第8話 御前試合
「……ダダリの若造め。かかりおったな」
城下の宿舎に帰ってきたライオネ領主は、黒ひげをなでながら訓練所へ入った。
そして、ダミー人形の前で剣を振りポニーテールの栗毛を舞わせる愛娘に声をかける。
「ステラ。ちょっと来なさい」
「えー、何よパパ。今訓練中なんですけどぉ」
「……よいから来るのだ。悪い話ではないから」
娘は最近父に冷たく、それは大きな悩みのひとつなのだけれど、何とか連れて御前試合のことを話す。
「えー、マジでぇ? ヤバぁ!」
「うむ。この御前試合で力を見せれば、王都の騎士団に入ることもできるだろう」
「ちょっとちょっと、パパにしてはなかなかやるじゃーん」
言葉に棘があるような気がするが、喜ぶ娘を見て悪い気はしない。
「お前のことだ。大丈夫だとは思うが、必ず勝つのだぞ?」
「あはは! パパ、あいかわらず心配性なんだからー。大丈夫だって。任せなよ!」
ステラはそう言ってまた訓練所へ戻って行った。
娘のステラは女ながら師範に「十年に一人の逸材」と言わしめた剣の天才。
しかし、彼女はまだ16歳であり、世間はそれを知らない。
ダダリの新領主が娘に負ければ『娘っ子にすら勝てない軟弱者』と侮られ、その面子は失墜するだろう。
「トルティは飲んだくれのくせに単騎でそこそこ厄介なヤツだった。……しかしヤツは死んだ。あのような若造が新領主ならばいかようにも料理してみせるわ。ククク、ハハハハハ!」
ライオネ領主は黒ひげをなでながら笑い続けるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
チッ、御前試合か。
面倒くせーなあ……
俺はそんなふうにため息をついて城の廊下を歩いていたが、その時である。
「アルト殿。また会ったな」
「……あ、あんたは」
広間の扉のわきに、関所で出会った全身鎧の女騎士が立っていたのだった。
確かナディアとか言ったっけ?
「ふふふ、ずいぶん面白いことになっているようだな」
「チッ、何がだよ。他人事だと思って……」
「そなたの実力を、皆が知るところとなる。それにあのいけすかない連中の鼻を明かしてやれるではないか」
「くだらねえな。そんな復讐みてえなこと」
俺は彼女に背を向けて去ろうとするが、後ろから肩をガシっとつかまれて立ち止まる。
「待て。御前試合には応じておいて、私との立ち合いは拒否するのか?」
「うッ、それは……」
鉄仮面が俺をジロリとにらむ。
「……まあ、今はおとなしくしていよう。しかし、戦争が終わったら貴殿にはきっと立ち合ってもらうぞ。よいな?」
そう言ってナディアは立ち去っていった。
やれやれ、相変わらずヤベーヤツだな。
でも、あの女騎士と立ち合うつもりはない。
俺には女を打つことなんてできねえのだから。
翌日。
予定通り御前試合が開かれた。
パン! パン!
城の闘技場に、景気づけの空砲が響く。
空は青い。
観覧席にはリゼッタ女王以下城の重鎮や領主たち、騎士団や近衛兵、兵士など千名以上が集まっている。
俺はと言うと、控室で出番を待っていた。
「そなたの実力、とくと見せてもらうぞ」
そして、何故か俺サイドの介添え人には女騎士ナディアがついている。
まあ他に知り合いがいないのだからありがたいんだけどさ。
「ところであんた……」
俺は中身は美人の、全身鎧の女をしみじみ眺めて尋ねた。
「その鎧、いつも装備してんの?」
「当然だ」
鉄の顔がキラーンと光る。
「大変だろ? 普段は脱いでおけば?」
「仕方あるまい。この姿でないと皆が私だとわからぬからな」
それはそもそもいつも全身鎧でいるからじゃ……
と言いかけた時。
「東~! アルト~・ダダリ~・ドワ~イド~!」
アリーナの方から審判の声が聞こえてくる。
「おお。そなたの名だな」
「やれやれ、行かねえと」
俺はため息をつくとナディアと共に東のゲートからアリーナへ入場した。
――ワー! ワー! ワー!
盛り上がってるな。
なんだか年末の格闘技イベントに出てるみたいだ。
ちょっと緊張してきた。
「私はここで黙って見ているからな」
と言ってナディアは東側のセコンドに着く。
彼女が持っているはずの手拭いを場に放れば、こちらの降参ということになるのだが……
「あれ? ナディア。手拭いは?」
「置いてきたぞ。そなたには必要ないだろうからな」
黙ってタオルも投げないんじゃあなんのためのセコンドだよ……
「西~! ステ~ラ~・ライオネ~・グレ~アム~」
さらに相手方の呼び出しが響く。
ステラ?
なんか女みたいな名前のヤツだなぁと、思ったすぐ後だ。
西のゲートから、プリーツ・スカート型の鎧を装備した少女が胸を張って入場してきた。
「まさか、あの子が俺の相手?」
プリーツ・スカート型の鎧に、JKを彷彿とさせる溌剌とした太もも。
その後ろには、セコンドらしき角刈りの四十男がついている。
「ねーえー、師範ー」
ステラとかいう少女はセコンドの男へ言った。
「相手、弱そうじゃない? 超ウケるんですけどぉ(笑)」
「ええ。しかしお嬢様、油断だけはなさらぬよう」
「もう、パパも師範も心配しすぎだって。アタシってば『十年に一人のイツザイ』なんでしょー?」
なんかナメた女だな。
だとしても、女なんか殴れねえぞ?
「それでは御前試合を開始する……!!」
会場に銅鑼がシャラランと響き渡った。




