第28話 気のせいか
ある夜。
俺はひとり館を抜け出して、西の森を歩いて行った。
西の森はライオネ領。
だからこっそりな。
ササササ……
こうして1時間半ほど行くと森の中の豪邸に到着する。
ライオネ伯爵邸だ。
夜の伯爵邸にはもちろん見張りがいた。
邸宅の四方に火が焚かれ、2名の私兵があくびをしながら周囲を見回っている。
「ふぁーあ。眠っ」
「どうせくせ者なんて来ないし、退屈だなあ」
そんな彼らがちょうど表側へ回るタイミングに、俺は裏手の木から二階の窓枠へ飛び移った。
そこから雨どいへ足をかけ、ベランダのヘリに手を伸ばし、上の階へよじ登って三階までたどりつく。
「ええと、たしか右から三番目だったかな?」
俺はベランダをそーっと移動し、右から三番目の窓ガラスをコン、ココン、コンとノックする。
すると中から少女の声がして俺を迎えてくれるはず、だったのだが……
「む、なんじゃこの音?」
あれ? おっさんの声だ。
つーか、ライオネ領主の声である。
どうやら部屋を間違えたらしい。
「もしや、くせ者か?」
ギクッ!
「おい! 誰かおるのか!」
カーテンの向こうにおっさんの影が映る。
ガラ……
窓の開く音。
「ッ……!」
「おや? 確かに音がしたと思ったのだがのう」
危ねええッ(汗)
俺はとっさにベランダのヘリにぶら下がって難を逃れていた。
でもキツい。
もう落ちそうだ……!
「ふん、気のせいか」
ライオネの領主はそうつぶやいて部屋へ引っ込んだので、俺はなんとか再びベランダへよじ登る。
ホッと一息。
俺は体勢を立て直すと今度は左から三つ目の窓まで移動してノックする。
コン、ココン、コン……
「アルトっち!?」
すると今度こそ部屋からステラがあらわれ、ギュッと抱き着いてくるのであった。
――2時間後。
「そう言えばさ……」
俺はベッドの中でステラの頭をなでてやりながら寝物語をしていたのだけれど、ふと彼女の父親のことについて尋ねてみる。
この間のガゼット撃退の後、ヤツらが『援軍だ』とか言って兵を率いて来たことが気になっていたのだ。
「あー(察し)パパがごめんねー」
ステラの話だと、やはりライオネ領主はダダリへの侵攻を狙っているらしい。
ただし、ライオネは大きな領地である。
ガゼット領のような中小の領地とはワケが違うから、ライオネがああいうふうに堂々と侵攻してしまうと王権に危険視されるだろう。
そこでライオネ領主は考えた。
まずガゼット領にダダリを攻めさせ、次にライオネから『援軍』として兵を送り、ガゼットの襲撃からダダリを守ってやる。
そして、『ダダリ領の保護のため』とかなんとか言って、兵をそのままダダリに駐留させ、事実上の施政権を奪おうとしてたんだってさ。
「それにしてもステラ。ずいぶん詳しく聞いてるんだな」
「パパなんにも教えてくれないから盗み聞きだけどねー(笑)でも、ライオネとダダリが戦争になったらまぢつらたん……」
「……ステラ」
俺は思わず言葉を失う。
だが、当のステラはすぐに元気を取り戻して、俺の首へ両腕をまわし抱きついてきた。
「ねえ、アルトっち……」
「ん?」
「もう一回しよ?」
いたずらっぽく耳元で囁くステラ。
俺は「しょうがねえな」とつぶやきながら少女の白い首筋へやさしく口づけを始めた。
◇
高炉が完成した。
――ゴゴゴゴ……
ダダリ東側の荒地に、レンガ造りの塔のような施設ができあがっている。
建設集団と製鉄師のおかげだ。
「これが鉄のインゴットか?」
「へえ、そうです」
俺は木のコンテナを開けて中身を確認する。
まだ7つだが、ちゃんと銀色の金属のインゴットが転がっていた。
「とりあえず、コイツは使わせてもらうよ」
「どうぞ。鉄鋼石と石炭さえあればどんどん鉄を作っていきますんで」
「ああ、そうだな」
俺はコンテナを持って、鍛冶屋へ向かった。
とは言っても高炉から近くに作ってあるので、場所はすぐなんだけどな。
「おーい、鉄のインゴットだぜ」
「うひょー!」
「まってやした!!」
そう言って鍛冶屋へ入って行くと鍛冶師が飛び跳ねた。
「で、コイツで何を作りやしょう?」
「剣ですか? 防具ですか?」
「いいや。とりあえずコイツだ」
俺はアイテムBOXからツルハシを取り出して言った。
「ツルハシ?」
「ああ、なるほど」
勘の鋭いガルダルという親爺が、手を叩いてうなづいた。
「まずは鉄を量産できるようにしようってワケですね?」
「ああ。今はツルハシが三本しかないからな。まずは安定的に原材料を確保していきたいから十本ほどは欲しい」
他の連中は「ほえー」っとあっけに取られていたが、ガルダルはよくわかってくれていたので、そこは任せておけそうだ。
――ゴー……カンカンカン!
この日から、鍛冶屋では炉とふいごの音と、甲高い金属音が響くようになった。
その音は、川を渡って村の方にいても聞こえてくる。
それは美しいながらも、どこか悲しくなってしまうので、みな不思議な音だと言い合っていた。
「おーい! 働けるヤツを募集するぞー!」
村でそう言うと、領民たちが数十人、家から出てきた。
「領主さまぁ、ありがてえだ」
「どうかオレっちを雇ってくんろ」
俺がそう言うと仕事の取り合いが始まるので、なんとかなだめて面接を始める。
――そもそも。
ダダリの人口は700人、労働人口は400人ほど
だが、少し前まで安定した仕事を持っていたのは、そのうち80名ほどだった。
イモ農家の50名と、細々とした商売を成り立たせていた30名。
じゃあ残りの300人強はこれまでどうしていたかというと、農家や商売の繁忙期にアルバイトとして働くのである。
ようするに小作人、水呑み百姓……
現代日本で言う非正規労働者みたいなもんだ。
ダダリでは産業が乏しく、仕事の総量も少ないから、彼らの貧乏ったら悲惨この上ない。
ので、そういう連中を領主である俺が雇ってしまうというワケだ。
悪ガキ連中や建設集団、モノ作り集団なども元はそういうヤツらだった。
こうして雇った連中には、俺の年貢徴収権を背景に、イモ基準の『借用書』を書いて渡す。
この俺の借用書はイモだけではなくて、領民どおしの取引手段として使われ始めているので、雇用者は羽振りが良くなっていた。
「今日募集するのは、鉱山での採掘師だ。人数は10人。体力……というより、健康なヤツがいいな」
そう言って、領民から10人を選抜した。
「ああ、落ちた……」
「くそー」
とは言え、まだ200人ほど不定期労働者が残っている。
彼らも少しずつ適切なポジションにつかせてやりたいもんだな。




