第三章「そして夜が明ける」その六
今回はアカネパートです。
これは紅太が学校に行っている頃の事。
秋野宅のベランダにいるアカネは、暇を持て余していた。
紅太は出かける前に言ってくれた。
お腹が空いたら冷蔵庫には白ご飯とお漬物がある。
眠たくなったら使っていないお布団があるからそれを使ってもいい。
トイレに行きたくなったら自由に行っていい。
暇になったらテレビをつけてもいいし、本棚に本があるからそれを読んでもいい。
急いでいたから早口ではあったが、そんな事を言っていた。
そんなに気を遣わなくてもいいのにと思うが、嬉しくないと言えば嘘になる。
しかし、私にとっては無用な気遣いである事も確かだ。
妖精の身体になって、いや、もっと正確に言えば戦争の参加者、上位の妖精になってからわかった事なのだが、この身体には欲が無い。
妖精になる前も、物を欲しがったりするような人間ではなかったが、生きるのに最低限必要な基本的な欲求は湧いた。
でも、今はそれがない。
お腹が空かないのは大気中から常に魔力を取り入れているからだろうか。呼吸か点滴の要領で魔力を補給できる為、お腹を空かせる必要がないのかもしれない。
眠気がないのはわからない。一応、目を瞑って体を横にすれば魔力の消費は抑えられるが、意識がなくなる事はないので、睡眠と言えるかは微妙なところだろう。自分で意識を切る事も出来るが、二分と経たずに目を覚ましてしまう。
トイレは……食べてないし必要ないだろう。今も魔力を取り入れているが、無限に溜められるわけでもない。魔力の余剰分は冷気として発散される。
……変な想像をしてしまいそうになったが、汗だと思う事で踏みとどまった。
テレビは、自分の為に電気代が高くなるのも申し訳ないので観ない事にした。
後は本だが、読んだ事があるものばかりで目新しい本がなかった為、数ページ読んでやめた。何度も読んだ本で先の展開が全てわかってしまう。
本を読む事は好きだ。新しい事、知らない事を知るのはとても楽しい。
児童書、小説、漫画、図鑑。和訳された洋書も少し読んだ。
図書館でも読んだし、学校の図書室でも読んだ。
少ないお小遣いは本代となる。
それくらい本は好きだったのだが、勉強に活かせたと感じる事はほとんどなかった。せいぜい国語と読書感想文が得意だったくらいだ。
教科書に載っていた話はそこそこ面白かったし、本を読む為に漢字はたくさん調べた。
本を読んでも、それを共有できなかったので、溜まった鬱憤を晴らすように書き出せば簡単に書き切れた。何度目かの読書感想文で賞を取った事もあったが、それも一回だけで他は全て落選した。字数が多すぎる事が理由らしい。
なんとかしてこの読書好きを活かそうと、一度だけ参考書を読んだ事もあったが、だめだった。興味がない、楽しくない、面白くないというだけで文字を読むのがここまで苦痛になるとは思いもしなかった。
だからと言って、勉強ができなかったかと言われればそうではない。体育や美術等、自習のしようがないもの以外はそこそこ良かった。もちろん、体育だって悪い方ではない。
幼い頃に習っていた体操のおかげか、運動神経自体は悪くなかった。が、運動不足からくる体力と筋力の不足のせいで成績は伸びなかった。
幼い頃に習っていた、というだけではこんなものだろう。ただ、全くの無駄にもならなかったのは、毎日の習慣になっていた柔軟運動が理由だ。
マット運動の時だけ成績が良いものだから、他で手を抜いているのかと言われたくらい落差が激しかった。
そんな習慣は今になっても続いている。昨晩も、今朝もした。
魔力でできたこの身体に、どれほどの効果があるのかはわからない。全くの無駄なのかもしれない。
しかし、毎日続けていたんだ。しない方が気持ちが悪い。
先程、欲が無いと言ったがそれは生理的な欲求が湧かないだけで、他の欲求はある。
知りたい、買いたい、話したい。そんな他愛の無いもの。ほんの少し解消するだけで消えてしまう。そんな欲求。
いや、こうやって他愛の無い欲求で頭を満たさないと、自分が自分でいられなくなりそうなのだ。
頭の中の全部を塗り潰してしまうような衝動。
自分自身の願いを叶える為の欲求。
戦う事、力を振るう事、壊す事。
自分では認めたくない負の欲求。
今は別の事を考えたりして紛らわしているが、妖精を前にして自分を保っていられるかはわからない。
紅太は一緒に戦うと言ってくれたのに、私がこんなではだめだな。情けなくて堪らない。
私が前に立つんだ。後ろめたさを抱えていては紅太が不安になる。
この衝動に塗り潰されたとしてもこの戦争を勝ち抜く。このくらい吹っ切れた方がいい。きっとこの方がいい。
……でも、衝動のままに戦う姿なんて、他の誰に見られたとしても、紅太にだけは見られたくないな。
お疲れ様でした。
今回は少々話が重いですが、次はそうでも無い予定です。
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「妖精のことがら」を今後ともよろしくお願い致します。




