第20話 奇跡
玲子の両親が警察署の建物に入っていく。
そして受付の前に来た達夫は頭を下げ、告げた。
「む……娘を……殺めてしまったので、自首しに来ました」
——受付係の女性の顔に緊張が走る。
彼女は少し震える手で受話器を取り、担当者の内線番号へつないだ。
——暫くして、周囲が慌ただしくなる。
その後二人は、担当刑事が来るまで別室で待つことになった。
同時に、車やスーツケース、そしてその中身を調べるために鑑識官も呼ばれたようだ。
……
その後、担当刑事が来たとの事で、まずは愛子が取調室へ連れて行かれた。
部屋の中には小さなデスクと粗末なイスが二つ。
愛子がその一つに座ると、女刑事が入って来た。
彼女は名刺をテーブルに置きながら言った。
「刑事課の二階堂です」
供述調書を担当する男性刑事は既に壁際のデスクに座っていた。
……
まず最初の愛子の聴取があっという間に終わる。
そして次の達夫の聴取もあっという間に終わった。
愛子にしろ達夫にしろ隠し事をする気など全く無かったからだ。
その後、二人は別々の部屋で待機する事になった。
……
二階堂刑事にとってこの状況はかなり異常だったようだ。
「あぁ〜! どうにも、腑に落ちない……」
一人、取調室に残った彼女は椅子に跨り右足をカタカタと揺らしていた。
そしてさっきから二人の調書を何度も読み返しては頭をかきむしっている。
「この二人がこの事件を引き起こしただと!?」
彼女がバンッと机を叩く。
「到底そうは思えない! あの二人は、聴取の間ずっと哀哭を繰り返しながら声を絞り出して話していたんだぞ! ……そして自分が犯した罪を詳細に語り、一つ一つの罪に対して深い反省と後悔の念を表していたんだ……」
二階堂は頭を抱えた。
「……あの涙は、本物だよ……」
彼女はその後も独り言を続けた。
「……まず、妻の愛子は犯罪者には見えない。そして夫の達夫も妻と娘に暴力を振るうような人間には見えなかった。さらに、本人自身が『何故、二人に虐待をしてたのか分からない』と何度も言いながら頭を抱えていた。アレは決して嘘をついてる人間の顔じゃないんだよ……!」
……
暫くして、二階堂は夫婦を同時にこの部屋へ呼んだ。
そしてこの後の大仕事についてゆっくりと語り出す。
その口調はとても重かった。
「む、娘さんの……ご遺体につきまして……我々の方での確認は終わりました……」
「ハ、ハイ……」
「それで……、お二人の内どちらかで良いので…………本人確認をお願いしたいのですが……」
「エッ……!?」
達夫は目を見開いたまま硬直した——
愛子は手で顔を覆い身体を丸めてうずくまる。
「お辛いとは思いますが……親として最後の責任でもあるかと……」
二階堂もかなり辛そうな顔で言い切った。
達夫は暫く動けずにいたが、ようやく決意したのか勇気を振り絞るように震える声で言った。
「た、確かに……こ、これは……わたしの責任です……。わたしが……確認します……。…………それに、最後にちゃんと謝って……送ってあげないといけませんよね……」
そしてヨロヨロと歩き始める。
それを見て愛子は立ち上がり、達夫を支えた。
「……わ、わたしも……一緒に参ります」
その声も、体も、静かに震えていた。
……
□□□ 二階堂の記憶から □□□
どうも調子が狂うなぁ……。
二階堂はそう思いながら二人を臨時の霊安室へ連れて行った。
普段なら犯罪者相手に丁寧な話し方など絶対にしない。
いや、むしろぶっきらぼうで鋭く尖った冷たい口調が彼女の普段の話し方だった。
しかし、この犯罪夫婦に対しては何故だか分からないのだが丁寧な話し方になってしまうのだ。
その理由は分からない………。
——イヤ……明らかか……。
二人からは善人オーラが出ているとでも言うのだろうか……。
とにかく、外面的にも内面的にも一切の悪意を感じ取れない。
つまり「彼らは無実の一般人だ」と己の脳が認識してしまっているのだ。
しかし、彼らは自首し、犯行を自供し、罪を認めている。
であれば、やはり親として……罪を犯した者として……加害者として……、この責任を果たすべきなのだ……。
……娘の死体の身元認定、及び虐待被害者として認定するという責任を。
……
霊安室に着き、三人で中に入る。
中央奥にぽつんと一つ、ベッドが置かれていた。
ビニール製のカバーで覆われた冷たそうなベッド。
その上にご遺体が寝かされている。
身体はシーツで覆われ、顔には白い布がかけられていた。
……
玲子ちゃんのご遺体は朝イチに一度確認済みだ。
死後、ある時点から冷凍保存されていたようだが約一ヶ月程度経過していて状態は良くない。
その際は、ボロボロの服を着たままの姿に手を合わせたのだった。
……
玲子の顔にかけられた布を二階堂がゆっくりとめくる……
「「「——えっ!?」」」
その場で三人ともが固まった——
「……ど、どう言うこと!?」
まず呆気に取られたのは二階堂だった。
彼女は先に遺体の確認をしていたからだ。
両親を前に少し躊躇したが、この状況を確かめる為に身体を覆うシーツもめくった。
「「「 !!! 」」」
「あ、朝は……酷い状態だった……ハズなのに……、顔も……身体も……き、綺麗になってる……!?」
綺麗なだけじゃない。死後、間もないような姿だ!
——イヤ! そこには、まだ生きている……ただ眠っているだけのように見える玲子がいた。
もちろん、死後硬直の痕跡も跡形もない。
生き生きとした玲子の死体がそこにあったのだ。
「こ、これって……、き、奇跡……?」
——いや怪奇現象でしょ、これもう……!
母親が娘に縋り付き抱きしめる。
「玲子ーっ!!! うぅ……、ゴメンね……、ゴメンね……」
そして彼女は子供のように泣きじゃくり始めた。
……
父親はと言うと……
涙と鼻水を垂れ流し、ブルブルと震えながら立ち尽くしている。
「……き、奇跡だ……。 ……か、神様……? か、神様ぁぁ……」
そう言いながら玲子の手を握りしめ、膝から床に崩れ落ちた。
「玲子ぉぉ〜〜!」
そして両手で玲子の手を握りしめ、まるで天に祈るように掲げた。
「……ありがとうございます……。ありがとうございます! もうしわけございません……。もうしわけございません……」
二人とも人目を気にすることなく、声を上げて泣き続けた。
□□□ 二階堂の記憶 おわり □□□




