第19話 浄化の時
全ての刑罰を終え、玲子の両親の魂は浄化の時を迎えた。
まずそれぞれの魂から、今回の悪事の元となった悪意を含む負の感情を強制的に取り除く。
これは、犯した罪に対して正当な罰を受けた事による恩恵である。
この施術には例のヘルメットと専用の装置を使う。
ちなみに、抜かれた負の感情は罰鬼の素を入れるビンと同じような容器に封入し厳重に保管しておく。
魂の浄化により、まずは現時点の人格から毒気が抜け、善人のような心に生まれ変わる事ができる。
但しその度合いは本人が元々持っていた資質に左右されるので、誰もが御仏のような心に生まれ変わるとは限らない。
我々の仕事は、あくまでも現世で犯した罪に対して正当な刑罰を与え、その恩恵として魂を浄化する事。
これを繰り返す事で人類滅亡に向かう未来を変えようとしている。
その目的の為に個々の人間を都合よく改造したり、新たな資質を付け足すような事は出来ないのだ。
最後に、我々と出会ったという記憶や、ここで受けた刑罰の記憶など閻魔法廷に関する一切の記憶を顕在意識から消し、現世に戻す。
これも禊を済ませた事への恩恵であり、現世に戻った後の社会生活を考慮しての事である。
但し、潜在意識の中には全ての記憶が残ったままなので、罪への強烈な罪悪感や閻魔法廷への畏怖の念は感じ続ける事になる。
また、顕在意識には犯した罪の記憶だけを残す。
それら罪の記憶はその魂が今後も背負って行くべき責任だからだ。
重要なのは、これらの恩恵や処置が彼らの未来の意識や行動まで保証するモノではないという事。
現時点では心が清められたとは言え、また悪意や負の感情を抱いて過ちを繰り返してしまう可能性がある。
これは人間の性。
我々にはそこまでのコントロールは出来ないのだ。
後はそれぞれの未来に希望を託すしかない。
…………
異空間での閻魔裁判と刑罰、そして全ての事後処理が終わり我々は二人を現世に戻した。
場所は例のバンの中だ。
現世の時間ではあれから数秒しか経っていない。
一応、初めての閻魔法廷後という事で現世に戻された両親の行動をある程度見守る事にした。
玲子とコヤストロンさんも一緒だ。
……
そして数時間が経った。
空が徐々に明るくなって行く。
その辺りで父親の意識が戻ってきた。
「うぅ……、な、なんでこんな所で寝てるんだ……?」
意識はまだ少し朦朧としていたが、隣で寝ている妻に気がつく。
「お、おい、愛子……起きろ愛子……」
妻、愛子の意識も戻ってきたようだ。
「……ハ、ハイ……、達夫さん……? え? わ、わたしたち……どうして……?」
これまでの経緯が二人の脳裏に蘇ってくる……。
そして何かとてつもない事に気が付く。
「「——えっ!?」」
二人がほぼ同時にバンの後ろを振り向く。
そこには玲子の遺体が入ったスーツケースが横たわっていた。
さらに過去の記憶が全て蘇ってくる……。
「「!!!」」
同時に、犯した罪の途方もない愚かさと重大さが一気にのしかかって来た。
そして二人は、ほぼ同時に頭を抱えて叫び始める。
「「アーッ! アッ、アッ……。アーーーッ!!!」」
達夫は頭をハンドルに打ちつけ始め、愛子は身を縮めて震え始めた。
声はすぐにしゃがれ、泣き叫ぶ声へと変わる。
俺たちは、無言でこの光景を見守っていた。
「わ、私は、なんて事をしてしまったんだ——!!」
「玲ちゃん……ごめんね……ごめんね……お母さん……」
罪を犯した際の悪意だけが記憶から抜け落ちている二人。
過去からここに至るまでの全ての行動記憶はあるのに、その時々の動機だけは思い出せない。
いったい何故、娘に対してあんなに酷い仕打ちをし続け、最後には殺してしまい、死体遺棄まで行おうとしていたのか?
その悪意だけがどうしても思い出せないのだ。
頭の中では「何故自分たちがこんな事をしてしまったのか?」という後悔と反省の念だけが渦巻いていた。
「玲子ーぉッ……!」
「うぅ……うぅ……」
「「……」」
ひとしきり泣きじゃくった後、二人とも少し落ち着いてきたようだ。
達夫が呟く。
「……今から……警察に自首する……」
愛子は達夫の手を握り頷いた。
二人が乗るバンが動きはじめる。
達夫は無言のままだ。
愛子も一言も発しない。
達夫は地元の警察署に向かって車を走らせた。
……
その後も無言のまま車が警察署に着く。
駐車場に車を停めた二人は警察署の入口に向かって歩き出す。
達夫はほとんど放心状態と言ってもよく、力が抜けてうまく歩けていなかった。
愛子がそれを支える。
……
警察署に向かって歩く二人の背中を、我々は黙って眺めていた。
……ここまでが我らの仕事。
現世で犯した罪を裁き、罰を与え、魂を浄化させる。
浄化された魂で現世に戻った人間はどう行動するのか?
現世に戻れば犯した罪の結果と向き合う事になる。
魂が正当な罰を受けて浄化されても、この世で起こった出来事——娘の死——という事実が無くなるわけではない。
その時、彼らは己の犯した罪をどう受け止め、どう責任を果たそうとするのだろう……。
今回、我々がした事は世直しに結びつくだろうか?
人類滅亡をくい止める一助になっただろうか?
そう自分に問いかけてみる。
——いや、まだだ!
今回の一件は、大団円を迎えたとは言い切れない。
心がまだモヤモヤしていた……。
傍では玲子が心配そうに両親を見守っている。
その姿を見て、モヤモヤの原因に辿り着いた気がした……。




