第14話 闘志
土埃が晴れる……
そこには変わらず仁王立ちするゲオド中将の巨体があった。
「くそ、まだか……ッ!」
だが、俺が剣を構え直したその瞬間。
「み……見事だ小僧」
ゲオドはそうつぶやくと、膝から崩れ、地に伏した。
え、死んじゃった?
「おい! 大丈夫かよ!」
俺はあわてて駆け寄り、ゲオドの息を確かめる。
……よかった。
気絶しているだけだ。
「アルト殿! 司令官を!」
「あ、そうだったな」
俺は四次元BOXからロープを取り出した。
司令官ポピーは破れた陣幕の端で、ぶるぶると震えている。
あとはコイツを前線へ担いでいって見せれば、この戦争はもう勝ちだ。
「ふん縛れ!」
「よぉし!」
「ひ、ヒイイ……」
俺とナディアがそう躍りかかろうとした時だ。
――ドン、ドドン、ドン、ドドン……
遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
「なッ、これは……」
ナディアは天を仰ぎ、よろめいた。
「なに、この太鼓?」
「こ、これは、降参の合図だ。スレン軍の……」
ああ、間に合わなかったか。
「ヒイイイ……」
司令官ポピーはその隙に逃げ出した。
でも、もうアイツを捕まえても意味はない。
「やれやれ。帰るか……」
軍曹も心配しているだろうしな。
俺はため息をついて踵を返した。
その時。
「小僧……」
ゲオドがうっすら目を開き、低くつぶやく。
「……次は負けぬぞ」
「んなろう。そりゃこっちのセリフだ」
俺がにやりと笑うと、中将もその凶悪なツラをわずかにほころばせるのだった。
◇
城に戻ると、ナディアはこう主張した。
「もう少しで本陣を落とせるところだったのです!」
その場にはリゼッタ女王、大臣、俺を含めた戦争に参加した領主たちが顔をそろえている。
誰も彼もが利口で『戦争の反省』を述べ連ねる中、反省などまるでしないナディアの主張は奇異な目で見られているようだった。
「しかし、おかしいですな」
と、ライオネ伯爵が言う。
「あなたの部下たちは皆引き上げていたではありませぬか?」
「そうだ。いかにナディア殿とて、一騎で本陣をどうこうできるワケあるまい」
ガイル侯爵もそれに続いた。
今回の総司令官であり、降参の太鼓を指示した張本人でもある。
内心穏やかではないのだろう。
しかし、ナディアはそんなことには構わず言い返した。
「もちろん私では無理です。すべてはそちらのアルト殿が行ったこと」
「ダダリの新領主が……?」
「そうです。彼は我々騎兵部隊を救出し、魔法で本陣を崩し、あのゲオド中将をも倒したのです」
しん……と静寂がこだました。
その直後。
――どッ! ワハハハハハ……!!
場はかつてない大爆笑に包まれる。
「なっ……」
ナディアは少し呆然と立ち尽くしたが、すぐに肩を震わせて怒鳴った。
「な、何がおかしい!」
「ヒーヒー、苦しい……あなたがそれほど冗談が達者だとは思わなかった」
「御前試合をご覧になったであろう。あのザコのヘタレが……ぷっ、くくく」
「荷物持ちすら放棄して脱走したと聞くぞ。……ケタケタケタ!」
いつまでも鳴りやまぬ爆笑の渦の中。
ガイル侯爵がリゼッタ女王へ進言した。
「陛下。ナディア殿の愉快なご冗談はここまでにして、そろそろ戦争の総括を……」
「し、しかし……」
リゼッタ女王は、ナディアの方をちらりと見ると続けた。
「わたくしは、ナディアがウソをつくとは思えませんわ!」
女王の言葉にようやく諸侯の笑い声が弱まる。
そんな中、またも進み出てきたのはライオネ伯爵だった。
「たしかに、ナディア様は実直なお方。ウソをつくようなお人ではございません」
ライオネ伯爵はいつもの恭しい口調で続ける。
「しかしながら、戦場とは苛烈なもの。幻……とまでは申しませぬが、一つの小さな事象から思い違いが膨らみ、それを事実と信じてしまうことなど、往々にしてあることです」
「そんなものでしょうか……?」
そうこられると、リゼッタ女王には何も言い返せない。
彼女は戦場を知らないのだから。
「ち、違う! 私は……」
それでもナディアは事実を主張しようとする。
……やれやれ。
俺はため息をついて彼女の口を押えた。
「むぐぐ、なにをする!?」
「もういいから」
これ以上の主張は彼女の立場を危うくする。
俺はナディアを引きずって廊下へ運んできた。
「なぜだ! なぜ止める……そなたのことではないか!」
「いいって。どうせ負け戦だ。認めてもらったところで褒美もないしな」
「しかし、武勲というものがあろう! それをヤツら……そなたのことをあんなふうに……許さぬ!」
ナディアは怒りに任せて城の壁を殴った。
石の壁に大きなひびが入る。
「別に気にしないよ」
と言っても、俺より彼女が気にしているんだもんな。
「それに、リゼッタ女王が困ってたしさ。あれ以上板挟みに遭っちゃ、可哀想だろ」
「む……」
女王の名を出すと、ナディアは黙った。
ちょっと彼女のやさしさに付け込んだ言いようで心が痛んだけれど、まあ仕方ない。
「俺はもう疲れたから寝るよ。アンタもそう気に病むな」
そう言って、ナディアと別れた。
◇ ◆ ◇ ◆
その夜。
ナディアは自室のベッドで、枕を抱えて右へ左へと転がっていた。
「ううっ……なんなのだ、この苦しさは……!」
胸の奥がどくんどくんと脈打つ。
息まで少し浅い。
最初は怒りが収まらぬのかと思った。
諸侯たちの前で事実が認められぬ時、腹の底から煮えたぎるような思いがしたから。
でも、それとは違う。
怒りは怒りとしていまだ心に残っている。
けれど、それを上回る正体不明の気持ちがモクモクと広がり、他の感情を呑み込んでしまうのだ。
そう。
アルトのことを思い出すたび、顔が熱くなり、ふわふわと浮遊するような……この気持ち。
「くっ……!」
ナディアは思わず自分の胸元を押さえた。
しばらく、じっと鼓動を確かめ……
ハッと目を見開く。
そうか。
これは闘志だ。
武人としての闘志なのだ。
あれほどの強者に出会ったのは、生まれて初めてだった。
あのゲオドへ立ち向かっていく勇気。
己の名声にもこだわらぬ誇り高さ。
女王陛下へのやさしさ……
武人として敬服せずにはいられない。
騎士として、ぜひともあの男と熱い勝負がしたい。
なるほど。
道理でこんなにも胸がドキドキするはずである。
「アルト殿……戦争後に立ち会うという約束、果たしてもらうぞ!」
ナディアは乱れた黄金の髪をかき上げ、窓の月を強く見つめた。
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