第2話 村娘
リリアが去った後。
俺がため息をついていると、悪ガキの一人、リッキーという宿屋の息子が話かけてきた。
「若、なんて言ったんでやんす?」
「いやあ。結婚してくれって言ったんだけどさ」
「うッひょー! マジでやんすか!?」
「でも、拒否られたんだけどな」
まあ、さすがに結婚なんて一生の問題だもんな。
「それにしても、最近アイツとちょっと気まずいんだよね。さっきもなんか怒ってたし」
「そういや、前にリリアが不満を言っているのを聞いたでやんすよ」
「不満?」
「せっかく内緒にしてって言ったのに、成人の夜のことをみんなが知ってるとか、なんとか……」
「え、それで、俺が言いふらしたことになってんの?」
「いや、そこまでは知らねーでやんすけど、若と気まずいって言うならそう思ってるのかもしれねーでやんすね」
とんだ冤罪だ。
なんでそんなことになったんだ?
「ところで、リッキー。オマエはなんで知ってたんだよ」
「あ、あっしはノンナから聞いたでやんす」
とリッキーが答えると、
「あ、オレもノンナから聞きやしたぜ、若」
「ボクもノンナから」
「オレも」
「オレは知らなかったっす。いいなー」
と、悪ガキどもが言うので、俺は立ち上がった。
「ノンナのヤツめ~!」
◇
ノンナは村の揚げ芋屋さんの娘である。
揚げ芋はうまいが、娘にはひとつ文句を言っておかねばなるまい。
「よおノンナ」
「あー、アルト♪」
店先でスカート姿に白いエプロンをかけた少女が、ほんわかと微笑む。
「オマエ、ふざけんなよ?」
「えー? なあに?」
俺は、リリアに成人の夜の相手を頼んだのは『みんなに秘密で』という約束だったこと。
それなのにみんなが知っていたのを、俺が秘密をバラしたと誤解されていることを話した。
「どうしてくれるんだよ。リリアに嫌われちゃったじゃん」
「えー、ウソー」
ノンナは唇に指を当て、しばし逡巡して答える。
「リリアがそんなことでアルトのこと嫌いになったりしないと思うけどなー」
「でも実際ツンケンしてんだもんよ」
そこで、ふと疑問に思って続けた。
「つーか、オマエはどうやってそのこと知ったんだ?」
「あたしー? たしかアルトのお母さんが言ってたと思うけど……」
お……おふくろめ!
「あ、お芋揚がったみたい。ちょっと待っててね」
そう言って店内へ駆けて行くノンナ。
話を聞く限り、諸悪の根源はおふくろだったようだ。
さっきはノンナのことを責めて悪いことしたかもしれない。
「お待たせー♪ はい、お芋だよー」
そう言って、イイ感じに揚がったポテトを口の前に差し出してくるノンナ。
「いいよ……」
「遠慮しないで。言いふらしちゃったお詫びだから。あーん」
揚げたての香りにつられて、ノンナが差し出す揚げ芋にかぶりつく。
「……ンまーい!!」
「うふふふ、よかった♪」
そう微笑むノンナだったが、ふいにぴたっと静止する。
「どうした?」
「リリア……」
と言うので振り返ると、たしかに川の向こう岸にリリアの姿が見えた。
ひょっとしたらリッキーたちに聞いて、追いかけて来てくれたのか?
そう思って、俺はリリアへ向かって右手をひょいあげてみる。
「……」
これに応じて遠くの彼女も一瞬右手を上げかけるが、ふいにプイッと顔をそむけて、そのまま行ってしまった。
まだ怒ってんのかよアイツ。
「……本当だ。怒ってるみたい。ごめんね、アルト」
「もういいよ。気にするな」
「でも……」
「イイって。残念だけどさ。アイツ、みんなにバレたってだけで俺のせいって思ったワケだろ。もともと信用されてなかったんだよ」
「そんなこと言わずに、仲直りしなよ……」
ノンナは、赤いチェックのスカートのすそをキュッと握りしめて元気をなくしていた。
「とにかくもういいから。責めたりして悪かったな」
「アルト……」
◇
昨日のことを思い出すたび、胸がチクっと傷んだ。
こっちは仲が良いと思っていたリリアに、あれほど信用されていなかったなんて……
「あーあ、けっきょく嫁探しなんて向いてねえのかもな」
俺は思わずそうつぶやく。
こうなったら嫁ブーストなしで戦場を生き抜き、領地を守るだけの力を身につけるしかない。
そう思った俺は練習用の木剣を持って、森の川辺へ向かった。
ここはいつも使っている秘密の修業場所。
15歳で一応はG級(槍を持った一般歩兵を倒せる程度の能力)があるのは、領主の長男として相応の修業をやってきたからである。
「はぁはぁはぁ……ダメだッ!」
しかし、ウチの領地は兵力1。
この程度の戦闘能力では到底やっていけない。
そう拳をギリギリと握りながら息をついていると、ふと、地面に人の影が映る。
顔をあげると、黄金の髪を三つ編みに結んだ少女が立っていた。
ノンナだ。
「どうしたん?」
「ちょっと話があって……」
そう言うと、ノンナは眉を下げて、トコトコと俺へ近づいてきた。
「よく俺がここにいるってわかったな」
「知ってるよ。いつもアルトがここで隠れて修業してるってこと」
なんでそんなこと知っているんだと疑問だったが、まあいい。
「……で、なんだよ、話って」
「あのね。アルト、やっぱりリリアと仲直りした方がいいと思うんだー」
またその話か。
「もちろん私のおしゃべりが悪かったんだけど……」
「よせよ。もういいって言ってるだろ」
「でも、アルト。リリアと仲直りしないときっと寂しくなるよ」
うっ……
確かに、小さな頃から一緒に野山を駆け巡っていたリリアとこのまま疎遠になってしまうのはとても悲しい。
でも、こうなっては仕方ないもんな。
「気にすんなって。アイツは最初から俺のこと信用してなかったんだ。アイツと仲直りできなくても……ど、どうってことないよ」
「本当に?」
「……」
俺が背を向けて黙っていると、ふいに柔らかく、温かい感触を背中に感じた。
次の瞬間、ノンナが抱き着いてきているのだとわかった。
「じゃあ……私じゃだめかな?」
「……は?」
服のレエス生地と、腕と、乳房の感触がふんわりとして、それほど強く抱きしめられているわけではないのに、身動きが取れない。
「聞いたよ。アルト、お嫁さんを探しているんでしょ? 私じゃだめ?」
「な、なんで、そんな……」
「……えへへ。私、実は小さい頃からずっとアルトが好きだったんだ。でも、キミってばリリアがお気に入りっぽかったでしょ? だからずっと言えなくて」
「そ、そうだったのか」
「うん。私、アルトのお嫁さんになるのが夢だったんだよ」
……正直、嬉しかった。
でも、好きだと言われたからこっちも好きです、で結婚するのは違う気がする。
「どうしたの、アルト」
「あ、いや……ごめん。ちょっとびっくりしてさ」
もちろんノンナが結婚してくれるならすごくありがたい。
しかし、最初から彼女を頼らなかったのも事実。
そこらへん、なるべく正直に言おう。
「たしかに……」
俺は正面を向き直った。
「……たしかに俺は頑張って嫁を探してたけどさ。でも正直、ノンナをお嫁にしようって考えは浮かばなかった」
「そう……」
「オマエは揚げ芋屋さんの一人娘だし、婿でも迎えて普通に店やっていくんだろうって思ってたからさ。でも……さっき、ずっと好きだったって言ってもらえて、すごく嬉しかった。これも本当だ」
ノンナは俺の言うことに何度も「うん」と優しくうなづいて聞いてくれていた。
「俺、そんな感じだけど、結婚してくれるか?」
「……はい」
少女の瞳に昼の星が映る。
そして彼女の女らしい肩を抱きかけた時……
「ノンナ!」
ふいに声がして振り返ると、そこにはリリアが立っていた。




