第10話 戦争
王の間にて。
女王リゼッタは、先日の御前試合の褒美としてライオネ領主へ宝を下賜した。
絨毯に置かれた宝箱には鏡と宝剣が入っている。
「ありがたき幸せ!」
ライオネ領主は満足げに宝を拝領すると、恭しく退出した。
「はあ……」
王の間に静けさが戻ると、玉座のリゼッタは扇で口元を隠しながらため息をつく。
そう。
あのような御前試合、許すべきではなかった。
(どうしてこうなってしまうのでしょう……)
亡き父スレン三世から王位を継承したものの、いまだ諸侯の思惑に振り回されてばかりいる。
どうしても父のようにいかない。
そう思うたび、己の未熟さが胸に重くのしかかった。
「ナディア……」
リゼッタは顔を上げると、傍らに控えていた全身鎧の騎士へ静かに問いかけた。
「あのお方の具合はいかがでしょう?」
「アルト殿の……ダダリの新領主のことですか?」
「ええ。その、ずいぶんと一方的な試合でしたでしょう? どこか痛めていなければよいのですけれど」
そう言って長いまつ毛を伏せるリゼッタ女王。
「ならば心配にはおよびません。あれはわざと負けていたのです」
「わざと?」
思わず、リゼッタはきょとんと首をかしげる。
「わざと負けるだなんて……どうしてそんなことを?」
「わかりません。でもヤツは、闘技場で相手があらわれた途端、戦う意志をなくしたように見えました。事実、一撃も放っておりませぬ」
確かにそうだった。
でも、どうして?
先日、あれほどまでに嘲笑され、それを見返すチャンスでもあったはずなのに。
なんとしてもひと泡吹かせようとは思わなかったのだろうか?
その不可解さが、リゼッタの胸に小さな引っかかりを残す。
「ナディア。ダダリの新領主……アルト様についてなにかわかったらすぐに知らせなさい」
「はッ、かしこまりました」
◇ ◆ ◇ ◆
「こら! 荷物持ち!」
俺が大きなリュックを背負ってとぼとぼ歩いていると、スレン軍の兵が怒鳴りつけてきた。
「ぼさぼさすんな! 戦場はもうすぐそこだぞ!」
そう。
ステラとの御前試合で大敗を演じた俺は、戦争の司令官から「到底戦力にはならないだろう」という評価を受け、荷物持ちとして参加させられることになっていた。
一応は領地を預かる辺境爵なのだが、俺が女の子にボコボコにされた試合を見たからか、ヒラの兵士たちからも雑用扱いされる始末。
腹は減ったし、道のりは長い。
やれやれ、やってらんねーぜ。
「やっほー! アルトっち~!」
そんな時。
進軍の列をさかのぼって駆けてくるヤツが見えた。
栗色のポニーテールにスカート型の鎧。
先日試合をしたステラである。
「あれー? アルトっち。なんでこんなところで荷物持ちなんてやっているの? ちょーウケるんだけどw」
「お前のおかげでな。こういうことになった」
「えー、アタシのおかげ? ヤバぁ、照れんだけどぉー」
そう言って頬を赤らめるステラ。
皮肉を言っても通じないタイプか。
幸せなヤツだな。
「ところでアルトっち。お腹減ってない?」
「減ってるに決まってる。ずっと歩きどおしなんだぜ」
「だと思ったんだよー。ほら、アタシの作ったお弁当」
「え?」
ステラが手渡してくれたバスケットにはサンドイッチが入っていた。
「こ、これ。食っていいの?」
「ウケるーw いいに決まってんじゃん。はい、あーん」
ステラはサンドイッチを手に取り、俺の口へ突っ込んだ。
うっ……
「ウマー! 生きてきた中で一番うまい!」
「ヤバぁ、大げさすぎだしww じゃあいっぱい食べてね!」
俺はバスケットを受けとり、「サンキューな」と礼を言う。
「それからコレ。あとで読んで……」
すると、ステラは一枚の羊皮紙を手渡してくる。
折り畳まれて、中になにか書いてあるようだ。
「なんだこれ?」
「ダメー! あとで読んでって言ってるじゃーん」
「お、おう。そうか」
「じゃ、またね。アルトっち」
ステラは短いスカートをひらりと舞わせると走って戻っていった。
「なんだアイツ?」
俺はそんなふうにつぶやきながら羊皮紙を開く。
すると……
≪好きです。この戦争が終わったらデートしてください≫
そう書いてあった。
◇
古代竜の古戦場。
かつて二匹の伝説の古代竜が戦い、その莫大なエネルギーによって地盤が沈下し、土砂堆積によって湿地含みの平野が形成され、周囲に小高い丘陵が点在するような地形が残ったという。
平野部は東西に引き伸ばされたような形になっており、今、その各々の端と、丘の一部に、陣が敷かれている。
そう。
スレン王国とエリュシオン共和国との戦争が始まったのだ。
ワー! ワー! ワー!
戦争は、人の死ぬ運動会のようなものである。
ミニ関ケ原のような場所に両国が陣取り、兵が突撃しては引いてを繰り返す。
「槍だ! 早く持ってこい!」
「あ、はーい」
しかし俺は荷物持ちでの参加である。
戦いはやらせてもらえない。
そーっと戦線へ近づこうものなら、
「おい、荷物持ち! 危険だからキサマはさがっていろ!」
と軍曹にどやされた。
「ったく。ボサっとしやがって。死にてえのか?」
「軍曹、俺も戦わせてくれよ~」
俺は首根っこ掴まれながら訴える。
「ふん、弱いくせに生意気を言うな。それにキサマ、聞けば新婚だそうじゃないか。やすやすと嫁を未亡人にすんじゃねえ!」
そんなことを言い出したら兵士は結婚できないし、結婚している者は兵士になれないじゃん……とは思ったが、俺はこの軍曹をどうも嫌いになれなかった。
なんか怒鳴ってゲンコツはするがネチネチとした説教はしない体育教師のような感じがしてさ。
だから、しばらくは黙って荷物持ちをしていたのだけれども……
「まずい、撤退だー!」
「退けー! 退けー!」
どうもスレン王国に戦況が悪い。
開戦当初はスレン王国の総兵力は1万、敵兵力は8千ほどだったが、敵方に勢いがあり、今や兵力も逆転している。
このままじゃ負けちゃうじゃん。
「戦争というからには勝たなきゃウソだよな……」
『花クロ』では、《嫁ブースト》を受けたプレイヤーの個人戦力が戦争の勝敗を決定づけていた。
まあ、そういうゲームだったからね。
あの程度の相手なら、嫁「2」でもスレン王国を勝利に導くことは不可能じゃないはず。
――ちゅどーん……!!
そうこう考えていると、近くに大砲の弾が落ちた。
「退け―! 退け、退けー!!」
また撤退だ。
しかし、部隊は混乱している。
脱走には絶好の機会だった。
「おーい! 荷物持ちー! どこだー!(汗)」
背後に心配げな軍曹の声が聞こえる。
俺は、心の中で「ごめんな、軍曹」と謝りつつ、そーっと兵団から抜け出していくのだった。




