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かつてランディア王国が生まれて間もない頃、王国は一介の小国に過ぎなかった。
内陸に位置し、海の恵みも山の恵みもなく、激しい日照りの毎日だった。
食べ物はなく、水もない。
食事は一日一食。体を拭けるのは数日に一日。
民も貴族も疲弊し、国の崩壊が目前にくるまでにそう時間はかからなかった。
それでも王国が他国からの侵害されなかったのは、国のその貧しさ故。
属国にしたところで、利益にはならない。そう判断され、放置されていた。
そんな死にかけの国に、一人の女が現れた。
女は自らを魔導師と名乗り、どのようにしてか国の重鎮に取り入り、王との謁見を果たした。
女は言った。
『私の秘術をもってこの国を繁栄させてみせましょう』
王は疑惑の視線を向けた。
『そんなことできるはずがない。余を謀る気でいるのか』
当然の反応だった。
どんなに努力しようが、与えられた土地がすでに死んでいるも等しいこの国では、人間の力によってどうこうならない。
あるとしたら、大自然の力。
もしくは、人外なる力。
しかし、女は笑ってみせた。
『私にそんな気は欠片もございません。私は真にこの国を憂いでいるのです。そおして、私の魔導の力をもってすれば、多少の対価はいただきますが、国の繁栄はお約束いたします』
王は冷ややかな目で女に言った。
証拠を見せよ、と。
女の力を信じるに値する証拠を。
女は二つ返事で杖を取り出した。
女の纏う空気が変わった。
『―――――――――――――――』
その口からは異国の言葉が紡がれた。
言葉が発せられるにつれ、地震のような揺れが起きた。
王にも近衛兵にも緊張が走った。
そして、やってのけた。
『な、なんだと……! 何もない中空から水が生まれただと!?』
女は王に魔導を見せつけた。
王の瞳にもう冷たさはない。
驚愕に目を見開いている。
そしてぎらつかせた。
獲物を見る狩人の目だ。
『うむ、お主の魔導、しかとこの目に焼き付けた。して、お主はこの国に何をどのように与える?』
王の信頼は簡単に得られた。
元々、肉体的にも身体的にも崩れる寸前の王だ。
そんな王に希望の光が自らやって来たのだ。
逃さまいとするのは、追い詰められた王にとっては当然のことかもしれない。
勝った。
女は確信した。
もう王は私の手の中にある。
『私の力をもってすれば、国は未来永劫繁栄いたします』
その言葉に王は驚嘆した。
ただし、と女は言った。
『王族全てを贄とします』
『――――どういうことだ』
王の言葉には明確な怒気が含まれていた。
この場合むしろ怒鳴り散らしたり、下手な動揺を見せるよりは、王らしかったともいえよう。
『私の魔導の最終地点〈聖宮〉には、一定の土地を守護します。土地そのものに栄養を送ると言うことも可能であります。しかし、その一定というのは贄となった者の持つ土地。つまり王を贄とすることで、聖宮は王国全土を守ります』
『つまるところ、余に死ねと申すか』
『ええ、そうなります』
女は全く動じなかった。
王も女が予想する何倍も反応が薄かった。
『幾つか疑問がある』
『お答えしましょう』
『第一に、なぜ王族全員なのだ』
『聖宮が守護する土地に、第二、第三位的な所有者入らないのです』
『どういうことだ?』
『つまり、王が死んだらその土地は次の王位継承者のもの。その概念が聖宮の邪魔をするのです。聖宮が、贄となる者の土地を、判断するのに妨害となります。そして何より、贄が多い方が聖宮の効力を発揮るからです』
王は訝しげな表情をして、
『……第二に、土地と言うものはその時々で大なり小なり変動を起こす。それにも関わらず、国を守れるのか?』
『聖宮の力は概念的でもあります。聖宮が、守護する土地の判断を行うとき、人の認識を元とします。例えば王宮。ここは王様のものであります。しかし、それが王様のものであると断言できる理由とは、王様の認識はあまり関係ありません。その他大勢の人が〈王宮は王のもの〉とする認識こそが、重要なのであります』
『ふむ。お主の言うことは、分かるようで分からん。もう少し砕いて申せぬのか』
『そうですね、これでも相当砕いているつもりなのですが……。つまり、王族全てを生贄にしてこそ聖宮は王国全土を守る力を発揮することだけわかっていただければよいかと』
『なら、王はどうするのだ。王族いなくなれば新たな王が生まれるであろう。さすれば一族全てを贄にした意味がなくなるのではないか』
『それも問題ありません。王族全てで選定の儀を行っていただき、選ばれたい一名のみ生きて王位を継承するように致します』
王は顎を撫でながら、少し思惑を巡らせた。
そして表情を変えずに話に戻った。
『その儀とは、一体どのようなものだろうか』
『はい。王族全てが一度聖宮に取り込まれ、その後、聖宮の中の異空間で武力地力による争い、まぁ戦争の様なものをしていただきます。内容は以下のようになります。
一、全ての王族が参加。
二、真にからその者を信頼している者、服従を誓っている者、心を寄せているも者のみ王族でなくとも従者として参加可能。
三、聖宮内では聖宮から特殊な能力を与えられる。
四、勝者を生むこと。
五、勝者、加えて勝者の従者のみ生還し王位を継承。
六、王位継承者は三十名以上の子を残すこと。ただし王位継承者が女性である時に限り、王位継承者以外にもう一名男性の王族を生還させることにより子孫を残す。
七、未来永劫この儀を続ける
八、以上の条件を以てして聖宮による守護が与えられる。』
全部で八項目。
どれもこれも理解しがたいことだ。
特に三番の意味。
『……聞きたいことがある』
『それにはお答えできません。今すぐお決めください』
『答えぬと言うなら、死罪とする』
王の表情が険しくなった。
しかし女の笑みはとまらない。
『やれるものならどうぞやってみなさい』
女は無礼な言葉で王を挑発する。
王は歯ぎしりを立てていた。
苛立ちが如実に現れていた
『……、一つ。一つだけでよい。答えてはくれまいか』
近衛兵は目を見開いた。
この女を殺せといつ命令を下されるのかと構えていたが、王の口から出てきた言葉は懇願。
数名の兵は互いに視線を合わせ、首を傾げていた。
『いいでしょう。一つだけですよ』
王は一息つき、
『なぜ余の国に来た』
これはいくら考えようが、王にも全く分からなかった。
この死に際の国に取り入ったところで利は少ない。ないと言っても過言ではない。
なのに、この女が国に来て、そしてこんな話を持ち込んだ理由とは……。
それは先程提示された条件よりも、王は気になっていた。
嵌められると分かっていても、その最終目的をしることができれば、その中間に起こる出来事にも理解が及ばぬとも、承知できる。
そもそも目の前の女は魔導師なのだ。
自らと同じ法則上に存在してはいない。
そんな人間とは異なる存在は王に言った。
『……貴方がいるからです』
『……』
初めて聞く女の優しい声だった。
これは嘘ではない。王の長年培ってきた人を見抜く目は、そう判断した。
王は自身の記憶をよみがえらせた。
過去最高と言ってもいいほどの頭の回転だった。
数瞬のうちに、自らの生涯を思い返した。
しかし、
『余とお主どこかで顔を合わせたことがあるのか』
目の前の女と出会った記憶は一切なかった。
『質問は一つまでです。さあ選んでください。聖宮を発動させるか、否か』
『…………。よかろう』
控えていた兵は驚愕した。
しかし、王にとってはもうどうでもよかった。
もう限界はきていた。
この国の貴族にも民にも、国そのものにも。
もう死んでもいい。
いやむしろ死にたかったのだ。
女が王にに死ねと言った時、王の心は安堵していたのだ。
ようやくこの重荷から解放される。
故に、不可解な点ばかり菜この女の提案に乗ることにした。
そしてランディア王国王族は呪われてしまった。
永遠に聖宮に縛られた。
『ふふふっ』
最後に残ったのは魔導師の艶やかな笑い声だった。




