第五章 「潮浜の戦い」 その一
読者の方には大変長らくお待たせしました。
潮浜。
潮市南部にある埋立地。浜と本土を繋ぐ大きな橋を渡ると、そこにはドラマで一度は見たような、真っ白な壁の一軒家が建ち並び、さらに南へ進むと砂浜があり、海が広がっている。昔は観光地として賑わったようだが、今では地元民ですら、足を運ばなくなっているように思う。
かく言う僕も、潮浜へは小学生の頃に校外活動の清掃で行ったきりだ。不法投棄されたり、流されてきたうんざりするほどの大量のゴミの記憶が、足を運ぼうという気を失せさせる。特に用事がなかったという事もあり、およそ六年ぶりの潮浜である。
「潮浜って久しぶりに来るなー。アカネはどう?」
「私も久しぶりだけど、それがどうしたの?」
自転車を走らせながら、視線を合わせることなく、言葉を交わす。
「実はね、潮浜にあんまり良い印象がなくてさ、ゴミとかいっぱい落ちててね、拾っても拾っても終わらなくて大変だったってことくらいしか記憶にないから、小学生の頃に来たきりで全然来てなかったんだよね」
って、何でこんなことを長々と話してるんだ。こんなことを言われたって反応に困るだけだろうに。
「本当? 本当に嫌なことしか覚えてないの?」
あれ、この反応は予想外だな。いや、特に何か予想していたわけでも、期待していたわけでもないのだが。それでもこの反応には驚いた。だって、この聞き方では、嫌なこと以外もあったのに僕が忘れていて、なおかつ、それをアカネが知っているみたいではないか。
「うーん……あんまり覚えてないかな……もしかして」
「見えてきたわ……って何か言いかけた?」
もしかして、アカネは僕が何を忘れてるのか知ってるの?
そう聞きたかったのだが、遮られてしまった。
「……ううん、なんでもない」
また明日にでも聞けばいいや。
暗い暗い夜闇の中、街灯と月明かりで、ぼんやりと照らされた浜辺が見える。今晩の目的地、潮浜の砂浜だ。
「今更なんだけど、ここにいるのかな?」
「そんなのわかるわけないでしょ? 私が感知できるのは半径二メートルよ?」
それはそうだ。はなから、この潮浜に妖精がいる確証はない。水が多いこの場所に妖精がいる確率が高いというだけの話だ。いなければ帰って別の日に出直すなり川や山に行くなり色々できる。そもそも時間制限などないのだから焦る必要はない……のか?
いや、だとしても、昼間に感じた空気が肌に張り付くような違和感の正体は早く確認したい。
……よし。
「浜辺をグルッと見てまわって、いなかったら帰ろっか」
そう、下を向いて考えていたって仕方がない。とりあえず前を向いて行動してみよう。
「張り切ってるところ悪いんだけど、もう見つけたわ」
拍子抜けするほどあっさり見つかったな。
「本当? 読みが当たったね。それでどこにいるの?」
少々興奮しながらまくし立てる。
「ほら、すぐそこ」
そう言ってアカネが指差したのはまっすぐ前。道路から浜辺に降りる階段の先。人影が二つある。横に並んで海を見ているようだ。
今なら気づかれていない……のだろうか。気づかれてないのなら奇襲か逃走、どちらでも選べる。が、ここまで来て逃げる選択肢はないだろう。
「さ、行くよ紅太」
「へ?」
いつの間にやら降りていたアカネは、ゆっくりとではあるが前に進み、階段を下りていた。
「ねぇ、待ってよ! 気づかれちゃうよ⁉︎」
「今から戦うのに隠れてどうするのよ?」
「そ、それはそうかもしれないけどさ……でも!」
もう少しやりようはあるんじゃないか。具体的にと言われればすぐには出ないが、少し時間をくれれば一つや二つくらいアイデアが……ってもう階段降りきって砂浜まで来ちゃったよ。
んん……まいっか!
ここまで来たしなるようになるさ!
せっかく妖精と会えるんだし楽しんでいこう!
「あ、そうだ。始まる前にちゃんと言っておかなきゃ」
「え、何を?」
階段を降りきって、視線だけをこちらに向けて話しだす。
「絶対に手出ししないことと、危なくなったらすぐに逃げること」
歩みを止め、こちらに微笑んでさらに続ける。
「ちゃんと言うこと、聞いてよね」
そう言い終わると、前へと向き直り返事を待たずに進み出す。表情は強張り、冷たかった空気は一層冷え込む。これから戦う敵を真っ直ぐに見据えて進んでいく。
まくし立てられたわけでもないのに、呆気にとられて返事をすることもできなかった。
「……はっ、待ってよ」
少々バランスを崩しそうになりながら階段を駆け下り、少しだけ辺りを見回した。
ここはこんなに綺麗な所だったろうか。ペットボトルやビニール袋なんかの人工物は目に付かず、波打ち際に流木や海藻がある程度で、それ以外は白い砂浜が見えるだけだった。市長が変わって清掃活動はなくなったって聞いてたんだけどボランティアの人がやってくれたのかな。っていけない、早くアカネに追いつこう。
「……やっぱり」
一歩、二歩とアカネの背を追って進むほどに、あちらにいる妖精とその契約者と思しき人物に近づくほどに強くなる感覚。
冷えからくるものではない、背筋を走る寒気。鳥肌が立ち、冷や汗も流れる。この違和感は、昼間に感じたそれによく似ている。嫌な予感が当たるかもしれない。
この違和感の正体がすぐ目の前まで迫っている。どういう答えであれ、覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
「こんばんは、妖精さん。ようやくいらしたのね」
こちらが話しかける前に、右にいた人影はブレることなく直立したまま振り向いて話し出した。
「おや、案外早かったですね」
つられるように隣の人影もこちらを向いた。先の人とは違い、しなやかに、流れるように。
人影は、小柄な少女の妖精と長身な人間の男性であった。
この二人を大雑把に言い表すのであれば、貴族のお嬢様とその執事だ。妖精は水色のロングドレスにボンネット、男性は黒のスーツ姿で首にはネクタイではなくリボンタイ、そして二人とも両手に白の手袋をしている。個人的には、イメージ通り貴族といった感じで、二人ともよく似合っているのだが……が、しかしここは日本。どうしても物珍しさは拭えない。
そんな僕の様子に気づいたのか、妖精は眉をしかめて言葉を発する。
「そんなに私達の格好がおかしいかしら、コートの方?」
そう言われてはたと気づく。
じろじろと物珍しそうに見られていい気分はしないな、ということはもちろんだが、それよりも、珍しい格好ということなら、僕達も似たようなものなのだと。雑に言うなら時代錯誤と季節外れ。こんなのに服装が変だと思われたら、おかしいのはそっちもだろうと思って不快になるに違いない。多少飛躍しすぎた気もするが眉をしかめているならそう間違っているわけでもないだろう。ちゃんと謝ろう。
「正直珍しい格好だなって思いました。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
「頭をお上げになって? 慣れてるもの、気にしていないわ」
顔を上げ、頭を上げると、妖精の表情にしかめ面はなく、むしろこちらに微笑んでいる。許してもらえたみたいだ。
「許してもらえたなら良かった」
「ええ、でも、もしよければ聞かせてくださらない? 貴方がこの時期にコートを着ている理由」
これを教えてしまうとアカネの力が知られて不利になるかもしれない。となれば僕が取るべきは一つ。バレないようにする、だ。
「僕寒がりなんだ。今くらいでもコート着ておかないと凍えちゃうんだよ」
よし、完璧。これなら完全に誤魔化せただろう。
「そこの妖精の仕業、かしら?」
なんでバレたの⁉︎ い、いや落ち着け。冷静を装え。完璧だったはずなんだバレるわけがない。はっ、もしや!
「心を読めるの⁉︎」
そうかそういうことなら納得だ。それなら隠し事もできない。かなりの強敵になりそうだ。
「いえ、読めませんけど。ただ貴方があまりにも妖精の方を見るものだから、そうなのだろうと思って」
清や母さんには効いた僕のポーカーフェイスが見破られるなんて。
「アカネ……ごめんね」
僕が話してる間に、一触即発の空気も冷えも緩んだアカネに謝る。
「大丈夫よ、私のせいで寒いって知られたくらいじゃ負けないわ」
まったく頼もしい限りだ。
もし、次に僕がうっかり口を滑らせてもなんとかしてくれるだろう。
「ただあまり喋らない方がいいと思うわ。多分墓穴を掘るだけよ」
これからは気をつけて話すようにしようね、僕!
「わかりやすい方は好きよ。何一つわからない人よりもずっと」
そういうと妖精は口元を抑えて静かに笑っている。もしかして清も母さんも騙されたフリをしていたのか……?
と、ともかく話すらできずに死んでしまう、なんてことはなくなって良かった。
「さて、私達、折角こうして出会ったのですから、自己紹介でもしましょうか」
妖精は澄んだ声で名乗り始めた。
「私は水の妖精、アイ。こっちは私の世話役で契約者の青也。お見知り置きを」
そう言い終えると、手を前で重ねてお辞儀をした。隣の青也さんも一緒にお辞儀をしている。
しかし、この青也さん。目が細いことといい目尻の黒子といい、今日ぶつかりかけた人にそっくり、いやその人ではないか?
「あの、青也さんって今日の昼頃に人にぶつかりそうになりませんでしたか?」
「ええ、確かにぶつかりそうになりましたが……貴方でしたか。服装が違うので確証が持てませんでした。授業には間に合いましたか?」
「いえ、遅刻しました」
って何の話をしているんだろうか。
一先ずこちらも自己紹介をしよう。
「こほん、秋野紅太っていいます。アカネの契約者です」
「月の妖精、アカネ」
初めて話す相手で緊張しているのか、ぶっきらぼうに言うアカネ。こんなアカネは初めて見るな。といっても、まだ出会って二日目だけど。
アカネの態度に少しの引っかかりを覚えつつも、心の内から湧き上がる高揚感を抑えきれずにいた。なにせ、これから戦争が始まるなんて忘れかけるほどに和やかに話せているのだから。このまま話していけば、もしかしたら戦わずに済むかもしれない。なんなら友達になって遊ぶこともできるかもしれない。考えれば考えるほどに期待で胸が満たされる。ワクワクが止まらなくなる。
……が、そうはならなかった。
甘い理想を壊すように、爆音が鳴り、アイ達がいる辺りで水の柱が高く上がる。
お疲れ様でした。
本編で書けなかったのでアイの髪型だけ書いておきます。
腰まである青い髪を三つ編みにして一つに束ね、左肩から前に掛けている。
まっすぐ前髪は切りそろえられている
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「妖精のことがら」を今後ともよろしくお願い致します。




