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1-2


 男がこの建物の中を散策して既に半刻が経過していた。

 男は色々の部屋を回り、今は物置らしき広い部屋をゴソゴソと荒らしている。

 建物内を回っていると、どうやらここはボロボロで古びているものの、もとは立派な城だと言うことが発覚した。

 外には広い園庭、その跡地が窓から伺えた。花々は既に枯れていたから、跡地だと判断した。

 ただ、庭の奥は濃い霧がかかっていて全く見えない。

 今が朝なのか夕方なのかも、これでは判断できない。


 この事態に対する困惑や怒りから落ち着いた精神でそんなことを考えていると、ふと一つ不気味な妄想が頭に浮かんだ。


(もしかしてあの子……、幽霊なんじゃないか)


 ここはかつて栄えていた城で、戦争に負けでもしたのか、今はもう廃墟。彼女はここのお姫様で、その戦争の時に亡くなって、今は地縛霊としてこの世を彷徨っている。


(って、そんなわけないか。……けど、待てよ。お姫様? あの子、割と高そうなドレスを着ていたよな……)


 その時、ガチャと物音がした。

「ガガガッ!」

 男は飛び上るように体を震わせた。

 しかし、その音は男本人が足元で何かを蹴った音だ。

(な、なんだ。びっくりさせやがって……)

 男はその蹴とばしたものを手に取ってみる。

(樽、だな。やっぱり鎧を着ていると足元の注意力が下がるな。それにしても)

  

 たかが鏡一つ探すのにどれだけ時間を喰われてるんだ。男はため息が漏れた。

 しかし、不思議なことにそれだけの間動き回っても、鎧の中の肉体が蒸れることは未だに起きなかった。


 男は樽を部屋の脇に置こうとすると、まだいくつか樽が置かれてあった。

 何気なしに、樽を叩いてみると、軋むこともなく樽自体にはまだ幾分の強度があった。

(あ、樽つかえばアレができるかもしれない)

 男は叩いた音を聞いて、あることを思い出していた。




 男は両脇に樽を抱え、少女の待つ部屋に向かっていた。

 樽をたたいて音を聞いた時、男はこの樽で演奏まがいのことができると思った。

 男の生い立ちに関する記憶はまだ一切戻っていないが、どうやら技術や武術といった体に染みつかせる類のものは、脳とは別に肉体で覚えているらしい。


(音楽、絵画、算術、剣術、槍術、弓術、徒手格闘術。他にもなんかできそうなことは結構ありそうだな。実は俺凄い奴だったんじゃね。

 それよりあの子、こんなんで喜んでくれるかな。この樽以外使えそうなものは見当たらなかったからな。これだけじゃあどこぞの民俗音楽にも負けるな。まぁ暗い表情ばっかりしてるし、気晴らしに位にはなるだろう。

 ……それよりも鎧脱ぎたかったな)


 当初の目的である鏡を見つけることはできたが、結局鏡で見たところで脱ぎ方は分からなかった。

 今もガシャンガシャンと静かな廊下に鎧の重たい足音が響いている。



 部屋に着いた。

 男は樽を横に置き、扉をノックした。

 コンコンコン。

 ………。

 反応がない。

(あれ? 寝てるのかな? それともたこの部屋にいないのかな。まあ開けてもいいかな)


 男はそっとドアを開けた。

 予想に反し、少女は目の前にいた。


(いたん――――だっ!?)


 男の頭に大量の疑問符が浮かだ。


(なんだ? なんだなんだ? 何で抱き着いてきたんだ!?)


 男が焦っている理由は明確だ。

 扉を開けた瞬間、少女が男の胸に飛び込んできたこと。

 少女の行動の意味が男には欠片も分からない。


(なんだこれ? どうなってるんだ?)

 

 男の胸に細い声が刺さった。

「きゅ、急に出ていく、から! いなっ、いなぐなった、て思った! もう、もどっで来ない、って。捨てられだ、って」


 少女の声は悲鳴に近かった。


「もう、一人は嫌! おね、お、おねがいっ! 何でもするから! おねがい! い、いっっじょにいで。おねがい……おねがい……さびしいのは、こわい……」


 その時、見知らぬ映像が頭の中で流れた。

 もしかして俺の過去なのでは、と男は僅かに期待したが、それはそんなものではなかった。


(……この子?)


 男の頭の中には、目の前の清潔感のない少女が一人寂しく座り込んでいた。

 少女は散乱している無数の書物に虚ろな瞳を向けていた。


 男の中に感じたことのない感情が流れ込んできた。


 悲しい。辛い。一人は嫌。誰か。誰か。わたしはここにいる。わたしはここにいるの。

 嫌。一人は嫌。

 怖い。

 わたしはここ。ここにるの。

 だれか、誰か―――!


 それは常軌を逸していた。

 寂しい。根本にある感情は、まさにその一言。

 しかし、時間がそれを増幅させ、別種の負の感情までも呼び込んでいた。


 混沌とした感情が男の心をかき乱した。

 男は彼女が一体どういう生活を送って来たのか分からない。

 しかし、男が考えていたものとは全く別の生活で、そして何倍も何十倍も悲しい生活を余儀なくされていたに違いないと確信した。


(なんで……、なんで……こんな子からそんな言葉を聞かなきゃならないんだ。寂しいのが怖い、っていったいこの歳で何を味わってきたんだ……。いや、違う。この子はそんな詮索を求めているわけではない)


 男は少女の頭をそっと撫でる。


「いっじょに、いでくれるの?」


 酷い泣き顔を上げて、少女は男を真っ直ぐ捉えた。

(なんて顔してるんだ)

 男は硬い指先で涙をぬぐってやる。

「あり、がとう……」


 少女の顔が上を向いていることで、顔を隠していた髪の毛が下に垂れていった。


 そこにあったのは、飛びきりの美姫だった。


 潤んだ大きな瞳。鼻筋の通った整った花。柔らかそうな赤い唇。

 まだ幼さくはあるが、小さく整った美少女がそこには存在している。


 それを見た男の心に電撃が走った。


 男は少女の腕をそっと解いた。

「あっ……」

 絶望した表情を一瞬見せた少女に、片膝を付いてその小さく寂しい手をとった。

 男はそれを膝をついた自身の頭の位置まで掲げた。


(俺は君を守りたい。君に笑顔でいてほしい)


 

 それが例え、城にいるドレスを着た女性、つまりどこかの姫だと考えられるからかもしれない。

 もしかしたら、わずかな時間で情が湧いたのかもしれない。記憶がない故に一種の刷り込みや、他の人間を知らないからそう思ったのかもしれない。

 少女の瞳に引き寄せられたのかもしれない。

 元来の性格によるものかもしれない。

 過去の自分が影響してるのかもしれない。

 はたまた本能かもしれない。


 しかし、男は願ったのだ。


 君を笑顔にしたい。悲しい顔なんてさせたくない。

 例えどんな敵がいようとも、例えどんな困難があなたの前に立ち憚ろうとも、俺は君を守って見せる。


 君の心が寂しがっているのなら、俺は友として君の横に居よう。

 君に笑っていてほしい――――。





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