ずれたピント
着せられる方も着せる方も慣れているせいか実に着つけの時間が早い。
「すみません。ちょっと胸元直すので多少触れますけど、構いませんか?」
「あ。はーい」
下心だらけの義弟君こと愛君とは対照的に、神月君は仕事をする全うな態度なので、こういった事も抵抗感は無いに等しい。
多少はためらえよと言われそうだが、もうそんな初な年ごろをとっくに過ぎているので別に良いだろう。
普段着る上ではつけない重ね襟なんかもつけているため、全身を映す姿見が無いこの部屋では、私一人の手で着物を整えると手抜きになりかねないので仕方もない事だし。
「はい。こんな感じです、かね?」
見える範囲で着つけられた着物姿の自分を見て、思わず「おお!」と声をあげる。
元々地肌が白いためか、紺青色の着物というのはよく映えて見える。
別に自分は美人じゃないが、着物の効果でちょっと美人に見えるくらいに自分に似あう着物だと思えた。
「いやはや、やっぱり持ってきたかいがありましたー。姿勢も良いし色合いも肌の色に合っているので、予想以上にお見事な姿です。眼福眼福」
にこにこと嬉しそうな表情でしげしげとこちらを見ている神月君。
なにがどうしてそんなに嬉しくなっているのかさっぱりだが、まあ細かいところを気にしても意味が無いだろうと結論付けて振り返る。
「で。着たはいいですが、それでどうするんです?」
「レッツ写真撮影~」
「い、いえ~い?」
まさかの軽いノリで返されたので思わず便乗してしまった。
愛君は義弟といっても私と同い年。その彼より年上という神月君は、つまり私よりも年上ということなわけで、そんな年上男性のうきうきした表情と態度がやけに子どもじみて見えて、正直やや心境は複雑だ。
「えっと。何故写真撮影を今からする事になったんでしょう?」
「あ。着物着てもらえると思って浮かれてました。失礼しました」
「いえいえそんなお気になさらず」
「実はですね」
そう語りはじめた内容はこうだった。
「義姉さんの着物姿がみたいんだ」
「そこは先輩に同意です」
「たとえ我が愛娘と一緒に写す事が叶わないとしても、着物姿は是非写真に収めたいものだ」
「あれ、先輩。奥さんも一緒に撮らないんですか?」
「へっぽこな嫁など何時でも撮れるから気にする必要性は一切ない!」
「先輩……」
姪っ子のレンちゃんの着物を揃えることにした日から暫くの間に、どうやらそんなやりとりが二人の間であったそうだ。
本当は一緒に参拝に行くのがベストだと思うのだが、休日出社となるとなかなか早くには帰ってこない事を知っている愛君は、ならばと思い立ったのが、着物姿を写真に収めるだけ納めてしまおうという、わかるようでわからない、いわゆるピントがどっかずれている結論に居たり、そしてその結果がこの着物を来た私だということである。
「実は僕もどうしても真さんに着物を着て欲しかったので、先輩の変態的な事情はさておき、今回ご協力させていただいた次第です」
あ、やっぱり彼から見ても愛君はそう言う風に映るんですね。
案外ずばっと言う性格なのか、遠慮がないところが意外と愛君と相性がいいのかもしれない。
しかしやっぱり、どうしてか神月君の言葉の端々から察するに、彼は私のことを以前から知っているような口ぶりだなと感じる。
どういうことなんだろうか?
「その事なんだけど……」
尋ねようと思った所で、部屋の扉が勢い良く開いた。
「義姉さん。準備は万全ですか? 万全ですね。さあ、私にその帯をほど――――」
「はいはい先輩どうどう。写真撮影するんですよね? 落ち着いて落ち着いて」
素早く私と愛君の間に割って入って愛君の進行を阻止した神月君に私は救われた。
愛君はあれなんだ。
基本的にすべての行動が有言実行だから本気で何をしでかすかわからないところが怖い。
最近は貞操も結構危ういと思えるくらいに接触が激しくなってきていたので、神月君のような存在は大変ありがたいものである。
「あとちょっとだけ待っててくれる? 髪だけちょっとまとめちゃうから」
半ば神月君に引きずられるような格好で部屋を去っていった愛君を見送り、化粧台の前に座って簡単にだがそれなりに見栄えするように少し編みこみを入れたまとめ髪にする。
「そういや着物着た所を写真に写してもらったことって、最近なかったなあ」
ドタバタしていたので今の今まで気づかなかったが、成人式の時に着物姿を撮ってもらっていらい、着物での写真は撮ってもらった記憶が無いことに、本当にいまさらながら気づいたのだった。