第7話 女王
朝に目を覚ますと、俺は知らない毛布の中にいた。
「ん……んん」
「くーZzzz……」
毛布の中に女たちの寝息が聞こえてハッと身を起こすと、昨日のやさしい母娘が左右に裸の肩をかいまみえさせて眠っている。
30絡みの母の肩は女を香らせ、14歳の娘の肩も年齢の割に大人びていた。
「やれやれ……」
俺は昨晩のことを思い出してため息をつく。
成りゆき上とは言え、男としてこの母娘の経済的面倒を見てやらないわけにはいかなくなった。
しかし、今すぐにというのは難しい。
俺は母娘を起こさぬようにそっと起きると、一飯一宿の礼と「また来る」旨の書置きをして家を去った。
チュンチュン……
街路樹に囀ずる小鳥たち。
王都は城下町である。
市場から戻る仕入れ人や鎧戸を上げる商店の人々を横目に見ながら、俺は城へ向かって歩いていく。
ゲームの中ではそんな膨大な人々の細かな生活が存在するはずもない。
やはりこの世界はゲームのようでいて『世界』なのだと改めてホッとする。
◇
「兵力1……?」
スレン城の城門を守る兵士がリストを確認して首をかしげた。
俺は頭をかきながら答える。
「すみません。なにぶん小さな領地なもんで」
「あなたがその兵力1で?」
「あ、はい。新しく領主になった『アルト・ダダリ・ドワイド』っていいます。領主の俺が、そのまま兵力1なんです」
「……はあ?」
左の兵に話が通じないところ、右の兵が彼にそっと耳打ちする。
すると、左の兵は「なるほど。あの弱小の……」と笑いをこらえながら言った。
「ど、どうぞ、こちらです。……ぷっ」
ッんだコイツ。
感じ悪いな。
と思いながらもその兵士についていくと大理石の広間に案内され、そこには他の領主らしき人間が集まっていた。
ざわ……ざわざわ……
着ているものが街の人々と明らかに違う。
ギトギトに宝石のちりばめられたマント、飾りばかりが過多な剣。
けばけばしくて趣味が悪い。
場の空気も澱むようだ。
で、そんな連中が俺の存在に気付くとドヤドヤ集まってくるのだった。
「おい、キサマ。見ぬ顔だな?」
「どこの領地を治めておるのだ?」
俺は素直に「父トルティから領地ダダリを継いだ新領主だ」と答えた。
「トルティの? 死んだとは聞いておったが……なるほどな」
貴族たちはニヤニヤしながら俺を取り囲んで続ける。
「ククク……では貴公が、ウワサの『兵力1』の跡継ぎか」
「父が一兵なら、子もまた一兵。家風に忠実ですなあ」
「ぷっ……せいぜい奮起なされよ。おひとりだけに、戦場で迷子にならぬようにな」
一同ドッと笑う。
なんちゅう嫌なヤツらだ。
オヤジが飲んだくれる気持ちもわかるぜ……
「別に、領主一兵でも働きが十分なら文句ないはずだろ」
俺は声を抑えながら言った。
「おふくろからは『オヤジはたとえ一兵だったとしても立派に働いてきた』と聞いている。オマエらからバカにされる言われはないな」
「……ほざきおる」
「死んだ父親と似て口だけは達者だな」
「……口だけかどうか試してみるかよ?」
そう言い返して連中の方へグイッと進み出でる。
が、その時だ。
「女王陛下のおなーりー!」
兵の掛け声で、今までニヤけていた連中が一斉にひざまずく。
あれ……なんかやばい?
俺はキョロキョロと周りを見ると、真似をして片膝をつき頭を垂れた。
チラリと目線を上げると、奥の通路から世にも艶やかなドレスが入るのが見える。
そう。
スレン王国の女王、リゼッタ・スレン・ムーンブルクだ。
「みなさま。面をお上げくださいまし」
リゼッタ女王の、鐘のような声が広間に響く。
コルセットに絞られたウエストに花のようなレエス。
まだ少女の年ごろで顔立ちにはあどけなさも残るが、スッと伸びた背筋は国家の公正を象徴するかのようで、花の刺繍の縫い込められた格調高い乳房にも華々しい権威があった。
「よくぞお集まりくださいました。王国を代表して感謝いたしますわ」
地方領主たちはいっせいに「ははー!!」と声をそろえる。
「西のエリュシオン共和国にはすでに宣戦布告が通達されております。日時は一週間後、古代竜の古戦場にて。みなさまの奮起を期待しておりますわ」
リゼッタ女王が戦争の概要について言い終えると、大臣が進み出て、このたび召集に応じた領地とその兵数を読み上げ始めた。
「ボット領、兵500。アドリニア領、兵700。ライオネ領、兵1200……」
――おぉー!!……
兵数が千を超えると、場に歓声が起きる。
だいたいの領地が兵500~800ほど。
少ない領地も200~300は兵を連れているらしい。
「ガゼット領、兵400。そして最後……ダダリ領、兵1」
広間に「わははは!」と爆笑が起きた。
「兵1? ふははは、ゼロがいくつか足りないのでは?」
「圧倒的な戦力ではないかッ!」
「こりゃケッサクだ。ひー、苦しい」
いつまでも笑いが止まない広間。
が、その時。
「黙りなさい!」
と一喝したのは、リゼッタ女王だった。
「へ、陛下……」
「なにかご不満が……?」
「なんという下品な笑いですの? たとえ一兵だとしても王国のために駆けつけていただいたことに違いはありませんわ。とりわけ小さな領地の、精一杯の厚意のどこに笑うところがありましょう」
「うッ……」
「……それは」
女王の叱責に場は水を打ったように鎮まる。
少女ながら良き女王たらんとする真っすぐな瞳に、俗っぽい貴族連中も思わず恥じ入るようだった。
パチパチパチ……!
だが、そんな中で悠然と拍手する男がひとり。
「さすが女王陛下! 私ライオネ領伯爵、いたく感服いたしましたぞ!」
あの宝石まみれのマントだ。
ライオネの領主だったのか。
さっきの読み上げじゃ、たしか兵力1200……
「それに、先ほどダダリの新領主殿は『たとえ一兵でも立派に働けば問題はない』とおっしゃっておりました。そうでしたな?」
そう言って、ライオネの領主はニヤニヤと俺を見た。
「あ、ああ。言ったけど」
「なるほど。そこまで申されるからには、さぞ並みならぬ武勇をお持ちなのでしょう」
「まあ! たのもしいですわ!」
両手を合わせて感心する素振りの女王。
彼女はさっき嘲笑われていた俺に気を使っているのだろう。
「……しかし、ならばどうしても目の前でその腕前を拝見したくなるというもの。のう? 皆の衆?」
ライオネ領主がそう尋ねると、場には「そうだ!」「そうだ!」と声が上がる。
ヤツの取り巻きたちだ。
「どうしろとおっしゃるのです?」
「はッ。私にはちょうどダダリの新領主と同じ年の頃の子がおります。是非このふたりで御前試合を催させてくださいませ」
「し、しかし今は戦争を控えているのです。身内で争っている場合ではありません。それに……」
女王は眉を下げて続ける。
「ダダリの新領主がケガをしてしまったら大変ですわ」
「おそれながら、ダダリの新領主が私の子との試合でケガをするような軟弱者であろうはずがありませぬ。なにせ……」
ライオネの領主はヒゲをなでながら最後にこう言った。
「彼は『兵力1でも立派に働く』と申しておるのですからな」
再び場にドッと笑いが響いた。
「よき試合は戦争への士気高揚にも繋がりましょう。何とぞ試合をお許しくだされ」
場の空気は完全に彼へ味方している。
リゼッタ女王は反対らしかったが……こうなってはまだ少女の君主では家臣たちの要請を突っぱねることができない。
「……仕方ありません。御前試合を許可いたしますわ」
「ははー、ありがたき幸せ!」
ライオネ伯爵は上機嫌にひざまずき、他の領主たちもみな俺の方をニヤニヤと見ていた。




