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本日二話目
階段を全速力で駆け下りたルドルフは、ベルタのいる部屋を勢いよく開けた。
(ベルタ!!)
そこにベルタはいた。
外傷がなければ衣服の乱れすらない。
しかし、
(泣いている、のか)
ベルタの瞳からは雫が流れていた。
顔も目も真っ赤に腫れ上がっている。
(一体何で……)
「これが貴様の犬か」
「……」
金髪の男の声が室内に広がった。
ベルタの涙を前に、ルドルフが視界に留めていても意識には留めることができなかった男とその後ろにつく青年二人の三人。
後ろの二人はルドルフが部屋に入るとすぐに金髪の男との間に入っていた。
(お前らのせいか!)
ルドルフはすぐにでも襲い掛かりそうな勢いだった。
しかし、確証がない。
飛び掛かる前にギリギリの理性が働いた。
「ふむ。中々に強そうだな。俺に向けるのは無礼千万だが、闘志も溢れているとな。だが、あれは王国の兵ではないな。傭兵か?」
「……」
明らかにベルタに向けられた言葉だった。
しかし、ベルタは答えない。
それどころか微かに震えている。
それを見たルドルフの怒りは爆発寸前だった。
(なんだコイツら! ベルタに何をした! 何を言った!!)
「俺の質問に答えないのか」
そういって男はベルタに近づいた。
歳は二十代後半ほどか。深い堀の顔立ちと堂々とした立ち振舞いは、年齢以上の貫禄を漂わせていた。
そして、男はその手を振りかぶり、ベルタの頬から乾いた音を鳴らした。
ベルトの頬を平手打ちしたのだ。
「ガアアアアアアァァァァァ!!」
ルドルフの我慢は限界だった。
唯一の友が理不尽に害されている。
自分のこと以上に頭に血が上った。
ルドルフは敵を排除するために、腰の剣に手を当て突撃しようとした。
「まって!」
しかし、それは止められた。
顔を赤く腫らしたベルタに。
(なんでだ! 何で止める!?)
ルドルフは静まらぬ怒りをベルタに向けてしまった。
「ごめんなさい。でも、」
来ちゃダメ!!
初めてだった。
ベルタが叫んだのは初めてだった。
ルドルフの怒りはその驚きによって、多少削がれた。
「お前の犬は無礼だな。これでは番犬ではなく狂犬だな。しかし、その内包する実力は一目で分かったぞ。貴様、どうやってこの狂犬を手なずけた。金も地位も名誉も誇りも何一つ持たない貴様が、ああ、いや一つあるか。貴様の武器」
「……」
男はほんの少しの間を置いた。
ルドルフはこの言葉の続きを言わせてはならないと剣を抜いた。
そして前に出ようとしたところで、二人の青年が共に剣を抜き隙のない構えをとったことにより、動きを止められた。
「体を売ったか」
「――――っ」
(黙れっ!)
ルドルフは金髪の男との間を塞ぐ青年に剣戟を放った。
しかし、一人の青年に容易く受け止められ、もう一人の青年の蹴りによって後退させられた。
その間にも少年の口は動いていく。
「ただでさえ矮小で下劣な忌まわしき存在が、卑しい雌犬にまで落ちたか。まぁ、世にはゲテモノ好きの男もいると聞く。狂犬もそういうことだろう。貴様が持つ唯一の武器を上手く扱ったと言う点だけは評価してやる。ありがたく思え雌犬」
「――――――――っっっ」
ベルタの表情は見たこともない程の怯えていた。
涙は滝のように流れ落ちている。
泣いて悲しんでいる。
なんでベルタが悲しんでいる。ベルタが何をした。ベルタは何もしていない。
俺と肉体関係なんてない。
ベルタは心優しき子だ。
なのに、なんで―――。
「泣けばどうにかなるとでも思っているのか。その脆弱さは評価できんな。醜い」
「――――っ」
彼女の怯えた姿に、ルドルフは、キレた。
――――殺せ。
――――それは敵だ。
――――殺せ。
頭の中でまた声がした。
しかし、何故か頭に痛みが走らなかった。
「ガ、ガガ」
――――殺せ。
――――殺せ。
――――殺せ!
「ガアアアアアアアアアァァァァァ!!」
体が熱い。
力が漲ってくる。
コイツラヲ殺ス力ガ。
ルドルフは駆けた。
一撃目。
上段からの袈裟懸け。
青年は守りの姿勢に入っていた。
青年の後ろにはもう一人の青年が構えている。
先程と同じことの繰り返しだ。
青年らはそう思っていた。
ルドルフから剣が振り落された。
「え……」
青年にはその剣戟が捉えられなかった。
速すぎた。
気がつけば剣がおられ、青年は深く切りつけられていた。
斬られた青年の風圧で髪が逆立つほどの速さだった。
まさに神速の一撃。
破壊の剣戟。
「ランツェル!?」
もう一人の青年は驚愕していた。
目の前の仲間は敵の予備動作を見て完全に守りの体制に入っていた。
達人級の剣戟でもない限り、体勢を崩されはしないはず。
しかし、結果は体勢を崩されるどころか、切り倒された。
それは技術ではない。
圧倒的筋力と、超硬度の剣。
これは武術ではない。暴力だ。
青年はすぐに攻撃しようとする。
しかし、遅かった。
「なっ……」
気が付いた時には、仲間と同様に切り倒されていた。
動きが全く捉えられなかった。
「ばけ、もの……」
その様子を見ていた男の瞳は鋭さを増した。
「俺の精鋭をそんな倒し方をするとはな。……野蛮人め。まぁいい。とりあえず動くな。動けばコイツを殺す」
少年は腰から抜いた剣をベルタに突き付けていた。
それを見たルドルフの動きが止まった。
「今日の所は撤退する。例えコイツを殺せたとしてもお前に殺される恐れがあるからな。だから何もするな。俺の能力はお前とは相性が悪そうだしな」
男の言葉にルドルフは冷静さを少しは取戻し、そして迷いが生じた。
ベルタを殺すと言っている敵をみすみす見逃してもいいのか。
しかし、迷いは生まれても実際にベルタに剣を向けている以上動きはできなかった。
「イグナルト! ルノン! その馬鹿二人を連れて撤退するぞ!」
その言葉に反応して、二人の青年が扉から現れた。
二人はカツカツとルドルフの後ろから横を通り、倒れた二人を抱え上げた。
「グルルルゥ」
もどかしさがルドルフの口からこぼれた。
なんで何もできないんだ、と。
友達が殺されそうになっているのに、泣いているのに、悲しんでいるのに、何でおれは何もできないんだ。
その様子を見た長髪の青年がルドルフの横を通り過ぎる時に呟いた。
「まさしく獣ですね」
ルドルフとて好きでこんな言葉にならない声を上げている訳ではない。
今すぐ掴みかかってやりたかった。
しかし、それではベルタに危険が及ぶ。
ルドルフは堪えた。
「ふむ。その従順さは評価しよう、狂犬よ。それでは俺は去るとしよ―――」
言葉の途中。
少年はベルタを鋭く睨みつけた。
「何の真似だ雌犬」
ベルタは首に突き付けられた少年の剣の柄を持って、自ら剣に刺さろうとしていた。
自害にしか見えないその行動に少年は、眉間にしわを寄せた。
ルドルフも硬直してしまった。
おかげで頭は冷えてきたけど、冷汗をかいている感覚がやってきた。
(何をしているんだベルタ!? 早くその手を放せ!)
しかし、ルドルフの考えは届かない。
「わ、わたしは! 戦いません。か、彼を! ルドルフをこの戦いに巻き込んだりしません! ルドルフとの時間は楽しかった! だから、もういいんです。これで終わりにします」
その叫びは、この部屋の誰をも固まらせた。
しかし、一人だけ例外がいた。
パンッ。乾いた音がまたも室内に響き渡った。
「知るかそんなこと。死にたいのなら勝手に死ね。だが、俺たちが出て行ってからだ。そこの狂犬に暴れられたら迷惑だ。評価する価値もなあ愚図め」
ベルタの手は男の平手打ちの拍子に柄から外れていた。
「狂犬。感謝しろ。そして邪魔だ。端でひれ伏しておけ」
ルドルフは苛立ちもあったが、ベルタの奇行を止めてくれた事実を受け止め、扉の前から外れた。
男たちは堂々とその扉から出ていった。
去り際に少年はルドルフに
「もし貴様が俺に首を垂れるのなら、いつでも受け入れてやろう。お前の力は評価してやる」
どこまでも尊大に言った。
「…………」
とりあえずの脅威が去った後、ベルタは何も言わない。ずっと俯いたままだ。
ルドルフは黙ってベルタを見つめるだけだった。
もう涙は流していないが、どこか虚ろな瞳をしていた。
5日前に初めてあった時の落ち着かないおどおどした瞳とは異なり、今は開いているのにその瞳には何も写っていないように感じられる。
(なぁ、何か言ってくれよ。一体なんで死のうとしたんだ。俺を戦いに巻き込むって、どういうことなんだ。それにあの金髪は誰なんだ。なぁ、教えてくれよ)
言葉を話すことのできないルドルフは、ただ待つことしかできない。
ベルタが答えてくれるのを。
「…………」
(…………)
半刻が過ぎ、一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。
三時間が過ぎようとした。
そしてルドルフは部屋から出ていった。
また来週




