから、自転車を走らせていった。



「都合が良い、ね。まったく生意気なこった」


 走る紅太の背中を見送りながら呟く。呆気にとられて、気の抜けた笑いまで(こぼ)れてくる。


「帰る……って言ってもなぁ、何してるか見るまでは帰れんよな」


 一応あいつに連絡しておくか。


『寄り道してくるから遅れる』


 っと。


「あれ、もう充電十パーか。万歩計しか使ってないはずだが……もうそろそろ替え時かね?」


 充電の消費を抑える為に機内モードにする。そして、紅太の事と今後の出費の事を半々に考えながら走り出すのであった。




 潮浜までの道中、僕は自転車を漕ぎながら考え事をしていた。何故おじさんはあそこまで驚いたのだろうと。そして気付いた。

 僕にはアカネが動かしているのが見えたからなんでもなかったし微笑ましくも思えたけれど、見えない人からすれば自転車が(ひと)りでに動き出す心霊現象だ。

 これに気付いた僕だったが、後ろで満足そうにニコニコしているアカネには知らせまいと、口には出さず、心の内に秘める事に決めたのであった。

お疲れ様でした。


次は別の妖精が出ます(希望的観測)。


励みになりますので、レビューや感想、評価ポイントを付ける等して頂けると幸いです。

「妖精のことがら」を今後ともよろしくお願い致します。

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