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1-1

 傷だらけでボロボロの黒い鎧を身に纏う男は、静かに目を覚ました。

(……頭がくらくらする。体も重いし、……って立って寝てたのか。というかここどこだ? これ誰だ?)

 開かられた眼には、ボロボロの廃墟同然の部屋と座り込んでいるぼさぼさ頭の少女が映っていた。

(うーん。わかんないな。状況が全くつかめないや)

「あ、あなた、が――し――の――もだ――になって―――」

 目の前の少女はぼそぼそと何かを呟いたが、鎧の男にはその声が小さすぎて全く聞きとれなかった。


 視線が座り込む少女に向くと、自然と男自身の体も視界の端に映った。

 男は突然の事態に体が硬直してしまった。

(なんで鎧なんか着てるわけ……)

 男は自身の肉体が黒色の無骨な鎧が覆っていたことに今気がついた。

鎧は頭のてっぺんからつま先まで全てを覆い隠していた。

 しかし、男には鎧を身に着けた覚えがない。


(いつの間に鎧なんか来たんだ……。そんな記憶――――!)


 鎧の中から小さな掠れた声が漏れた。

 しかし、それは言葉ではない。


「――――っ――――!!」


 この声にならない掠れた音は、男の口から出てきたものに間違いはない。

 どうなってるんだ、男はそう疑問を口にしようとした。

 しかし、声は喉からの奥で籠るだけで言葉として発せられることはなかった。 

 自分の声域を超える高音を出そうとしている感覚に近い。喉元で声が詰まる。

 男はそれから何度か声を出そうとした。

 口から音は出ても、言葉は出なかった。


 理解が追い付かない。


(声が出ないなんて……。いや、そんなことどうでもいい)

 男は頭から情報を引き出そうとする。

 そして、ある情報が脳裏を過った。


(なんで!? なんでなんでなんで!! そんなことない。これは嘘だ嘘だ何かの間違いだ)


 こんなことあり得ていいはずがない。

 頭脳を最大限まで働かせ、この問題に取り掛かる。

 しかし、男の脳はもう知覚している。

 自身が持つ唯一の情報。


 ――――記憶がないということを。


「ガァ、ァ、ァァァァァァァァ」


 どんな声になろうが、男の口からは言葉は出なかった。

 頭に浮かんでいる言葉も、口出そうとすると、声帯に問題があるのか脳に問題があるのか、声が言葉にならない。

 口から飛び出してきたのは獣の叫びと遜色ない。


 男は叫びながら眼前の少女の両肩を強引に鷲掴みにした。


「ガ、ガ、グァガ!!」


 男は少女と鼻先がかする程の距離まで詰め寄り、声を漏らした。

 しかし、男が行いたかったのは詰問。


 ここはどこなんだ。

 お前は誰なんだ。

 俺に何があった!

 お前は俺の何だ!!

 俺は誰なんだ!!!

 俺の記憶はどこへ行った!!!!



 答えろ! 教えろ!


困惑する中で感情だけが先走ってしまった。


 筆談か何かで尋ねることもできたろうに、男は混乱のあまりただ野獣のようなおぞましい声を唸らせただけだった。


 この場にいるのは自身と目の前の少女だけ。

 何かを知っている可能性があるのはこの子以外にはいない。


 頼みはお前だけなんだ――――!


「ご、ごめっ、ごめん、なさっ……」

「ァ、ァ」


 男は目の前の少女と視線が交わまり、その怯えた瞳を捉えた。

 男の中の困惑とふつふつとした怒りが、一瞬で奪われていった。

 怯えた少女の声は我を忘れていた男の芯にでも響いた。


(……なにをやっているんだ俺は。こんなひ弱そうな少女に掴みかかって。野蛮人と代わらないじゃないか)


 顔は男の足元に逃げてしまっているが、明らかに手入れをしていない髪で隠れた少女の瞳は、男を恐々と捉えていた。

 怖がらせたのは俺だ。落ち着け。この子を怖がらせてなんになるんだ。

 男は自分を律しようと、自分に冷静になるように言い聞かせた。。


 ――――――――従え。


 その時、どこからか声がした。


 ――――――――守れ。

 ――――――――救え。

 ――――――――力を。

 ――――――――力を!

 ――――――――力を!!

 ――――――――カノジョに勝利を!!


 沸騰するような熱と共に全身に激痛がに走った。


「ガァァァァァ―――――――――!!」


 痛い痛い痛いっ!


「え、ど、どうしたの?」


 頭が割れるように痛い。

 頭の中から何かが直接脳を猛打しているのかと錯覚するほどにその衝撃は尋常ではない。

 意識を保てない。

 脳が悲鳴を上げ、異常な電気信号を肉体に送り付けてくる。


 やめろやめろやめろっ!


「え、なに、これ……」


 男は頭を抱えて唸った。

 誰でもいいからこの痛みから解放させてくれ。

 いいから助けてくれ、と。

 脳の痛みは他のことを全く考える余裕がなくなるまでに激しかった。


「―――もう止めて!」


 室内に響き渡ったのは少女の透き通った声だった。

 男の想像を絶する痛みは、そんな少女の言葉に合わせたかのようにピタリと収まった。


「いらない。そんなのいらない。なんで、なんでこんな形でしか……。こんなことならもう戦わないっ!」


 凛とした声は一度だけだった。

 その後はおどおどした雰囲気しか感じさせてはくれない声しか出さなかった。


(とまっ、た)


 男の膝はまるで言うことをきかなくなり、勝手に折れていった。

(いったい何だったんだ今の。偏頭痛にしては強すぎるだろ。まさか、脳になんかの腫瘍でもできたか……)

 男は肩で息をしながら考えるが、全く見当がつかなかった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」


 男の耳には少女の懺悔が聞こえた。

 鼻声混じりに何度も繰り返した。

 もしかしたら先程の激痛は彼女と何らかの関係があるのかもしれない。

 男はそう思ったが、しかし目の前で泣いている少女を余所にそんなことを長々と考えるわけはなく、深く俯く少女に近づいた。

(こんないたいけな少女を鳴かして何が男だ。それに例え何かを知っていたとしても、何を知っているのかもわからないし、それでも怒るのは駄目だ)

 男はそっと少女の頭に手を置いた。


「……え?」


 少女の素っ頓狂な声がこぼれた。

 男は少女の頭を優しくなでる。

(俺は声がでない。顔も鎧で隠れている。だから、この子を安心させるには大げさでも気恥ずかしくても体で表現しないとな)


「ゆ、ゆるして、くれる、の?」


 少女はびくびくと尋ねた。

 顔を上げた少女は泣いていたせいだろう、頬が真っ赤に染め上げられていた。

 手入れのされていない紙のすき間から覗いている彼女の瞳に男は吸い込まれるように見いってしまった。

 男は、はっと理性を取り戻した。

 男はすぐさま少女の問いに対して首を縦に振って肯定をした。


 だが、男は現状が許す許さないの話に発展しているのかどうかすら理解していない。

 しかし、少女の様子を見る限り、それが知人友人であるかはさておき、自身と何らかの関係を持つことが予想できた。

 とりあえず少女を落ち着かせようとしただけの行動だった。


(いったい彼女は……、いや、俺は何者なんだ)


 言葉が紡げないことに、男はもどかしさを痛感した。


 少女には聞きたいことが山ほどあるのに。


 猛々しい灼熱の髪と、その隙間から覗く同色の大きな瞳。まだ幼さを含んだ顔つきは、柔らかな肌触りが一目で分かる。

 手入れされずに伸ばされた髪と、それに対照的な、派手さはないけれど質の良さそうなドレスが、彼女という人物の想像を難しくしていた。


 そんな少女の頭を撫でる男は、ようやく少女が地べたに座り込んでいることに意識が向かう。


「えっ、やっ、……あっ」


 男は少女をそっと腕の中に抱え込んだ。

 腕の中から可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 足首まで隠れる丈が長いスカートのおかげで、直に肌に触れてしまうことはないが、少女は鎧の硬くひんやりした感触に驚いたのだろう。

 

(硬いよな。ごめんな。ちょっと我慢してくれよ)

 男は鎧の擦れる音を鳴らしながら歩き出した。 

 向かったのは、この広い部屋の十分の一を占めるキングサイズのベッド。

 そこで少女を丁寧に降ろした。


(ここで笑いかけてあげれれたりすればいいんだけどな)


 現時点において、自分の記憶や現状よりも、少女をを第一に考えた上で男の言動は決まっていた。

 ただこの優先順位は、記憶が全くないせいか、元来の性格のためか。

 はたまた記憶がなくなったことに気が付いたばかりだからか、記憶を取り戻すことにに今は固執する気にもならないからかもしれない。


(この子を泣かせたくはないという感情は今の俺のものだから)

 男の考えに迷いはない。


 しかし、不安は付きまとう。

 記憶とは、自己。

 経験の積み重ねで、明確な個というのは初めて生まれる。

 記憶がなければ、同じ肉体精神があっても、はたして同一人物と言えるのだろうか。

 俺が俺であることの証明は――――。


(ま、考えるだけ憂鬱になるだけか。今はこの子のことを考えてあげよう。もしこしたら、この子もわけもわからずここにいるって可能性もあるしね)

 と、男は少々格好つけながら指針を定めつついた中、なんとま間抜けな考えが頭に浮かんだ。


 なんで鎧脱ごうと考えなかったんだよ……。


 鎧が一心同体と言っても過言ではないほど、思い通りに動かせているから、脱ぐどころか着ているという感覚が薄い。

 おまけに汗もかいていないし疲れもない。

 よほど質がよく、且つ使い慣れていたんだろうな。男は消えた過去の自分を想像した。

 さて、と男は早速兜から外そうと手をかけた。


(ぬ、ぬぬぬぬぬっ)

 しかし、外れる気配は全くしない。


(外れない。いや、そもそも外し方とか分かんないしな。どこかに留め具とかがついてるはずだよな。あぁ、触っただけじゃあ分からないか。鏡でもあればな)


 辺りを見回す。

 寝室であるようだが、どうやらここには鏡はないらしい。なんとも不便なことだ。

 少女に鏡がある場所を問いたいが、ここでも声の問題が露骨に行動を狭める。


(仕方ない。この家の中を散策するか。家主には申し訳ないけど、一応緊急事態ということで許してくれるかな)


 男は少女のもとを離れ、扉に手をかけた。


「あっ……」


 少女は立ち上がろうとしたが、男はそれをジェスチャーで止める。

(鏡を探すだけだから付いてこなくてもいいよ。そこで待ってて)

 少女に遠慮しつつ、体になじんでいる鎧の上からドアノブを回した。





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