第5話 オーガ
鉄仮面の女騎士ナディアが剣を掲げて向かってきた。
「やああああ……!」
女性ながら芯ある声で、その勇猛さに俺は思わず気圧される。
「ちょ……ちょっと待てって言ってるのにィ!」
しかしその時。
「ええー! 何事ですか……?」
「ナディア様……!?」
関所の兵たちが異常を聞きつけ集まってきたのである。
「むっ! 邪魔するな! これからこの男と決闘なのだ」
ナディアがそう怒鳴ると、衛兵たちは顔を見合わせて苦笑いする。
「ナディア様。辺境爵は怯えているではございませんか。弱い者イジメはよくありませんな」
「我々もそう思います。あのようなスケベ顔の男、ナディア様が戦うほどの相手ではありませんでしょうに」
ちょっと言い方が気になったが、まあいい。
「むっ、キサマらの目は節穴か! この男は強者。私が言うのだから間違いない!」
そう叫ぶが、ナディアは衛兵たちに囲まれ、ひたすらなだめられている。
よしよし。
こうなっては決闘もクソもあるまい。
今のうち、そーっと逃げよう。
「ぐぬぬぬぬ……諦めぬぞ、アルト殿! きっとそなたの本性をあばいてみせるからな!」
うーん、なんかヤベーのに目をつけられちゃったな。
◇
翌朝。
あの女騎士と関わりたくなかったので、一番早い馬車に乗ろうとめちゃ早起きした。
「お若い人。気を付けて行きなされ」
あの爺さんときたら、わざわざ見送ってくれたよ。
「これは土産じゃ」
そう言って爺さんは俺にサイコロを二つくれた。
1の目が真っ赤な、スタンダードなヤツである。
「人生はギャンブルの連続じゃ。迷った時はそれで決めなされ」
「はあ」
よくわからないけど、この爺さんは只者じゃないのかもしれない。
女騎士にも気づかれなかったのに、爺さんだけが俺の行動を読んでいたことになるのだから……
「ありがとう。またな」
俺は爺さんと別れ、始発の馬車に乗った。
貴族用の馬車をハイヤーするとめちゃ高いから、庶民用の馬車だけどね。
一応は領主級の俺でも身分を隠せば問題なく乗せてくれる。
馬は二頭、御者はひとり、車両にはボロながらも幌がかけられていた。
乗客は商人風のおっさん、冒険者っぽい連中、町娘らしき母娘などで、各々馬車の揺れに身を任せている。
「おっちゃん。王都まではあとどれくらいだい?」
と、商人風のおっさんが垂れ幕をめくり、馬上の御者へ尋ねた。
御者が答えるには、王都まで約半日だそうだ。
さすがに馬は早いな。
それに専用の道が整備されているから、馬車もスピードを出せるのである。
王権は衰えていると言われているが、直轄地はやはり他の領地とは全然違う。
ダダリもこんな立派な領地にしたいもんだな……
などと、考えていた時だ。
――ヒヒーン……!
突然、馬のいななきと共に車両に強い衝撃が起こる。
あわや横転かと思われた揺れの後、馬車は停車してしまったようだ。
騒然とする車内。
「なんだ?」
「事故か?」
「お……お客様の中に冒険者様はいらっしゃいますか!」
冒険者?
御者がそう叫ぶので、俺は反射的に幌をめくって外を見る。
「なッ……!」
すると、そこには3メートルを超える巨大なオーガが立ちはだかっていたのだった。
「お客様の中に冒険者様はいらっしゃいませんか! お客様の中に……」
魔物があらわれたということで馬車の乗客は震えあがっていた。
商人風のおっさんは自分の荷物で頭を隠し、母娘らしい女二人は肩を抱き合い怯えている。
そんな中、三人の男が立ち上がった。
「我々三人は冒険者だ」
「おお! 本当ですか?」
場にホッと安堵の空気が差し込み、商人は頭を出し、母娘は男たちへ感心の目を向ける。
「しかし敵はオーガ。我々では時間稼ぎしかできないだろう。近くの砦から応援を呼んできてほしい」
「わ、わかりました……」
御者は馬車を飛び出して、応援を呼びに行った。
一方、冒険者たちは魔物のいる方へ飛び出し、巨大なモンスターの前に立ちはだかった。
――ゴアアアアア……!
青い肌をした3メートルの巨体が吼える。
「いくぞ。応援が来るまで乗客を守るんだ」
「「おう!」」
なかなか骨のある冒険者たちだ。
俺は感心して見ていたが、しかし敵が悪かったらしい。
オーガの肉体は彼らの剣も矢も通さず、逆にその超常的なサイズから繰り出される打撃は一発でも彼らに致命傷に近いダメージを与えるようだった。
「うわああ!」
「くそ……これほど差があるとは」
時間を稼ぐつもりだったらしいが、一人、二人、三人と倒れて行ってしまう。
「やれやれ、あまり目立つことはしたくなかったんだがな」
俺はそうつぶやくと、馬車から飛び降りた。
「お、おい! 坊主。よせ」
「無茶よ!」
乗客たちにそう止められるが、コトは緊急を要する。
オーガが冒険者たちにとどめを刺そうとしているのだ。
「コラー、やめろ~! デクの棒! ブサイク!」
俺はそう怒鳴りながら、走っていく。
すると悪口が効いたのか、オーガはゆっくりと振り向いた。
「へえ、アホヅラのくせに悪口はわかるんだな?」
さらにあおると、とうとうヤツは堪らないという様子で高く拳を振り上げた。
――ゴアアアアァ…!
人間の頭ほどある拳。
そいつが俺へめがけて鉄球のごとく飛んでくる。
「きゃあああ!」
「やめろー!!」
乗客の悲鳴を聞きながら……
俺は飛んでくるオーガの拳を左手ひとつで正確にキャッチした。
――ゴ……ア?
「おら、ボーっとしてんな!」
俺は掴んだヤツの拳をそのままグイッと引っぱる。
すると敵の体勢が前のめりになり、そのガラ空きの腹へ、銅の剣をぶち込んだ。
――ゴアアア! ゴアアアア!
悶絶するオーガ。
つーか、切断できなかったか。
銅製の剣じゃさすがに切れ味が悪いな。
「まだやろうってのか?」
オーガは痛がってはいたが、フーフーとよだれを垂らしながらこちらを睨んでいる。
「無理しねえで寝てろよ!……らぁッ!」
切れないなら叩きまくって倒そうと、ヤツの肩、胸、腰へ連続で攻撃する。
そのたびにオーガは野太い声でなさけなく泣く。
そして、連撃の最後。
俺は返す剣で、ヤツの鉄筋のような背骨を砕くように打った。
ボキ……
「え……!?」
手応えがない。
銅の剣の方が折れてしまったのである。
――ゴ?……ゴアッ! ゴアアアアッ!!
オーガは黒目のない目を輝かせると、牙と歯茎を剥きだしに襲いかかってきた。




