2-3
静かな怒りを胸に宿しながら部屋を出たルドルフは、屋上で盛大にため息をついていた。
(何をやっているんだ俺は。ベルタがどういう子なのかは分かっていただろ。追い詰めてどうする。あーー!くそっ。なんで部屋から飛び出してしまったんだ)
後悔先に立たず。
ルドルフは自分の行いの幼稚さが許せない。
(秘密はあって当然だ。まだ出会って五日なんだぞ。なんで俺はこんなにも急いているんだ……)
どんなに親密になろうが共にいた時間は少ない。
ましてや、相手はベルタ。
記憶のないルドルフ以上に情緒不安定な子だ。
(そんなこと何回も自分に言い聞かせたのにな……)
金髪の憎たらしい暴力男が去って行ったのは、二つあるうちの右手前側の城。
そこが彼らの拠点だ。
彼らが帰っていった後、その城からは目立った動きはない。
とりあえず一安心だ。
しかし、今後また襲ってくるかもしれない。
対策を立てなければならない。
(またベルタに危険がおよ……)
ルドルフの心にぞっと冷気がかかった。
苛立ちとはこんなにも思考を停止させるのかと、冷静さを取り戻したルドルフは自信の無能に腹が立った。
(なんで、なんでこんなことすら忘れてしまってんだ。くそっ! ベルタはさっき何をしようとしてた。自害だ。なんで一人にさせてんだ!)
気持ちを落ち着かそうと屋上に来たことは、もしかしたら一生ものの後悔になるかもしれない。
(早まるなよベルタ!)
ルドルフは踵を返し、屋上の扉を開ける。
「きゃっ!」
(……ベルタ? ベルタ!)
扉を開けたその先には、心配の種そして謝罪すべき相手である友がいた。
ルドルフは勢いよく彼女の両肩を掴んだ。
(よかった……。よかった。生きている)
ルドルフは一安心した。
全ては命あってこそだ。
怒ろうが、諦めようが、心配しようが、何をしようとも生きていてこそ。
しかし、どうやらベルタはルドルフの行動を安堵のものとは受け取っていなかった。
「や、やっぱり、怒っているよね。ごめんなさい……」
視線はルドルフの足元に向いていた。
とても悲しい表情だった。
ルドルフと出会った初日に見せた悲しき叫びとはこれまた別種。
涙は流れていない。
けど、泣いている。
もうルドルフは傍にいないと、そう思っている。
自分が悪い、そう嫌悪している。
怒っている、そう恐怖している。
嫌われた、そう嘆いている。
見捨てられた、そう諦めていた。
(―――違う!!)
ベルタから流れ込んで来た感情をルドルフは否定した。
そんなことはない。絶対にない。
「えっ……」
ルドルフはベルタをもう離さないように強く強く抱きしめた。
腕の中でベルタから痛みをこらえる声が漏れていたが、それでも緩めてやらない。
(俺はベルタを嫌いになったりしない。見捨てたりなんかしない。意見の食い違いがあっても、意思の疎通がうまくいかなくても、喧嘩があっても、それでもベルタは俺の友達だ!)
「わ、わたし、なんにも言ってない。伝えないといけないこと、教えなければならないこと、打ち明けないといけないこと、ぜんぶ、放棄したんだよ……。最初から、隠し事ばっかり……。それでも、いたっ」
ぐすんと鼻水をすする音とともに懺悔が嘆いている。
悔やんでる。
悲しんでいる。
泣いている。
表情は見えない。
どんな顔をしているのか分からない。
(けど離してやらない。ベルタが隠し事をしても、離してやらない。俺が裏切らないってことを理解するまで放してやらない)
この温もりが感じられないのも、温もりを与えられないのも口惜しい。
硬くて冷たい金属なんかに拘束されて怖い思いをさせてるかもしれない。
何をどうすれば彼女の心に届くのか分からない。
自分のことすらわからない男に、他者へ愛を教えられるのか。
希望も、信頼も、温もりも、もしかしたら何一つ与えられないのかもしれない。
そもそも自分がそれを持っているのかも、今のルドルフは知らないのだから。
だから、思い上がりなのかもしれない。
ベルタが少しは心を開いてくれたこと。
少しは目を見て話してくれるようになったこと。
たまには優しく笑えるようになったこと。
ちょっとは俺を信頼してくれていること。
全部全部、俺の勘違いかもしれない。
所詮人間。
自分の心以外は理解できない存在だ。
そして自分の心も理解できない俺は……、ベルタ以上に寂しい奴なのかもしれない。
「―――――――ありが、とう」
腕の中から微かな声がした。
いつの間にかベルタの手はルドルフの腰に回っていた。
(ありがとう、って……。ありがとうって!)
人は他人の心なんて理解できない。
それは確かにそうだ。
だけど、理解されたい者と理解したい者がいれば、全てとまでいかなくても、心は通じる。
言葉がなくても心があれば、俺たちはやっていける。
彼らを照らしていた夜空は、曇りをみせていた。




