第18話 魂に刻め
「——おい、起きろ!」
狐っ子ゲツがイスを蹴った。
暗い部屋の中、その男だけがライトで照らし出されている。
ボロボロになったその男は元の人間の姿に戻った玲子の父親だった。
小さな木の椅子に座らされ、手足は縛りつけられている。
「……う……うぅ……」
「意識が戻ったようだナ?」
「……オ、オマエは……、あの時の——」
と言って、何か思い出したのか、父親は慌てて己の腹を見た。
「???」
「裂けてねぇヨ!」
「ど、どういう事だっ!?」
さらに驚き焦った父親は、目が届く範囲で己の身体のそこかしこを見回し始めた。
「か、身体が……、さ、最強ボディじゃないっ!?」
「ハハハッ、残念だったなァ!」
「……わ、私の……最強の身体が……、私の……」
父親は呆然としながら目に涙を浮かべている。
彼の霊魂ボディは悪鬼のそれではなく、よくある罪人の霊魂サイズに縮んでいた。
「どうだい? 最強になる欲望を満たして歓喜し、そこから一気に底辺の最弱状態に落とされた気分はヨぉ?」
「……!」
「弱い者イジメしかできない、現実の元の自分に引き戻された気分はヨー?」
「ぐっ……!」
「今や己が無抵抗の『弱き者』に成り果てたんだぞッ!!」
「うガぁーッ! ぐァ〜ッ……! ……んグゥ……グ……」
父親は身体をバタつかせ、歯軋りして悔しがる。
しかし、縛られているせいで動けず、その顔は苦悩で歪んでいた。
「さぁ、刑の執行だ! この部屋にはとっておきの道具が山ほどあるからヨ!」
すると、その部屋に白衣をまとった罰鬼が入ってきた。
手には手術用手袋、顔には医療用マスク。
父親の顔が、みるみる恐怖に歪む。
「な、何のつもりだ! ……ま、まさか……!」
「流石に、自分のオキニの拷問ファッションは憶えているようだナ?」
「な、何の事だ!?」
「惚けるな! あの姿で玲子を散々イタブってきたんだろうがッ!」
「な、なんで知っている——あ!」
「そうだヨ。頭ん中、見させてもらったのサ」
「はぁ?
……
あっ! く〜〜〜ぅぅ……こ、この、卑怯者めがーーッ!」
罰鬼が壁や棚に並んだ拷問器具を選んでいる。
「……や、やめろ……」
「残念ながら、やめられない事情があるんだヨ」
「何だ、それはっ!?」
「今のアンタの魂は、もう己の罪を感じる事ができない状態だと判明したのサ」
「はぁ?」
「追体験の刑で玲子が受けた苦しみを疑似体験させようとしても、無駄だと分かったって事だ。キサマの心はもうずいぶん前から罪の意識を感じなくなっちまっていたのサ」
「……?」
「心は、とうにモンスターになってたって事だ。……良かったな、せめて心はまだ悪鬼のままでヨぉ」
「グルルッ……!?」
「だから我々を騙そうと企んだことも悪鬼になって暴れた時の心情も、何もかも全部バレちゃってるんだゼ」
「——なッ……!」
目を見開いたまま父親は暫く固まっていた。
しかしその後、頭をフル回転させてようやくこの状況を理解したようだ。
「チッ!」
「だからキサマの罰鬼さんは、もう体罰を与えるしかないって判断したのサ。最も効果的な方法でネ」
「……ク、クソがぁ……」
そうしている間にどうやら最初の拷問内容が決まったらしく、その為の器具がカートの上にガチャリと置かれた。
「ヒぃぃーーっ!」
「弱い者への体罰が好きなんだろう? だから最高に悍ましい拷問の数々を与えてあげるヨ」
罰鬼がカートを押して父親の横に来た。
「ヒぃぃーーっ!! ……や、やめてください! ゆ、ゆるして下さいっ!!」
父親が必死に体をバタつかせる。
「ゆるしてだと? そんなふうに懇願する玲子や奥さんへの体罰を、アンタ、やめてあげた事があるのかヨっ!?」
「——うっ……」
「外道がァ!」
「——ヒィっ!」
「魂に刻めッ!! 己の犯した罪と罰、そして畏怖の念を!」
…………
俺たちは、この刑罰室での一部始終をマジックミラー越しに隣室から見ていた。
最初、この役目は俺が行おうとしたのだが、ゲツが『どうしても行かせてくれ!』と言うので選手交代したのだ。
我らの中で玲子の境遇に最も同情し、父親に対して最も怒っているのはゲツなのかもしれない。
——って、いつのまに……? って感じである。
無論、玲子はコヤストロンさんに預け他の部屋で待ってもらっているので、二人とも今ここには居ない。
さすがに父親への拷問刑の場面を玲子に見せる訳にはいかないからだ。
先ほど父親が悪鬼になって暴れた時、実際には何が起こっていたのか……。
□□□ 〜回想〜 千造の記憶から □□□
裁判が始まる直前、玲子の父親はこれまでの罪に対して反省し後悔している《《フリ》》を始めた。
しかし、我々にはこのような姑息な手法は通じない。
取り憑くことで本心を覗けるし、その悪巧みは罪の記録にも残るので当たり前である。
それに、閻魔法廷においては己を偽ったり嘘をつく事自体が大罪だ。
——閻魔様は嘘つきの舌を引っこ抜くって話、奴は知らなかったのだろうか?
閻魔法廷は最後の最後に己が試される場でもあるのだ。
今回、閻魔法廷で裁くべき彼の罪は現世で犯した罪とこの閻魔法廷で犯した罪の二種類となった。
彼がまだこの世で生きている存在である以上、この閻魔法廷における偽りや謀でさえも現在進行形の罪として刑罰の対象になる訳だ。
この事態により、我らには新たな課題が生まれた。
——いや、それは想定の範囲内ではあったのだが——その課題とは、この閻魔法廷において生まれた彼の悪意と悪巧みを全てここで出し切らせる、というモノだ。
そこで我々は一計を案じた。
いわゆる囮捜査のようなモノである。
彼に悪巧みを練るスキを与え、思うがままにさせてみたのだ。
案の定、彼は悪意を増幅させ本性を曝け出した。
そして悪鬼となって暴れ、ゲツを喰うという大罪を犯す。
さらに、ニーナに一撃を入れ、俺にも一撃を喰らわせた。
***
——現実に起こった出来事はここ迄である。
***
ちなみに、唯一想定外だったのは、あの場面でゲツが意識を失ってしまった事だ。
悪鬼の手で払い飛ばされる際、直撃を避けようとしたのに受け損ねて直撃をくらったらしい。
それでニーナも俺も動揺し、戦いにおいて上手く捌けず窮地に陥った。
あの時だけは本当に焦ったし、心配したんだよね。
いや、オレも一撃喰らってマジ痛くてヤバかったから焦りに焦った。
しかし、それも直ぐ杞憂に終わる。
ゲツは悪鬼に呑まれたが、その後すぐに意識を取り戻し、取り憑く準備に入っていたのだ。
念話への応答が無かったのは、ちょうど取り憑くためのプロセスに集中していたからだった。
タイミング的には、俺が一撃喰らった辺りでゲツの取り憑きが完了した。
***
——つまり、その後の出来事は現実に起こった事では無い。
***
悪鬼が玲子たちの存在に気付いたあの場面とそれ以降の出来事は、実はゲツが悪鬼に観せた《《幻想》》だったのだ。
己の意識の中のみで展開されている架空の出来事にもかかわらず、悪鬼はそれらを現実と錯覚。コヤストロンさんに一撃入れ、玲子に迫り有頂天になった。
それで残りの悪意も全て曝け出したのである。
これにより、我々の目的も達成された。
我々はゲツからの念話映像を通してその意識内での出来事を全て観ていた、という訳だ。
***
——実はこの囮捜査の為、我々はとある実験も同時に行っていた。
***
生きている身体が存在する場合、内包されるエネルギーは膨大で、その量は計り知れない。
なぜなら、数十兆個の細胞ひとつひとつが生きていて、それぞれが生命エネルギーを持っているからである。
では、その身体から魂が抜け出た場合はどうなるのか?
身体の生命エネルギーは離れた場所にいる元の魂へも供給されるのだろうか?
もしそれが可能な場合、おそらくその魂はパワーアップした状態に成長するハズだ。
であれば、その魂が悪意を増幅させ悪行を望むなら、その魂はパワーアップした『鬼』へと変貌するかもしれない。
そう予想し実験に挑んだのだった。
結果は予想通りと言うべきか……。父親の魂はパワーアップした鬼……悪鬼へと変化した。
後で判明した事だが、父親の魂が『悪鬼』に進化を遂げた要因は二つある。
一つ目は罪の蓄積が現在進行形だった事。
父親は現世人であるが故にその生涯はまだ終わっておらず、現世における罪は確定していなかった。
その為、閻魔法廷で新たに生まれた悪意は新たな罪として彼自身の魂に記録、追加されていったのだ。
この事が後々効いてくる。
二つ目は生命エネルギーが暴走した事。
今回、切り離された現世ボディの全細胞からは膨大な生命エネルギーが元の魂へ一気に供給されたようだ。
生きた実ボディには凄まじいパワーが宿っており、離れてしまった魂を全力で引き戻そうとする事は分かっていた。
しかし、今回は悪意に満たされた魂が相手だ。
増大する悪意は引き戻しの為の生命エネルギーを自らの欲望を満たす為に利用した。
これにより悪意はさらに増大し、さらなる生命エネルギーを要求し吸収していく。
このスパイラルが始まると悪意の増大は制御不能となり、ある時点で人間の魂の限界を超る。
そして最終的に悪鬼へ進化したという訳だ。
***
——ちなみに、悪鬼を倒した後——刑罰工程に移る前——悪鬼に対しては事後処理が必要だった。
***
身体が大きいままだと、その後の刑罰工程などが大変になるからである。
我々は特別な装置を使い、悪鬼の源となった生命エネルギーだけを抜き取り、父親の生身の身体へと戻した。
これにより悪鬼の大型ボディは縮み、その霊魂ボディと容姿は通常サイズのよくある罪人の鬼へと戻ったのである。
□□□ 〜回想〜 おわり □□□




