第29話 こうなった以上はな
ナディアが王都から帰ってきた。
「おい、ナディアだ。橋をかけてやれ」
俺は下男にそう命じて、堀に橋をかけさせた。
「ただいま戻った、アルト殿」
「おう、おかえり。リゼッタ様はどうだった?」
「うむ。我々の結婚、温かく祝福してくださったぞ」
ナディアは馬から降りると、フルフェイス鉄兜を取って素顔を晒した。
美しい瞳がじっとこちらを見つめる。
「この先ずっと一緒なのだな」
「ああ。こうなった以上はな」
「嬉しいぞ……♡」
そう言って俺の胸へそっと手を当てるナディア。
俺は頭をポリポリとかいた。
というのも、彼女の供がこちらをジっと見ているからである。
「おう。タルル、プルル。お前らもお疲れさん」
ナディアの王都行きには二人の供が同行していた。
双子の商人、タルルとプルルだ。
「小切手1500万ゴールドは、無事に銀行預金に振り替わりましたぁ」
と妹のプルル。
そう。
この前のガゼット領からもらった賠償金である。
そもそも1500万ゴールドの小切手は、ガゼット領主が紙に書いただけの借用書だ。
しかし、ただのガゼット領主の借用書では価値がないとまでは言わないが、使えるところが限られる。
そこで、王都の銀行へ『1500万の小切手』を譲り渡して、代わりに俺たちは『銀行への債権額』にプラス1500万してもらうというわけ。
一方、銀行はガゼット領の帳簿上にあった債権額にマイナス1500万ゴールドする。
結果だけ見れば、(銀行に対する)ガゼット領の債権額がダダリの債権額へ移ったことになる。
これでガゼット領からウチへの賠償金の支払いも「決済された」ことになるのだ。
小切手とはそういうもの。
ただ、現代日本だと小切手や銀行預金は明確に『現金』あつかいされているけど、この世界ではそこまでの整理はいっていない。
銀行預金や銀行券と並行して、城や諸侯は金貨や銀貨を発行しており、王立銀行も金銀との即日兌換を保証している。
そこらへんの文明レベルってことだな。
ただ、銀行預金があれば、よその領地や王都でモノを買うのには問題がない。
俺の名前を使えば、商人のタルルやプルルが「ダダリ」として小切手を書いて品物を購入することができるからな。
もちろん、イモの借用書はよそでは通用しないからね。
「なにはともあれ、みんな疲れただろ? ウチで風呂入ってけよ」
「本当ですかぁ!」
プルルはワぁっとばんざいして飛び上がった。
「ナディアさま! 一緒に入りましょう?」
「む、私はアルト殿と……」
そう言うナディアだったが、プルルに引っ張られて行ってしまった。
ずいぶんと懐かれているようだな。
「アルトさま……」
その場に残ったのは兄のタルルである。
「ちょっとご報告したいことがあります」
「ん、なんだ?」
タルルは旅の用意のたっぷり入った肩掛けバッグをすとんと落として続けた。
「城下町の商人たちと話をしている時に耳に入ったのですが、王都は今、あちこちで暴動や運動が起こっては消えを繰り返しているそうです」
「マジ? なんで?」
「エリュシオンで起こった革命騒ぎの余波ですよ。もちろん、広い王都でのことですから、大多数の地区では普段通りの平和な風景が続いています。しかし、あちらこちらで事件とその取り締まりのいたちごっこがやまないのだそうです」
そりゃあ、さぞ王都の商人たちも気を揉むだろうに。
しかし、先の戦争で戦ったエリュシオンは革命で共和化したのか。
そのへんのこともろくに知らず、俺はゲオド中将なんかと戦っていたわけだ。
「よく知らせてくれた。お前もご苦労だったな」
そうねぎらうと、タルルは肩掛けバッグを担ぎ直して、風呂の順番待ちに行った。
一方、俺は館に帰り自室でちょっと考える。
……王都のこと。
関係ないと放っておくこともできた。
でも、胸にかすかな靄がかかる。
これが嫌な予感ってヤツかもしれない。
俺は卓上のベルをチリンチリン♪……っと鳴らした。
「お呼びでやんすか?」
すると、天井裏から羽目板をはずしてリッキーがあらわれた。
「ああ。ちょっとお前、王都へ行ってきてくれないか?」
「王都に、でやんすか?」
「どうにも少し様子がおかしいらしい。心配しすぎかもしれんけど、念のためだ」
「御意でやんす」
リッキーはそう言って『シュンッ……』と姿を消した。




