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元魔王(偽)で公爵令嬢リディアーヌの冒険  作者: 星乃 夜一
嫌われ公爵令嬢 対 攻略対象者!?
34/34

第三十二話

「ん?」


ニヤニヤ笑いを浮かべていたオズウェルが何かに気づいたように、横を向く。

オズウェルはそちらを見て、顔をしかめた。

何が見えたのかと私もそちらを向く。

オズウェルの視線の先には、先ほどヒュー達がいた生垣の辺りを歩くドレスの群れが見えた。


「どこの貴族の娘も同じだな。陰険な事で」


オズウェルの言葉に耳を傾けながら、女性達に目をこらす。

女性は全部で四人。

一人を囲うように歩いている。

何だか、嫌な感じだ。


「あの桃色のドレスの娘は、三番目に勇者と踊った子だな。

かなり緊張してて、ダンスの途中に転びそうになって、勇者に抱きついていたか」

「・・・」


決定だ。

私は心の中で呻いた。


故意でないとしても、勇者に抱きついた事を許せない令嬢たちが、抱きついた令嬢を連れ出したのだろう。

わざわざこんな場所まで連れてきたのだ、ちょっと嫌味を言うだけでは済むとも思えない。

私は大きく息を吐いた。


「オズウェル様」

「何だよ」


オズウェルは令嬢たちが気になるのか、向こうを向いたままぶっきらぼうに答える。


この人、私に対して気を抜きすぎではないかしら。

私は心の中で文句を言いつつ、先を続けた。


「わたくしはこれで失礼します。

オズウェル様は、どうぞ広間へお戻りになられて下さいませ」


オズウェルは怪訝な顔をして、私を見下ろす。


「それは、あの令嬢を助けに行くのか?

それとも、注意という名の虐めに加勢しに行くのか?」

「・・・・」


私は浮かべていた笑みが引きつりそうになるのを何とか堪える。

文句を言ってやりたいところだが、今はその時間が惜しい。


「あなたには関係のない事ですわね。

約束通り、ここでの事はなかった事にいたしましょう、では」


私は礼も取らずにさっさと踵を返した。


歩きながら、あの令嬢たちにどう対応しようか考える。

令嬢たちのうちの一人は、老獪で腹黒な狸と言われる侯爵の孫だ。

その令嬢を真正面から非難すれば、孫溺愛の侯爵が、また面倒な嫌がらせをしてくるだろう。

だからといって、他の者を向かわせればその者に迷惑がかかる。

後で侯爵から言われる言葉の数々を思い浮かべ、憂鬱な気分になりながら彼女たちの元へ向かった。


「あなた、勇者様にダンスに誘って頂いたからって、いい気になっているのではなくて?」

「そうよ、転びそうな振りをして勇者様に抱きつくなんてどういう事よ!」

「たかだか男爵家の娘が図々しい!」

「そうよそうよ!」


生垣の向こうから女性の甲高い声が聞こえてきた。

令嬢たちはかなり激高しているらしい。


「なんとか言ったらどうなの!」


ひときわ甲高い声が響く。

止めようと足を踏み出した。がーー


「まあ、皆様。お待ちになって」


宥めるような声がした。

この声は狸侯爵の孫娘エレーヌの声だ。

もしや、もう充分と引き上げてくれるつもりなのだろうか。

そんな事を思っていると、


「次々に言っても、この頭の悪そうな子には理解できないでしょうね。

身の程知らずにも勇者様に媚びを売るのですもの。

自分の立場も容姿も理解していない愚かな女には口で言っても仕方がないわ」


次の瞬間、バシィっという音が響いた。

その暴力的な音に、私は慌てて生垣を回り込んで女性達が集まっている場所に行く。


そこでは一人の令嬢が座り込んでおり、その周りに三人の令嬢が立っていた。

座り込んだ令嬢の正面には扇を手にしたエレーヌ。

座り込んだ令嬢は頬を手で押さえて震えている。

ここで何が起きたのか明白だ。


「今晩は。何をなさっているのかしら? 皆様」


私は彼女達の前に出た。

怒りで声が冷たくなってしまうのは仕方がない。

いきなり現れた私に、令嬢たちは動揺を隠しきれない。


「リ、リディアーヌ様」

「なぜ、ここに」


オロオロとする令嬢二人に対して、エレーヌはすぐに気を取り直した。

華美に飾られた茶色の髪をひと撫でし、薄紅色のドレスから溢れんばかりに盛り上がった胸を強調するように、胸を張る。


「あら、リディアーヌ様。

何故ここにいらっしゃるのでしょうか?

体調を崩されて下がられたとお聞きしましたけれど?」

「ええ、少々控えの間で休んでいました。

けれど貴方達の大きな声が控えの間まで聞こえたので、何事かと急いで参りましたの。

このような事が起こっているとは思いもしませんでした」


私の言葉にまたもエレーヌ以外が息を飲む。

エレーヌだけは余裕があるようで、私の言葉を鼻で笑った。


「控えの間からここまで走っていらしたのですか?

随分足がお早いのですね」


私はエレーヌの言葉を無視して令嬢に目を向ける。

十五歳ぐらいのまだ幼さの残る少女。

栗色の髪に緑の目の愛らしい顔の少女は、叩かれただろう頬を手で押さえ、口の端には血が滲んでいて痛々しい。


「その娘に同情は無用ですわ。

そんな容姿をして、とんだ悪女なのです」

「彼女が何をしたと言うのですか?

どのような事をしたにしろ、この状況はあまり褒められたものではないと思いますが」

「あら、その娘が何をしたか知ったら、リディアーヌ様も同じ事をなさるはずですわ。

その娘は、本日勇者様と踊ったのです。

勇者様と踊れただけでも、男爵令嬢には分不相応なほど光栄な事ですのに、転びそうな振りをして勇者様に抱きついたのですわ。

許し難い暴挙です」


怯え震えている少女は、人が沢山いる広間でそんな事が出来るようには見えない。

オズウェルが言うように緊張して転びそうになったのではないかと思う。


私が近づくと、少女はびくりと体を震わせた。


「立てるかしら?」


優しく問いかけるが、少女は怯えた目を向けるだけで動かない。

恐怖で体が竦んでいるのかもしれない。

私は持っていたショールを少女にふわりとかけた。

びくりと体を竦ませる少女はとりあえずそのままに、エレーヌに向き直る。


「お話は分かりました。

この娘はわたくしが預かりましょう」

「どうなさるおつもりですか?」

「話をします。それから決めましょう」


とりあえずこれでここは収まるかと思ったのだが、それは甘かった。


「お断りしますわ。

まだわたくし達の話が終わっておりませんもの」


エレーヌは鼻息も荒く、少女を睨みつける。

怪我までさせておいてまだ足りないとは、度が過ぎる。

私は少女を庇う位置に立ち位置を変えた。


「もうお話は済んだのではないかしら」

「いいえ、済んでいませんわ。

彼女から謝罪の言葉を聞いていませんし、何よりこれでは、他に示しがつきませんもの」

「・・・・・」


謝罪って、なぜこの少女がエレーヌに謝罪をしなければならないのだろう。

例え、少女が本当にわざと抱きついたのだとしても、エレーヌには関係ないはずだ。


「謝罪の言葉はわたくしが聞きます。

ですからあなた方は広間にお戻り下さい。

あなた方の姿が見えなくて心配なさっている方もいらっしゃるでしょう?」

「そんな事より、今はこちらの方が大事ですわ」

「ご婚約者が心配なさっているのでは?」


エレーヌにも後ろの二人にも、婚約者がいる。

このような夜会で、長く姿を消すのは得策ではない。

ましてや夜の庭にいたなどと知られたら、余計な疑念を抱かせかねない。


後ろの二人は目に見えてそわそわしだした。

エレーヌは逆に苛立ったように視線を鋭くした。


「婚約者の話をしたら、わたくしが慌てて逃げ帰るとでも思ったのかしら。

今は、あの男がどう思うかなど、どうでもよいのです」


いや、婚約者をあの男呼ばわりって。

しかもどうでもいいって。


「それよりも、その娘です、許せませんわ! 勇者様に抱きついたのですよ!

わたくしが勇者様と踊った時は、礼をわきまえた振る舞いをしたわ!

その娘は図々しくも、超えてはいけない一線を超えたのです!」


エレーヌは拳を握り締めて力説する。


「確かに、勇者様とダンスをしたら、その胸に飛び込みたくなるのも分かりますわ!

手を触れ合わせ、麗しい勇者様に見つめられ、その魅惑的な唇から放たれる声をすぐ側で聞く。

フワフワと夢見心地になって、理性など吹き飛びそうになります!

けれど、そこで抱きつくなど言語道断!

決してしてはいけない行為ですわ!

勇者様に憧れる令嬢達の暗黙の了解を、この田舎者は理解していないのです!

今後の為にも厳しい制裁が必要ですわ!」


エレーヌの後ろの二人がうんうんと頷く。

私はエレーヌの剣幕と話の内容に口元を引きつらせた。


「確かに暗黙の了解を破るというのは良くはないことですけれど、知らなかったのならそれほど厳しく追及する事ではないのでは?

いえ、その前に、彼女が勇者様に抱きついたというのは事実ですか?

躓いて転びそうになっただけという事はないのですか?」

「まあ、そんな事はありませんわ!

この娘はわざと抱きついたのです!」


エレーヌは断言する。

しかし後ろを見れば、少女はショールを握り締めてブンブンと顔を振っていた。


「わた、私は転んだだけです。だ、抱きついたなんて・・・」

「お黙り! 言い訳は見苦しいわ!」

「ひっ!」


激高するエレーヌと、それに怯える少女。

エレーヌは憎々しげに顔を歪めていて、冷静に話が出来るとも思えない。


「お話は分かりました。

やはりこの娘とはわたくしが話をします。

あなた方はこの件から引いて下さいませ」

「何ですって!

なぜわたくしが引かなければならなのです!

割り込んできたのはリディアーヌ様でしょう!

関係ない方は引っ込んでいてくださいな!」

「そういうわけにはまいりません。

諍いの元が勇者様であるなら、わたくしが納めなくてはなりません。

わたくしは勇者様の婚約者ですから」

「っ!」


一瞬、恐ろしいほどの憤怒の表情を見せたエレーヌ。

握り締めた扇がミシミシと音を立てる。


「よく言うわね」


エレーヌは憎悪のこもった目で私を見据えた。


「婚約者、ねえ。

確かにリディアーヌ様は、今は勇者様の婚約者ですわね。

けれどわたくし、存じておりますのよ。

リディアーヌ様、勇者様から婚約を解消されそうなのでしょう?」

「誰にお聞きになったのかしら?」

「あら、皆様が噂していますわ。

婚約を解消されるのなら、わたくし達の話に口を出すのはお門違いではございません?」

「例え婚約者ではなくとも、この状況は見過ごせませんわ」

「あらあら、今更いい人の振りですか?

そんな事をしても無駄だと思いますわ。

いい加減に勇者様を解放して差し上げてくださいな」


エレーヌは挑発するように鼻で笑う。

私はそれに笑顔のみを返した。

多分、この件に関して何を言っても無駄だろうから。

そう思っての沈黙だったのだが、それが気に入らなかったようで、エレーヌは目を吊り上げた。


「わたくしを馬鹿にしているの!!」


顔を真っ赤にして、今までの比ではないくらい憤っている。


「わたくし以前から、あなたのそういう所が大っ嫌いなのよ!」


エレーヌは扇を振り回し、地団駄を踏んでいる。

エレーヌの豹変に驚く。

エレーヌの後ろの二人も唖然とした顔だ。


「本当に大嫌い! 嫌い嫌い!

昔っから大嫌い!」

「昔から?」

「そうよ!」


エレーヌは私に向かって扇を突き付け捲し立てた。


「わたくしは幼少時、両親から厳しく躾けられたわ。

それはフランシス殿下の妃になる為。

幼い時から周囲に気を使って、王族の方々に気に入られるように振舞って。

だけど、それまで一度も登城した事もないあなたが血筋だけで殿下の婚約者になったわ」


それはもう十年も前の話だ。

私は八歳まで父の領地で育った。

礼儀作法や習い事などはしていたけれど、自由奔放に育ち、庭の木に登って叱られたり、遊びに来たヴィクトルを落とし穴に落として叱られたり、お忍びでやって来たアンジェリーヌに芋虫を見せて泣かせて、叱られたりする子供だった。

けれどそんな日々が一変する。


「それまで期待のこもった目でわたくしを見ていた両親が変わったわ。

わたくしを追い立てるような目をするようになった。

何とかあなたを引きずり降ろそうと、両親もわたくしも必死だった。

けれどあなたは揺るがなかった」


揺るがなかった?

私はその言葉に内心苦笑する。

突然王城に放り込まれて、私がどれほど泣いたかこの令嬢は想像もつかないのだろう。

色々な嫌がらせも心ない言葉も辛かった。

けれどフランシス様がいたから耐えられたーー


「殿下が亡くなられて、あなたもいなくなった。

新たな王太子の婚約者選びが始まったけれど、わたくしはあまり乗り気ではなかったわ。

わたくしはフェルディナン殿下よりも歳が上だし、何より初めて恋をしたの」


エレーヌは夢見心地な様子で宙を見上げる。


「勇者様はとても美しくて凛々しくて、わたくし達が声を掛けても素っ気ないけれど、アンジェリーヌ殿下にだけは優しい笑顔を見せていた。

お二人ともお似合いで、わたくしはお二人を見ているだけで満足だったわ。

勇者様の幸せの為に自分の恋は諦めようとしたの。

それなのにあなたが」


エレーヌはキッと私を睨み付ける。


「あなたが全てを壊してしまったわ。

なぜあなたが勇者様と婚約するのよ!

許せないわ!

あなたはいつもいつもわたくしの邪魔をする。

いい加減にしてちょうだい!」


エレーヌにしてみれば、私は目の上のたんこぶなのだろう。

面と向かっては初めて言われたが、私の事を煙たく思っている人は他にも大勢いる。

その人たちの言う通り、どこかに引っ込んで静かに暮らせたらどんなに楽だろう。

けれど今の私には許されない事だ。


私は微笑みを浮かべた。


「仰ることは真摯に受け止めます。

けれど、今は違う話をしていた筈です」

「っ!」


エレーヌがギリっと歯を噛みしめる。


「だからあなたの、そういう人を小馬鹿にした所が嫌いなのよ!!」


エレーヌが勢いよく扇を振り上げる。

私はそれが振り下ろされるのをただ見ていた。


ーーバチン!


扇は私の顔に当たる前に、何かに当たって弾かれた。


「なっ!」

「!」


扇はバラバラになって飛び、その欠片がエレーヌへとぶつかる。


「きゃ、痛い、何なの!

なに今の! あなたがやったの!?

わたくしに破片が当たったわ!

暴力! わたくし暴力を受けたわ!

誰か、誰か助けて!

わたくし、暴力を受けたわ!

リディアーヌ様がわたくしに暴力を振るったのです!

誰か、助けて!」


エレーヌは混乱しているのか、自分に都合の良いように解釈してどこかへ去っていく。

後の二人の令嬢もエレーヌを追った。


私は深く深く息を吐いた。

エレーヌが扇を振り上げた時、私は殴られてしまおうと思った。

エレーヌは気が済むだろうし、逆に私を殴った負い目で私に近づかなくなると思ったからだ。

けれど、何かがそれを阻んだ。

やったのは私ではない。

私を守ろうとする心当たりと言えば、精霊だろうか。

しばらく見かけなかったが、戻ってきてくれたのだろうか。


「精霊様?」


呟いてみる。

返事はない。

違うのだろうか?

私は首を傾げた。とーー


「ふぅーー」

「きゃあ!」


突然後ろから耳に息を吹きかけられた。

私は思わず悲鳴をあげてその場から飛びすさる。

ゾワッとした。背中がゾワッとした。

私は被害にあった左耳を押さえて、振り返る。

そこにいた人物を見て息を飲んだ。


「っ、聖女様!」

「リディアーヌ様、耳が弱いんですね。可愛いー」


突然現れた聖女は、呑気な声をあげて笑っている。


「今、わたくしに何をしました?」

「え? 耳に息を吹きかけただけですよ。

ちょっとした挨拶です」

「挨拶?」


しれっと答える聖女に困惑する。

挨拶って、聖女の世界ではこれが普通の事なのだろうか。

私は腕に鳥肌が立っているし、人によってはかなり不快だと思うが。


「挨拶です。親しい間柄ではよくやります」

「そうですか」


聖女と親しい間柄ではないし、なんだか納得できないけれど、それはひとまず置いておく。

それより、大騒ぎをしながらどこかへ行ったエレーヌがいつ戻ってくるとも知れない。

私は聖女の腕を引っ張り、植木の影に連れ込んだ。


「聖女様、なぜここにいらっしゃるのか存じませんが少々取り込んでおります。

聖女様を巻き込みたくないので、ここから離れていただきたいのですけれど」

「リディアーヌ様、これは誘われていると思ってもいいんでしょうか?」

「・・・何を言っているのですか?」

「だって、繁みに隠れて、小声で会話をするって、逢引っぽいじゃないですか」

「わたくしの話を聞いていましたか?」

「いえ、聞いていませんでした。

リディアーヌ様に木陰に連れ込まれて、これから何が起きるんだろうとドキドキしてしまって」

「何も起きません」


私は眉間にしわを寄せ、聖女の戯言をバッサリと切り捨てた


「もう一度言います。

聖女様、すぐにここから離れて下さい。

面倒な事に巻き込まれかねませんから」


先ほど遠くに去って行ったエレーヌの声がまた聞こえてきた。

誰か訴える人を見つけたらしい。


「大丈夫です、リディアーヌ様。

状況は分かっていますから。

リディアーヌ様こそ、ここにいて下さいね。

私があの人達を蹴散らして来ます」

「え、それはどういう・・」

「オズ、リディアーヌ様達をお願いしますね」


聖女は私の後ろに声をかけた。

振り向くと、後ろにオズウェルがいた。


ここにいるという事は、私の後をつけていたって事だろうか?

少なくとも、エレーヌとの会話は全て聞かれていると思った方がいいだろう。


「では、行ってきます」

「あ、待って下さい、聖女様」


聖女は私の制止を聞かずに走って行ってしまう。

私も後を追おうと思ったが、透明な壁に阻まれた。

聖女が張った結界のようだ。


「なぜ、結界なんて」


ペシペシと透明なそれを叩く。

どこかに切れ目はないかと触っていると、後ろから声がした。


「ユーリが任せろと言っているんだから、任せておけばいいだろ。

あのエレーヌという女には俺たちも迷惑しているし、いい機会だ」

「迷惑?」

「ああ」


オズウェル曰く、エレーヌ達は聖女一行がこの城に滞在するようになってからずっと、ジェラルドやヒューに付き纏っている。

さすがに部屋まで押しかける事はないが、結構な頻度で待ち伏せをされていて、その度に必要以上に近付かれて迷惑しているらしい。

それと、会う度に聖女に嫌味や不躾な視線を向けるのも我慢ならないと言った。


さっきまで、エレーヌは純粋に勇者を思うが故に、私の事が許せないというような感じで私を責めていたが。

はて?

エレーヌは悪役として私よりも熱心に働いているようだ。

それなら、是非とも役割を交換して欲しい。

その際に今回の役どころを説明して、色気と話術で迫るように説得しよう。


そんな事を考えていると、頭の上に何かが落ちてきた。


「くっ」


衝撃を受けた頭を抑える。

一瞬、怯えたうさぎが見えた気がする。

女神様の、馬鹿な事を考えるなという警告らしい。


「どうした? 何かあったか?」

「いえ、何でもありません」

「ただいま帰りましたー」


機嫌の良さそうな聖女の声が割って入る。


「おう、おかえり。どうだった?」

「ふふん、聞いてくださいよ」


誇らしげな顔をする聖女。


「あの人、プライドが高そうじゃないですか。

だから、そこを刺激して怒らせたら案の定、さっきのリディアーヌ様の時と同じように扇で叩かれました」

「っ」


私は息を飲んだ。

それに気付いたのか、聖女は私に向かってにこりと笑う。


「あ、大丈夫ですよ。私は丈夫ですから。

それで、その事をネタに脅しておきました。

今度、私達やリディアーヌ様に近付いたら、この事をばらすって。

自分がどんなにまずい事をしたのか分かったみたいですよ。

青い顔をして、走って逃げましたから」

「お前な」


オズウェルが呆れた顔をする。

若干怒りも入っているようだ。


「あの女に突きつけるのは、リディアーヌ姫を叩こうとしたのを見たって事のはずだろ?

何でお前が叩かれるんだ」

「だって、その方が決定的でしょう?

証人もいたし、これであの人もしばらく大人しくしているんじゃないですかね?」

「あのな、俺はお前の事を信用しているが、これは別だぞ。

お前が傷つくと知っていたら行かせなかった」

「だから、傷なんてついていませんって。

私が丈夫なのは、オズも知っているでしょう?」

「・・・サムやノアがいなくてよかった。

奴らに知られたら、あの令嬢、大変な事になるぞ」

「黙っておいて下さいね」

「もうやるなよ」

「たぶん?」


二人の会話を黙って聞く。

二人は軽く話しているが、これは本当に大変な事だ。

友好のためにブランシェを訪れている聖女に、そのブランシェの侯爵令嬢が暴力を働いたのだから。


私は聖女に頭を下げた。


「聖女様、申し訳ございません。

我が国の者がご無礼を働きました事、心よりお詫び申し上げます」

「堅いですよぅ。頭を上げてください、リディアーヌ様」


聖女は私の側まで来ると、私の両手を握った。


「さっきも言ったでしょう、私はわざとあの人を怒らせて、そうなるように仕向けたんです。

謝られる事ではありません。

それに私の頑丈さはリディアーヌ様も知っているでしょう。

あんな非力な女性に叩かれたって、傷一つつかないんです」

「けれど、傷がつかないと言っても、痛かったでしょう?」


確かに、顔には叩かれた後も、赤くなっている場所もない。

けれど、叩かれたら痛いはずだ。

そう仕向けさせてしまった事が申し訳ない。


そう真面目に思っていたのだが、次の聖女の言葉に、その気持ちも吹っ飛んだ。


「じゃあ、じゃあ、それを上書きする為に、リディアーヌ様に平手打ちしてもらってもいいですか?

跪いた私を冷淡に見下ろしてから、バシッと」

「・・・・・」


忘れていた。

この人、痛いのが好きだった。


「ついでに役立たずの豚め! とか言ってもらえたら、ゾクゾクします」


私は、聖女の手を振り払って後ずさった。

乱暴に手を振り払われたのも嬉しいらしい。

笑みを深めるものだから、ドン引きした。

ドン引きしているのは私だけではなかった。


「ゆ、ユーリ?

何を言ってるんだ?」


しかし、 聖女はオズウェルの言葉を無視した。


「リディアーヌ様、さあ、気合の入った一撃を下さい」

「いえ、遠慮します」

「遠慮なさらず」


ジリジリと後ずさる私。それに迫る聖女。


「ユーリ、落ち着け! 一体どうした!

さっきの控えの間でも変だったが、今はそれの比ではないほどおかしいぞ」


オズウェルが聖女と私の間に入り、聖女の肩を掴んで説得する。


「おかしくなんてありません!

恋は人をおかしくするものです。

だから私はすこぶる正常です!」

「おまっ、なにを言ってるんだ!

言ってる事もおかしいだろうが!

それに恋だと!?」

「私はリディアーヌ様に運命を感じました!

ビビビッときたんです!」

「ビビビッてなんだ、ビビビッって。

リディアーヌ姫は女だぞ!

お前、女を好きになったって言うのか!」

「はい! 私は女性が大好きです!

特にリディアーヌ様が!」

「なっ」


オズウェルは聖女の告白を聞いて絶句する。

聖女は自分の肩に乗るオズウェルの手をそっと外した。


「オズ、保留にしていた返事をします。

私はあなたの恋人にはなれません。

私は運命の人に出会ったんです」

「リディアーヌ姫が?」

「はい、運命の人です。

私は彼女と結婚します!」


聖女は生き生きとした目で宣言する。

逆に死んだような目をしたオズウェルが私の方に顔を向けた。

私は力一杯首を振る。


私は聖女との結婚なんて、了承していません!

色々と問題があり過ぎです!


人生で一番というぐらいに首を振っていると、オズウェルは聖女に向き直った。


「姫は否定している」

「これから口説き落とします!」

「・・・・」


オズウェルの眉間にグググっと深い皺が寄った。

上唇の片方がめくり上がる。

怒っているらしい。


「俺は認めないぞ。

この女と結婚するなんて。

女だぞ、女。

お前、おかしいぞ!」


いや、聖女は実は男なので、普通です。

それに女同士だとしても、真っ向から人の気持ちを否定するのは良くないぞ、オズウェル。

まずは話し合おう。


「何がおかしいって言うんですか!」

「俺は認めないからな。

こんな性悪女、お前に相応しくない!」

「オズ! リディアーヌ様をそんな風に言わないで下さい!

リディアーヌ様は優しい人です!」

「騙されてんだよ!

やっぱり俺はあの女の事は信じないぞ。

何が純情だ、そんなのは演技だったんだろ!?

お前も弄ばれて捨てられるぞ!

その時泣くのはお前なんだからな!」


お前もってなんだ。も、って。

見て来たように言うのが嫌な感じ。


「ヒューさんなんか、早速あの女の罠に掛かって、鼻血吹いて逃げて行ったんだからな!

あの人ちょろ過ぎんだよ!」

「オズウェル様!」


私は堪らずに口を挟んだ。


「その事はなかった事にしてくださるはずでしょう」

「うるせーよ! 話の邪魔だ、性悪腹黒女!」


オズウェルは私を見ずに吐き捨てた。


性悪腹黒女・・・。

面と向かって、ここまではっきりと暴言を吐かれたのは初めてかも知れない。

しばし呆然としていると、聖女がオズウェルを吹き飛ばした。


「リディアーヌ様に向かって何て事を! 成敗!」


さらに何かをしようとしている聖女を慌てて止める。


「聖女様、おやめ下さい!」

「いいえ、止めません!

堪忍袋の尾が切れました。

痛い目を見て反省すればいいんです!

オズは噂で人を判断して、ずっとリディアーヌ様に敵意を向けていたんですよ!

サムやノアも同じですけど、まずはオズを血祭りに上げて反省させます!」


ぎゃーー! 血祭り、ダメーー!!

ジェラルド以下聖女の仲間を誘惑して、聖女と彼らの間に溝を作る役目だけれど、これはなんか違う!


「聖女様、おやめ下さい!

わたくしは気にしていませんから」

「リディアーヌ様が許しても私は許しません!

絶対に泣かす!」

「泣かせてはいけませんー!」


聖女と私の攻防は続いた。

結構大きな声を出していたのに誰も来ないのが不思議だと思っていたら、聖女が私たちの周りに結界を張って、周囲と遮断していたらしい。

そのせいで私を見つけられなかったポリーヌは、私に何かあったのではないかと慌て、ヴィクトルに報告したらしい。

城内に戻った私は待ち構えていたヴィクトルから雷を落とされたのだった。




お読みいただきありがとうございます。

とってもお待たせして、申し訳ありませんでした。




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