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第9話 控室にて


 試合開始の合図。


 対戦相手のステラは、俺に向かって勢いよくダッシュしてきた。


「ちょ、ちょっと待てって! 女が相手なんて聞いてねえから」


「バーカ。問答無用じゃん?」


 ひらめくプリーツ・スカート。


 機敏な動作で木刀を振り下ろしてくる。


「やーッ!」


 ヤバ……


 肩袖に木刀がかすった。


 周りからはヒットしたと見えただろう。


「いいぞー!」


「やれー!」


 ファーストアタックに沸く会場。


 勝負はセコンドから手拭てぬぐいが放られるか、審判に止められるまでだ。


 仕方ない。


 何発か攻撃を受けて気絶したフリをしよう。


「ヤバぁ。コイツ全然よわよわじゃーんw」


 こちらがサンドバッグを決め込むと、ステラは二発、三発、四発、五発と木剣を打ち込んでくる。


 本当なら『身躱みかわし』ですべてかわすことができるのだが、それではあまりに不自然だから何発かは当たっておく。


 まあ、これくらいの攻撃力ならちょっと痛いくらいだ。


「どうしたのだ! 打て、打つのだアルト殿!」


 黙っているはずのナディアが妙にセコンドじみているけれど、彼女のタオル投入は期待できない。


「こらー! 情けないぞ!」


「女の子にやられっぱなしかよ」


「それでもトルティの息子かぁ!」


 さらに、見た目には単に俺がボコられているだけなので、会場には野次が飛び交うようになる。


 オヤジには悪いけど仕方ねーな。


 他でもないオヤジの『女は殴るんじゃねえ!』という暴力も辞さない教育の結果なのだ。


 そして、少女の剣を二十発ほどさばいてから、俺は「うわー……」とKOされたフリをする。


「そ、それまで!」


「ヤバぁ、こいつマジ萎えるわー。クソザコじゃーん」


 会場一斉のブーイングの中、少女剣士ステラはプリーツ・スカート型のアーマーをひらめかせながら俺を見下す。


「じゃ、師範。あとはコイツの面倒、ライオネのみんなでみてやってよ。ぷぷぷッ(笑)」


「かしこまりました。お嬢様」


 そう言って気絶したフリの俺を引きずり、四十男へ手渡すステラ。


 それを見た審判があわてて止めに入る。


「待ちなさい。彼をどこへ?」


「見てたでしょ。こいつマジ豆腐根性だから。叩きなおしてやった方がよくない?」


 すると、会場からは「そーだそーだ!」「やっちまえ!」という声が上がる。


 四十男は民意を背景にこう繋げた。


「……ククク、お嬢様の冗談ですよ。この男は医務室へ連れていくんです」


「ほ、本当だね?」


 審判は自分に罪が及ばない言質が取れると簡単に引き下がった。


 こうして気絶したフリをした俺は、四十男の手によって西ゲートの方へズルズルと引きずられていく。


 たぶん医務室へは行かないだろうなと思いながら。


「おう、おめえら。ちょっといいか」


 薄目を開けると、そこには強面こわもての男衆がたむろしていた。


 どうやらライオネ領サイドの控室まで引きずられてきたようだ。


「師範。お嬢はどうしたんすか?」


「勝利されたからな。まだ観客の拍手に答えているよ。それよりコイツだ」


「なんすかコイツ?」


「お嬢の試合相手さ。あんまり骨がねえから叩きなおしてやれってよ」


「ひゅー」


「さすがステラお嬢様だぜ! わかってるぅ」


 どうやらこいつら、敗者である俺を今一度ボコって楽しもうとしているらしい。


 ろくなもんじゃねえな。


「おら! いつまでのびてんだ……て、えっ?」


 気絶から覚まそうと頬を叩こうとした男の手を、実は気絶していない俺はパシっとつかんだ。


「……いいのか? 俺は男には容赦しねえぞ」


 とだけ宣言して、そいつのテンプルへ掌底をぶちかます。


「ぬわぁッ……!」


 男は白目をむいてその場に崩れた。


「くっ、こしゃくな!」


「やっちまえ!!」


 襲いかかってくる男たち。


 一人を天井へ蹴り飛ばし、一人を投げて壁に叩きつける。


「なッ!?」


「ひ、ひいイイ……」


「ひ、怯むな! 一斉にかかれ!」


 殺さないようにだけ気をつけねえとな。


 攻撃魔法はやめておこう。


 一人の髪の毛をつかみそのまま投げ、横から殴りかかってきた男の鼻っ面へ頭突きし、後ろからタックルに来た男の顎をつま先で蹴り上げる。


 まだ立てそうなヤツがいたので蹴る、蹴る、蹴る!


 そいつは泣いてしまったので、ヤメてあげた。


「う、うう……」


「……そんな」


 こうして、男衆はすべて俺の暴力により床へ転がった。


 残るは師範だけである。


「な、何者だ、キサマ……」


 よせばいいのに真剣を抜いてきた。


 それに構えだけであのふざけたお嬢様よりは強いのがわかる。


「チェエエイ……!!」


 念のため『身躱みかわし』を使った。


 身躱みかわしは、自分より戦闘能力値の低い相手であれば、その攻撃をすべて避けることができる。


 ……突き、か。


 わずかに身体をひねると、剣先は小脇を通過していった。


「なにィ……!?」


 敵の身体が前のめりで肝臓レバーが目の前に来たので、左フックで叩く。


「ば、バカな……こんなことが……」


 思ったよりタフだ。


 腹を抱えて頭が下にあったので、膝で顎を跳ね上げる。


「ッ……」


 師範はもう何も言わなくなった。


「あーあ、くだらねー」


 そうつぶやいて頭をかく。


 早いうちに退散するか。


 ちょうどそう思った時だ。


「え……何? 意味わかんないんだけど……??」


 アリーナから引き返して来たお嬢様と目が合ってしまったのである。


 唖然と開かれた口。


 チッ……ライオネにだけ警戒されても厄介だな。


 俺はため息をつくと、少女の背後の壁へドンッと手を突いて言う。


「誰にも言うな。オマエの父親にもだ」


 そう残して、俺はライオネ領サイドの控室から走り去って行くのだった。



 ◇ ◆ ◇



「ねえ、師範……どういうこと? 意味わかんないんだけど??」


 ステラはやっと目を覚ました師範にそう問いただした。


 他の門弟たちはまだ気を失ったままだ。


「ヤツです。私も含めて全員アルトにやられました」


「ありえないって。だってアイツはクソザコ……」


「いえ、ヤツは強い。強いなんてもんじゃない。まるで世界の仕組み上、なにか特別に優遇されているかのような。事実、私も一撃でやられたのです」


 師範はさすがにステラより強い。


 その師範がここまで言うのだから、彼女の混乱は深まるばかりだ。


「ちょっと待ってよ。さっき私がボコしたの見てたでしょ? だったらなんで全然やり返してこなかったの??」


「おそらく……」


 角刈り師範は苦虫を噛みしめるように続ける。


「それは、お嬢が女だからとしか……」


「……ッ!」


 女だから?


(そんな理由で何十発も殴られ続けたとか……)


 それも、気を失うまで。


――誰にも言うな。オマエの父親にもだ――


 ふと、ささやく彼の野性的な瞳を思い出した時、胸の中で赤い実が弾けた。


(あッ……♡)


 反射的にプリーツ・スカートの太ももがモジモジとせわしなく擦り合わされる。


 自分の身に何が起こったかわからない。


 心臓は聞こえるほど鼓動を打ち、息は乱れる。


「お嬢様?」


「ふ、ふん! なにアイツ。超ありえんし……♡♡」


 そう言ってツカツカと去って行く少女の頬は燃えるように紅潮していた。



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