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元魔王(偽)で公爵令嬢リディアーヌの冒険  作者: 星乃 夜一
嫌われ公爵令嬢再び!? 対聖女
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第十八話

章の終わりです。長いです。変態注意。

私は聖女を見ながら後ずさる。

頭の中は混乱していた。


聖女が男。

男性。

これってどういう事?

聖女なんだから、女って付くんだから女性じゃないの?

なんで男?


聖女って王子や騎士達や魔法使いと恋愛物語を紡ぐのでしょ?

男同士の物語なの?

勇者は男が好きなの?


どうなってるの、女神様ー!!


呼びかけるも女神様から返事はない。

どうすればいいの、この状況。

見ない振り? そうね。気づかなかった事にしよう。そうしよう。


聖女を見れば真剣な顔をしている。

聖女は一歩一歩こちらに歩いてきた。


「リディアーヌ様。

私はこちらでは性別を偽っています。

それは聖女としてこちらの世界に呼ばれたからです」

「そ、そうですか。それは大変ですね。

他の方は知っていらっしゃるの?

ジェラルド様方は?」


私は後ずさりながら質問をする。

止まって、こっちに来ないで!


「王子は気付いています。

他に身の回りの世話をしてくれる何人かの人とか。

このドレスを作ってもらうのにサイズを測るでしょう?」


聖女はそう言って真っ平らな胸を撫でた。

私は先ほどの感触を思い出して、なんともいえない気分になる。

性別を偽るのなら胸に何かを仕込んだらいいのではないだろうか。

そうすれば私だって気付かずに済んだのに。


私が思ったことがばれたのか、聖女はくすっと笑った。


「胸に何か入れておけって思っています?

触らなければ気付きませんよ。

聖女である私の胸を撫でたのはリディアーヌ様だけです」

「っ!」


そういう事言う?

わざわざ言う?

男だど信じられなくて、じっくり触ってしまったけれど。

私は動揺しそうになるのを取り澄まして抑えた。


「他の人達は、多分知りません。

ヒューさんやサミュエル達も私の事を女だと思っていますから」

「そう。

それならわたくしも誰にも言いませんので安心なさって」

「ありがとうございます」


話しながらも聖女は歩みを止めない。

納得したのなら、下がってよ!

後ずさるうちに壁に到達してしまった。

後は横移動しかない。

しかし横移動では距離を稼げない。


私は手を前に突き出して、聖女を牽制した。


「ユーリ様、お止まり下さい。

それ以上、こちらには来られないで」


聖女はその場で止まった。

よかった、話の分かる人で。

勇者なら止まらない。人の話を聞かないから。


「ユーリ様、申し訳ないのですけれど、お話の続きは後日にしていただけませんか?」

「今、聞いてほしいんです」

「もう夜も遅いですし。

わたくしも聖女様をお迎えできる状態ではありませんでした。

反省しております。

ですから明日の午後、またお会いしましょう」


聖女は私の格好を上から下まで見る。

見るな。

私はそっと右腕を胸の前に持ってきて、体を隠した。


「このままで結構です。明日まで待てません」


結構じゃないって!

聖女が男と分かったからには、この姿ではいられない。

聖女を吹っ飛ばした時にショールを落としてしまったので、纏っているのは夜着一枚。

いくらなんでもこれはまずい。


「ユーリ様、わたくしが構います。

わたくしは婚前の身。

対外的には女性といえど、あなたと二人きりというわけにはまいりません」

「婚前・・・、勇者との結婚前ということですか?」

「そうです。わたくしはセルジュ様と婚約をしております」


言ってて、どうだろうと自分で突っ込む。

婚約を解消するつもりなのだから、あまり意味のない返し方だ。


「なぜ、勇者と婚約をしたのですか?

勇者は平民だと聞いています。

あなたと勇者では身分が違うんじゃないですか?」

「身分は確かに違いますが、彼は勇者として皆に認められています」

「あなたは?」

「え?」

「あなたは勇者を認めているのですか?

勇者を愛しているのですか?」

「・・・・・」


痛いところを突かれた。

私は聖女の言葉に答える事が出来ない。

私の中の気持ちは今ぐちゃぐちゃで整理が出来ていない。

勇者と亡くなった婚約者フランシス王子、国と私自身の幸せ。

まだ、答えは出ない。


答えないことをどう受け取ったのか、聖女は微笑んだ。


「よかった。それなら私にもチャンスがありますね」

「?」

「あなたの事が好きです!」

「ええ?」

「初恋なんです!

あなたの事が好きなんです。我慢できないんです!」


聖女の勢いに押されて、私は言葉に詰まる。

好きって、我慢出来ないって、私達は昨日会ったばかりだ。

聖女は思い込みが激しいらしい。


「勇者はやめて私にして下さい。

勇者はメイユールでは色々な女性に手を出していた不誠実な男です。

私ならそんな事はしません。

私にして下さい!」


いやいや、私にしてって言われても。

聖女は異世界の人間だ。

いずれ元の世界に帰る人。私とは住む世界が違う人だ。

それと、何か聞き捨てならない事も言ったようだが、それは今は置いておこう。

聖女は随分頭に血が昇っているようだ。

落ち着かせなければ。

もう一杯お茶を飲ませるか。


テーブルの方に目をやったら、聖女が足を踏み出した。

私は慌てて止める。


「お待ち下さい、ユーリ様」

「昨日頬に触れられて、あなたの体温を感じた。

もっとあなたに触れられたいんです。触れたいんです。

あなたに溺れたい」


わあーー。言う事が危なくなってきた。

聖女、初恋という割りにはぐいぐいくるね。


制止したにも関わらず、聖女は近付く。


私は壁をノックする様に叩いた。

侍女への合図だ。

この叩き方をしたら、侍女が何食わぬ顔で部屋に入り、相手との会話を邪魔する事になっている。

しかし、待ってもポリーヌがやってくる気配はなかった。

どうしたのだろう。


眼前には聖女。

私は仕方なく覚悟を決めた。


「ユーリ様、それ以上こちらに来ないで下さい。

わたくしの先ほどの力をお忘れですか?

あなたを吹き飛ばす力がわたくしにはあるのよ」


聖女を睨みつけながら言うと、聖女はふっと笑った。


「確かにさっきはびっくりしました。

随分力持ちですね、リディアーヌ様」

「そう思うのなら引いて下さい。怪我をしますよ」

「魔力を使って力を上乗せしたのですね。

あなたからあんなに力強い一撃をもらうとは思いませんでした。

感激しました!」

「・・・感激、ですか?」


聖女が意味の分からない事を言い出した。


「なぜ感激したのですか?

わたくしは暴力を振るったのです。

怒って然るべきだと思うのですが」

「いえ、怒るだなんてとんでもない。

あなたに突き飛ばされた瞬間に感じたんです!

これだ、と」

「・・・・・」


本気で意味が分からない。

突き飛ばされても怒らないで、その瞬間にこれだ、と感じたの?

どれ?


「私の気持ちをわかってもらえませんか?」

「ええ、申し訳ないのですが、あなたの仰る事はわたくしにはとても・・・」


混乱しているうちに聖女は目の前にいた。

横に移動しようとしたら、壁に手を置かれて、塞がれた。

顔が近付いてきたので、私は聖女の肩を押し返す。


「リディアーヌ様・・」


聖女は引かない。私は仕方なく、また聖女を突き飛ばした。


「くっ」


聖女の息が詰まる声が聞こえ、床に倒れる音が響く。

しかし、聖女は何事もなかった様にむくりと起き上がり、恍惚とした表情を浮かべた。


「リディアーヌ様、私はこれを求めていたんです!

今まで満たされなかった気持ちが満たされる、幸せです!

もっとお願いします!」


聖女の懇願に、私は顔を引きつらせた。


「ゆ、ユーリ様? 痛かったでしょう?」

「はい、痛いです。もっと痛くして下さい!」


聖女は笑顔で言い放った。


「・・・・・」


聖女の言葉が理解出来ない。

なぜ、うっとりとした顔をしているのだろうか。

理解出来ないけれど、怖い。

この人、多分危ない人だ。


「リディアーヌ様、どうか、その白く美しい手で、私の頬を思いっきり叩いて下さい!」

「・・・・叩かれたら、痛いでしょう?」

「あなたから与えられた痛みは快感に変わります!

むしろ、ご褒美です!!」


目をくわっと見開き、手を握りしめ、叫ぶ様に言う聖女。

私はさらに後ずさろうとして、壁にぶつかった。


無理! 私には無理!

この人をいじめるのは無理!

陰でだろうと、表でだろうと、絶対無理!


私は顔を引きつらせた。

逃げよう。

そうしよう。


扉をちらっと見ると、聖女は私の意図に気付いた様だ。

塞ぐ様に数歩そちらに移動した。

目敏い。頭の中はどこか違う世界に行っている癖に!


「ユーリ様、そのまま退出なさって下さい。

わたくしはあなたの想いに応えられません」

「応えてくれるまで出て行きません。

あなたの所為で目覚めてしまったんだから責任を取って下さい」


目覚めたって何よ? 責任ってなんで?

聖女の言う事は分からないことだらけだ。


聖女は笑っている。

ものすっごく怖い。

また一歩近付いたので、迎撃の為に手に魔力を込めたら、聖女はニタリと笑った。

美人が台無し! 清廉さはどこに行ったの!


「ユーリ様、退出なさって下さい。これが最後の通告です。

退出なさらなければ護衛を呼びます」

「護衛ですか」


聖女はふっと笑みを浮かべた。


「無理ですよ。誰も来ない。

おかしいと思いませんか?

あなたは先ほど、一瞬とはいえ大きな力を使ったのに誰もこない。

音が漏れないように結界を張っていたんです。

だから誰も魔力を察知出来なかったし、呼んでも誰も来ません」


私はその言葉に目を見開く。


「結界・・気が付かなかったわ」

「聖女の力は魔法とは違うらしいですよ。

ですからあなたが結界を解くことは出来ません。

あなたがどんなに強い魔力を持っていてもね」


余裕の笑みを浮かべる聖女。

その綺麗な顔になんだかイラっとする。


「わたくしがあなたを殴って気絶させれば、結界は消えるのでは?」

「そうですね。多分消えます。

でも私を気絶させる事が出来ますか?

私は女神様の守りのおかげで、ちょっとぐらいの事では傷も付きませんよ。

昼間勇者に吹っ飛ばされた時だって、今だって、私は無傷です」

「そんな事が・・」


私はまじまじと聖女の体をみた。

顔、体、腕、足、本当に怪我をしている様子はない。


一通り見て、また聖女の顔に視線を戻すと、聖女は顔を赤らめていた。

照れた様に上目遣いで私を見る。


「そんなにじっくり見られると照れます」

「じっくりなんて、見ていません!」


私は聖女のふざけた物言いにイラっとして、つい反射で答えた。

相手をしてはいけないと思うのだが、言わずにはいられない。


「見ていたじゃないですか。

脱ぎましょうか? もっと見ます?」

「なっ!」


私は言葉を詰まらせた。顔が赤らむのを感じる。


「なっ、なんという事を仰るの!?

ユーリ様、はしたないわ、そんな事を仰らないで」

「でも、脱がなきゃ怪我をしているか分からないでしょう?」

「そういう問題ではありません!」

「リディアーヌ様、遠慮しないでいいですよ」

「遠慮ではありません!

ユーリ様、お黙り下さい! これ以上は許しません!」


自分の声が震えているのが分かる。

これでは説得力がないと思っていたが、聖女は違う風に取ったらしい。

恍惚とした表情を浮かべる。


「頬を染めて震えながら私を罵る美女。

しかも涙目。ーーくうっ、萌えます」

「・・・・」


また意味の分からない単語が出てきたが、多分意味は知らない方がいいと思う。

どうしよう、話が通じない。

私の魔力を抑えているブレスレットを外せば、聖女を部屋の外まで吹っ飛ばすことも出来るかもしれないが、魔法を使うなと言われて訓練などしていない私は、魔力の制御が下手だ。

封じられている力は膨大で、暴走すれば部屋が吹き飛ぶ。


ブレスレットを外すか逡巡していると、扉がノックされる音がした。

扉を見てから聖女を見る。

音を遮断しているのではなかったのか。

聖女は肩を竦めた。


「内の音を漏らさない様に結界を張ったので、外の音は聞こえるんです」


もう一度ノックの音。

次いで声が聞こえた。


「リディアーヌ」


勇者の声だ。


「セ・・」


規格外な勇者なら、声が聞こえるのではないかと、呼ぼうとして、私はすぐに口を閉じた。

今の自分の状況を確認する。

夜に、夜着で、男と二人きり。

駄目だ。

勇者に知られたら魔王降臨。

怖ろしい。


しかし待てよ。

勇者は聖女を女性だと思っているのだし、今はもう勇者の心は私にはない。

別に何も気にすることはないのではないだろうか。


「ユーリ様、多分セルジュ様なら結界の外でも私達の声が聞こえるでしょう。

今のうちに引いていただけませんか?」

「ええー。せっかくいいところなのに」


聖女は不満の声を上げる。

あなたはいいところでも、私は全然よくありません!


「明日また来てもいいですか?」

「絶対、嫌です!」


もう金輪際、聖女と話す気はない。

ましてや部屋に招くなど。


「じゃあ、引きません。

どうせ勇者には聞こえませんよ。

私の結界は完璧・・」


聖女の言葉はドガっという音に遮られた。

そちらを見れば、両開きの扉が廊下側に消えている。

扉のなくなった入り口から勇者が入ってきた。


勇者は私達を見て止まる。

見開いた勇者の青い目が細まると同時に、冷気とともに禍々しい黒いオーラが立ち昇った。


わあ! 魔王が降臨した!

なぜ!?

しかもいつもよりすごい! 黒いオーラって、この人本当に勇者なの!?


地獄の底から響くような低い声が勇者から漏れる。


「聖女の声がリディアーヌの部屋からするから開けて見れば・・・」


やはり聞こえている。

さすが勇者、規格外!

しかし扉を壊すことはないと思う。しかも両側ともなんて。


「聖女、なぜここにいる? 誰に断ってここに入った?」


ここは私の部屋ですよー。

あなたの許可がいる様な言い方はやめてー。


聖女は蛇に睨まれた蛙の様に動かない。

魔王状態の勇者を初めて見たのだろう。

初めての人は皆驚く。

なぜ魔王がここに!って思ってしまう。

勇者が聖女一行に魔王認定されたらどうしよう。

私は意を決意し、勇者に問いかけた。


「セルジュ様、どうなさったの?」


聖女を射殺しそうな目で睨みつけている勇者が暗い目をこちらに向けた。

怖っ! 魔王怖い。


たじろいでいると、勇者はこちらへ歩を進めた。

途中にいた聖女は片手で吹き飛ばす。

聖女は凄い勢いで飛んでいき、壁にめり込んだ。

流石にあれは痛いのではないだろうか。

勇者、聖女への仕打ちとしてこれはどうかと。

あ! 聖女は痛い事が好きだと言うから、これは愛情表現かしら?


私の目の前まで来ると、勇者は壁に手を付き、私に顔を近付けた。


「何をしていた?」

「何をって話を」

「部屋に結界を張ってか?」

「結界が貼られているのが分かったのですか?」

「ああ、ノックしても返事がないから転移しようと思ったら出来なかったから」

「・・・・」


ノックをして返事がなかったら諦めましょう!

勇者には何回も何回も言っているけれど、人の部屋に勝手に入っては駄目だから!


「セルジュ様、いつも言っていますけれど・・」

「説教は後で聞く。

それより、リディアーヌ。

こんな格好で聖女と部屋で二人きり。何をしていた?」


黒いオーラがユラユラと揺らめく。

勇者の金髪が風もないのに揺れている。

美貌を凍り付かせ、暗い目で私を見下ろす。


そんなに怒る事なんてしていませんけど。

聖女と二人で居たのがいけないの?

でも私は悪くないと思うわ。

ここは私の部屋よ。聖女が私の部屋に来たのだもの。

私が、振られた腹いせに聖女に危害を加えるとでも?

確かにそのうちいじめるつもりだったけど、どっちかというと、さっきは私がいじめられていたと思う。


私の反抗的な意思に気付いたのか勇者は眉を顰める。


「リディアーヌ」

「セルジュ様、わたくしが何をしていたと仰りたいの?」

「あいつと」

「あいつ? ユーリ様?」

「そのユーリとあなたが仲良くするのは嫌だ」

「・・・・」


これは元婚約者と想い人が仲良くしていると、口説きにくいということかしら?

勇者はじっと私を見下ろす。

勇者は真剣だ。

私はその目を見返した。

青い瞳に私が映る。


「ユーリ様とは仲良くしません。

安心なさって」

「そうか」


勇者はほっとした様に息を付く。

まるで、私の輪郭を確かめる様に私の肩から腕にかけて、そっと撫でた。


「リディアーヌ、あなたは俺の婚約者だ」

「そうね」


今はね。


「他の奴にこんな格好を見せるな。

他の奴を部屋に入れるな」


そう言われても。

聖女は女性だと思っていたのだから仕方がない。


「男も女も入れるな、俺以外」


また無茶な事を言う。

女性の出入りを禁止したら、侍女も入れないではないか。


「リディアーヌ、お願いだ。

俺だけを見てくれ。俺だけを」


だから無理だって。

そんな切なそうな声で、顔で、言わないでよ。

聖女に心変わりをしたのでしょう?


勇者の手が私の頬を撫でる。そしてーー


ばしーんという音と共に勇者の頭が揺れた。

何事!?

驚きに私は目を見開く。

勇者は舌打ちすると、ゆっくりと体ごと振り返った。


そこには聖女。手には光っている棒。

実体のない力の塊に見える。


「リディアーヌ様を解放しなさい、勇者。

嫌がる人に無理強いはよくないですよ!」


あなたが言う!?

私は胸中で突っ込んだ。


「リディアーヌは嫌がってなど」

「嫌がってます。リディアーヌ様はあなたなんて、何とも思っていないんですから。

政略で婚約をしているんでしょう?」


聖女の言葉に勇者は傷付いた顔を見せた。

勇者は私を見下ろす。

私が聖女にそう話したと思ったのかもしれない。


「セルジュ様」

「あなたにリディアーヌ様は渡しません。

私はリディアーヌ様が好きです。

あなたから奪ってみせます」


堂々と宣言する聖女。

勇者は鼻白んだ。


「なんだと? ふざけるな!」


勇者が声を荒げる。声と同時に無意識にだろうが魔力も放った。

魔法として形になっていない力だが、カップや花瓶を吹き飛ばし、聖女もその力に少し押された。

聖女は乱れてしまった髪を直し、勇者を見る。


「ふざけてなどいません。

あなたみたいな人はリディアーヌ様に相応しくない!」


聖女はビシッと勇者に指を突き付けた。

初めて魔王状態の勇者を見たショックはもうないようだ。

あの勇者を見た後に勇者に喧嘩を売った人を初めて見た。


勇者からまた冷気が発せられる。

私は慌てて止めた。


「セルジュ様、落ち着いて下さい。

ユーリ様ももうやめて下さい」


懇願すると、勇者は冷気を収めた。

聖女も勇者に突き付けていた手を下ろす。


「分かりました。あなたに免じて今日のところは引きます。

リディアーヌ様、あなたが与えてくれた愛を胸に今日は休みます。

また明日」


聖女は言うや否や、魔法陣を発動させ、消えた。

勇者は私の肩をがばっと掴む。


「愛を与えたってどういう事だ!?」


聖女の余計な言葉の所為で、せっかくいなくなった魔王が、また姿を現した。

部屋の温度がぐっと下がる。


「まさか、あいつに口付けを・・」

「違います!!」


何を言っているのだ。

発想が突飛すぎる。

しかし考えてみればこれから私が言うことの方が普通ではない。


「ユーリ様は痛い事が嬉しいのですって。

わたくしが突き飛ばした事に感激していたようでした」

「・・・・」


私は感情を込めず、淡々と伝える。

さすがに、『痛みが快感なんです』と言われたなんて、勇者には言えない。

しかし何かを感じ取ったのか、勇者は押し黙った後、ポツリと呟いた。


「二度とあいつがリディアーヌの前に姿を見せない様に潰してくる」


なっ、何を言っているの!

相手は聖女だ。潰したら国際問題に!


勇者もすぐに魔法陣を発動し消えたので、止める暇がなかった。


どうしよう。

私はその場に呆然と佇む。


扉のところでずっと中を伺っていたオルガが私の横に来た。

何も言えないでいる私に、オルガは呑気な声で酷い事を言う。


「あんた、聖女まで落としたの。

恐ろしい子だねえ。男も女も関係ないんだね。

あたしも気をつけなきゃ。

あんたの毒牙にかからない様に」

「・・・・」


違います!!

聖女は男なので、少なくとも女性を落とした事なんてないです!!


とは、口に出せなかった。女神様の呪いの所為で。


それよりも誰か勇者を止めて!

逃げて、聖女ーー!!



✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



朝になっても、二人は戻って来なかった。

私は礼拝堂で二人が無事に戻る事を祈っていた。


祈りつつも、色々な事を考えてしまい、二人が戻った時には寝不足の上に疲労困憊。

二人して私の前に現れて、また何か言っているが聞き流して自室へと戻った。

魔法によって直された扉を閉じる前に、これだけは言っておく。


二人とも、私の部屋には出入り禁止だから!!



お読みいただきありがとうございます。

「嫌われ公爵令嬢再び!? 対聖女」の章、終了です。

次は何話かリディアーヌ以外の人の視点で話を書いて、またしばらく休みます。

ありがとうございました!

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