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1-3

「あ、あり、ありがとう……。うれしい。も、もう死んでしまってもいいかも」

 ベットに座り込んだ少女は、そんな本気が冗談が分からりにくいことを言い出した。

 男が反応に困っていると、少女はベッドの上に、小さく膝を抱え込んだ。

 そしてポツリポツリと自分の話を始めた。


「わ、わたしの名前は、ベルタ。ベルタ=ランディア。お友達は一人もいない、から、あなたが初めての……お、お友達」


(初めての友達……。君、ベルタもそう見てくれているのか)



 ベルタの言葉に男はほっこりとした気持ちになる。

 けど、ベルタの次の言葉を聞くと、そんなことは些細なこととしか感じられなくなった。


 顔を赤くして男を友達と言った表情から一転。

 悲しく諦めているかのような表情と意を決した表情をコロコロと繰り返している。

 何をやっているんだとルドルフが首を傾げていると、何かを決めたのかようやく口を開いた。

 


「わたしね、メイドの娘なんだ……。王様と侍女の娘なんだ。お母さんは王様に無理矢理犯されて、わたしを身ごもったの。それで、わたしを産んだ。それで赤い目の子は忌子だから、誰も近づかない……らしいの。けど、分け合ってわたし達は死ねないの。ずっと一人。……お母さんは、わたしを生んですぐに死んじゃったし、城でわたしと会話してくれる人なんていなかった。お母さんのことも侍女たちの会話が偶々聞こえたから知ったんだ。……ごめんねこんな話聞かせちゃって。けど、話さないといけないと思ったんだ。…………あと三日だけであっても」


 目を一切合わせず、床を見ながら淡々と語られたその内容に男は言葉を失った。

 声に出す出さないの問題ではない。

 心が締め付けられた。

(ああ、そういうことか)

 男は理解した。

(だからベルタはこんなにも、歪なんだな……)

 身だしなみが滅茶苦茶なのは、誰もベルタを見ないから。

 長い髪は、その瞳が嫌われていたから。

 すぐに取り乱すのは、人との触れ合いに慣れていないから。

 執拗に謝るのは、絆を知らないから。

 異常なほど臆病なのは、愛を知らないから。


(――――ふざけんなっ!)


 男は腹の底から大爆発を起こした怒りが溢れだした。


(ベルタが何をしたんだ!? ベルタは一人でもいいから友と呼べる存在が欲しかっただけだ! たったそれだけの願いすら、許さないのか!? 忌子? ふざけるな! そんな奴らなんか――――)


 男はこの時だけは鎧に感謝をした。

 今、ベルタに男の表情を見せれば、絶対に怯えてしまう。

 男は自覚している。

 この怒りは決して収まらない。

 


 ベルタは男の激昂を余所に、はっきりと言った。

「け、けど、今はあなたがいる。わたしうれしい!」

 初めて見たベルタの笑顔。

 ぎこちなく、びくびくしていて表情はもかたい。

 しかし、自分に見せてくれた笑顔を無下にしてはならない。決して。

(……ベルタ)


 男は決意した。


 友であるベルタが喜ぶのなら、この野獣のような感情を隠しておこうと。


 そして、もう一つ決心した。

(俺の友達をを苦しめたベルタの家族(クソども)を――――殺してやる)

 きっと俺は悪い人間だったのだろう。男の冷静な理性はそう判断していた。

 友達を苦しめたからって、家族を殺すというのはいささか以上に物騒だ。被害者である友達の意思よりも、自身の腹立たしさを優先しているのだから。


「本当よ、本当に嬉しいのよ。嘘じゃないわ。信じてお願い信じて本当なの」


 男は、はっとなった。

 自らの心を静めている間、男は何も反応を起こさなかった。

 表情も分からなにのに、ただ固まっていては、ベルタにとって男が拒絶の意を表しているようにしか受け取れないだろう。


 男はすぐに反応を見せた。

 武骨な手がベルタの頬に伸びていく。

 そっと撫でてやる。


(ベルタが今求めているのは、ただ一緒に居てくれる友だちなんだ。そんなことも感じ取れないのかよ。ダメだな俺は。どうも感情的すぎる)


 撫でられて顔が赤く染まったベルタは男を見ながらぽつりと呟いた。

「な、名前……。あなたの名前は、なんて言うの?」


(……)

 男は少し間をおいて首を横にする。

 ベルタの質問は、ベルタが男を知らないと言うことを告げていた。

(ベルタと俺は初対面? なら、あの時謝っていてのは……)

「……お、教えたく、ないの」

(って、違う違うそうじゃない!)

 男は首の動きを何倍も早くして横に振った。


 ベルタにとっては、男は口がきけず表情も読めない相手。

 考えを少しでも正確に伝えるためには、多少気恥ずかしかろうが何だろうが大げさな反応が必要だ。

 

「違う、の?」

 男は驚異的な速さで首を縦に振る。

「もしかして、名前ないの?」

 男は動きを止め、今度はゆっくり、だが深く首を縦に振った。

 胸の中で何かがちくりと去ったが、その感情は男自身でも分からなかった。


「そうなの……」

 ベルタはそう言って俯いてた。


 男は無礼であるが、ベルタを指さし、そして次に自分に指さした。


「……わ、わたしに、な、名前を付けてほしいの?」


 男は首を縦に振った。

 あまりに曖昧なジェスチャーだから、気づいてもらえないかと男は思っていたが、ベルタはすぐに思い至ってくれた。


「い、いいの? わたしなんかで。わたし、なんかで」


 ベルタの声は尻つぼみになっていく。

 男にはベルタの心の揺らぎに予想がついた。

 彼女には自信がないのだ。

 自分が一人の人として扱われることに慣れていなさすぎる。

 それはベルタの周辺の人物のせいだ。


(どうか自信を持ってくれ)

 

 男はベルタをしっかりと見つめ、もう一度深く肯いた。


(俺はベルタがいいんだ。ベルタに名をもらいたい)


「……わ、わたし、名前の付け方なんてわ、かんない。知識、も、知恵もなんにも、なんにも、持っていないんだもの」


 ベルタの心は落ちる。

 人にお願いされたことはかつて一度もなかった。

 わたしはただの人形、そうやって育ってきたから。

 彼女は怖くなった。自分を正面から見つめる彼を。


「わかんないわ。わかん――――」


 ベルタは突然のことに固まった。


 硬くてひんやりしたものが体を包んでいった。

「え―――」


 男はベルタを優しく抱いた。

 負の連鎖に陥っていく今のベルタには、こういった温もりが必要だと男は思った。

 与えられることに慣れていない彼女は、与えることにも慣れていない。


(俺は少し行動を早まった)


 名などて無くていい。ここにはベルタしかいない。


 鎧でも男でもなんでもベルタの好きに呼んでもらえばよかったんだ。 


 ベルタの表情は今の首がすれ違っている状態では見えない。

 しかし、きっと戸惑っているんだろうな、と確信的な予想は付く。

 彼女は恋愛でも友愛でも、愛を知らないから。

 好意的な行為の意味が分からないんだ。

 そして疑わしいんだと思う。それが本当なのかと。


 故にベルタは人一倍愛を求めていて、人一倍愛を恐れている。 


(なら俺が信じさせてやる。裏切らないし疑う余地のない信頼を。俺が隣にいてやる。

 なぁに。記憶はないし口もきけない欠陥ばかりの俺と臆病なベルタでも、二人でいれば何とかなるだろう)


 それは男の決意であった。

 友でいることの決意。

 離れない決意。

 傍にいて笑顔を守る決意。


(きっとこれはベルタの過去みたいなのが流れてきたからだろうな。会って一日も経たない奴にこんなこと普通思わない。けど決めたんだ。これは誰でもない。俺が俺に立てたの誓いだ)

  

 男の覚悟は決まる。

 しかし、男は忘れていた。

 腕の中の少女はきっと長時間抱かれていたりしたら困惑の彼方に飛んでいくだろうと、思っていたことを。


「わ、わかった! 名前つける。…………」

 ベルタは思いっきり、男の胸を突き離し、一気に後ろに逃げていった。

 そして真っ赤な顔で考え始めた。


(…………)

 ハグは以降禁止。戒めである。


 うんうんとベルタの呻き声が何度も聞こえ、考え始めてから十分ほどが経過していた。


「……決めた」


 ようやく男の名前が決まったようだ。

 男は心躍っているが、名前をもらう前に少し訝しく思うところがあった。


(……どうしてそんな顔を)


 一瞬だった。

 しかし、男はそれを見逃さなかった。

 ベルタが男の名前をきめる直前、薄らだが悲しそうな表情が見えた。

 しかし、すぐに嬉しそうな表情になっていた。

 男にはその表情に込められた意味を知る力はない。


(いつか教えてもらおう。だから、今はベルタがいつまでも笑っていられるように、俺も気にしない)


 ベルタは胸に手を当てて告げる。

「き、気に入らなかったら、言ってね。……あ、あなたの名前は―――」


 その照れたような笑顔の奥の表情が、男には不安でたまらなかった。

 名前を嫌がられたら、それを危惧してもいるだろう。

 だが、それ以外にも何かが彼女の心に住み着いている。男には理屈抜きにそう感じ取っていた。

 だが、

(それにはまだ触れてはならない)

 男は自分に言い聞かせる。


「あ、あなたの、名前は、ル、ルド、ルドルフ。……どう?」


(ルドルフ。良い名だ)

 男は深く肯いた。

(今日から俺はベルタの友達(ルドルフ)



「そ、それでねルドルフ」

 ベルタはもじもじと落ち着きがない様子でルドルフ名をを呼んだ。


 ルドルフはまだ自分の名前に慣れていない感覚があるが、名前を呼ばれることに喜びを感じていた。

 何を言うのだろうか、とルドルフは次の言葉を待つが、彼女の口は中々動こうとしない。

 

 そして、ルドルフは一つの考えが頭に浮かんだ。

(もしかして!)

 ルドルフの心に消えていた期待が再度現れた。

(名前を知らなくても、もしかして俺の記憶がないことに関して何か知っているのんじゃないか。こうやって言葉に困っているのは、やはり記憶を失ったことに関して暗い話題が入るからだろう)


 ルドルフはベルタの言葉を、心して待っている。

「ル、ルドルフの……」

(お、俺の……)

「ルドルフの、素顔、が、見たいです」

(……)


 正直に言うと、ルドルフはがっかりした。それはとてもがっかりした。

 自分で勝手に期待値を上げたの自覚はあっても、やはり上から下に落ちたことには違いない。

(やっぱりベルタは何も知らないのか……あ)


 そして、またしても自分が自らの主の言葉に何も反応していなかったことに気が付く。

 

「だめ?」


 ルドルフは首を横に何度も振った。

 そして、鎧を外そうと頑張る姿をベルタに見せる。

 もちろん鎧は外れない。

 しかしこうしないと、ただ拒否したみたいになってしまう恐れがあった。


「もしかして、外れないの?」


 ルドルフの言いたいことは齟齬なく伝わった。


「わ、わたしが外してあげる」

 ベルタは立ち上がり、ルドルフの傍に近づいた。

 ルドルフは膝を折り、ベルタの身長に合わせる。

 もともと頭二つ分は違う身長だ。

 ルドルフが膝立ちになることで、ちょうど同じくらいの目線の高さになった。


「む。……え、あっ。だめ。外れない。なら……だめ。こっちは……」

 ベルタは鎧の頭部をいろいろいじくっては見ているが、どうやら外れる気配は全くないらしい。


(取れないのか。湯浴みとかどうしよう。というか俺現時点で臭くないよな?)

 ベルタの手が止まった。

「外れない。わかんない」

(おい! マジか!? 臭いのは嫌だあああ!)


 ベルタは手こそ止めていたが、その瞳はじっと鎧を見つめていた。

「も、もしかしたら、聖宮の力が働いてるのかも」

(せいきゅう?)

 ルドルフには聞き覚えのない単語がベルタの口から出てきた。


「せ、聖宮の力で脱げないのかも、しれない。けど! たぶんだいじょうぶ。補正?かかるから」


 何を言っているのかさっぱりわからなかった。

(とりあえず、せいきゅう、ってのが何か特殊なんだろうな。……せいきゅうって、聖宮か? としたら聖宮は建築物。つまりこの城のことか?)

 

 ルドルフは自分なりに予想を立ててみるものの、全くそれが正しいとは思えない。

 突拍子がない。というか曖昧な表現過ぎる


 脱げない鎧。

 聖宮と呼ばれるもの。

 その力と補正。


 どれもこれも何を言っているのか理解できない。

(あああああああ。なんで俺の口はこうも役に立たねえんだ)

 きっと脳に何らかの障害があるのだろうと考えているが、言葉のつかえないまどろっこしさはこういう時窮屈でたまらない。聞きたいことが聞けないのだから。


 そんなルドルフの悶絶を余所に、ベルタは笑って言った。

「これからよろしくね」

 ルドルフはその表情を向けてくれたことに喜んだ。

(俺の方こそよろしく頼む)

 ルドルフは深く頷いた。

 この笑顔を守る――――。



   

また週末に

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